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過去編・夜へ続く道
4 本当の自分
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「ちょっと兄さん! 一体どういうこと?!」
「リース……」
「あたしが記憶喪失だからって、隠さなくてもいいでしょう!」
リースベットの私室前でドアに手をかけ逡巡していたノアに、中にいるはずの部屋主が食って掛かった。兄は悲しげな瞳で妹を見つめ、俯いてため息をつく。
「え、ちょ、何なの?」
「その様子だと、すでに知っているようだね……誰からかは問わないが、どこまで聞いた? これまでのことと、これからのことと」
「両方よ。ぼんやりと……表面上のことだけだけど」
「そうか……それを話すために来たんだ」
「詳しく聞かせて。知りたいのよ、自分のことを」
リースベットは部屋に入り、水差しから二つのゴブレットに水を注いだ。ノアは水面に揺れる顔を見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「どこから話せばよいかな……」
「じゃあこっちから聞くわ。まず、あたしが自殺したってのは、本当?」
「本当だ。……守護斎姫については、知っているね?」
「ろくでもない仕事だ、ってことだけ」
「それを厭い、リースは姫烏頭を口にしたのだ」
「死ぬほど嫌、を文字通り実行したってことか……」
ノルドグレーン守護斎姫となる女性のほとんどは、その内実を知らぬまま赴任させられる。その点において詐欺や人身売買と大差はない。実情を知ってなおその任を受け容れようという者などいないのだ。
森林警備隊の兵たちから仔細を聞き出したリースベットも、
「王家の女に生まれたからってだけで、なんでそんな役をやらされなきゃなんないの?!」
そう声を荒げたほどだ。そして過去のリースベットは、炊殿に出入りする山菜採りに金を渡し、姫烏頭を手に入れた。
「姫烏頭に含まれる毒は、時期や場所によって差が大きいと聞く。それで一命はとりとめたのだろう」
「わかった……過去のことはもういいわ」
リースベットはゴブレットの水を一口飲み、勢いよくテーブルに置いた。はずみで残った水が飛散する。ノアの顔をまっすぐに見つめ、再び口を開いた。
「ここからが重要なの。あたしはこれから、どうすればいいの?」
「そのことを、さっきまで話していたのだ」
「どうなったの? 嘘は嫌よ」
「……すまない。私の力では、覆すことはできなかった」
「つまり、あたしが行くことに変わりはないわけね。……ひとつ聞くけど、もし仮に、あたしがまた自殺したり行方不明になったりした場合は? 誰かが代わりになるの?」
「ノルデンフェルト侯爵家のダニエラ嬢がその任に就く」
「そう……結局そうなるのね」
周到な悪辣さにリースベットはため息をつく。ノアは両手で握っていたゴブレットを脇によけ、わずかに身を乗り出した。
「リース、よく聞いてくれ。いつか必ず、こんな馬鹿げた悪習は終わりにする。今日はだめだったが、私がもっと力をつけたなら……」
「いいわよ別に……あ、ごめん」
自棄になって失望のこもった返答をしたリースベットは、気落ちしているノアの顔を見てすぐに詫びた。
「出発はいつ? ノルドグレーンって国に行くんでしょう?」
「……七日後だ」
「憂鬱な六日間になりそうだわ」
リースベットは我が身の不遇をかこつ瞳で天井を見上げた。
「リース……」
「あたしが記憶喪失だからって、隠さなくてもいいでしょう!」
リースベットの私室前でドアに手をかけ逡巡していたノアに、中にいるはずの部屋主が食って掛かった。兄は悲しげな瞳で妹を見つめ、俯いてため息をつく。
「え、ちょ、何なの?」
「その様子だと、すでに知っているようだね……誰からかは問わないが、どこまで聞いた? これまでのことと、これからのことと」
「両方よ。ぼんやりと……表面上のことだけだけど」
「そうか……それを話すために来たんだ」
「詳しく聞かせて。知りたいのよ、自分のことを」
リースベットは部屋に入り、水差しから二つのゴブレットに水を注いだ。ノアは水面に揺れる顔を見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「どこから話せばよいかな……」
「じゃあこっちから聞くわ。まず、あたしが自殺したってのは、本当?」
「本当だ。……守護斎姫については、知っているね?」
「ろくでもない仕事だ、ってことだけ」
「それを厭い、リースは姫烏頭を口にしたのだ」
「死ぬほど嫌、を文字通り実行したってことか……」
ノルドグレーン守護斎姫となる女性のほとんどは、その内実を知らぬまま赴任させられる。その点において詐欺や人身売買と大差はない。実情を知ってなおその任を受け容れようという者などいないのだ。
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「王家の女に生まれたからってだけで、なんでそんな役をやらされなきゃなんないの?!」
そう声を荒げたほどだ。そして過去のリースベットは、炊殿に出入りする山菜採りに金を渡し、姫烏頭を手に入れた。
「姫烏頭に含まれる毒は、時期や場所によって差が大きいと聞く。それで一命はとりとめたのだろう」
「わかった……過去のことはもういいわ」
リースベットはゴブレットの水を一口飲み、勢いよくテーブルに置いた。はずみで残った水が飛散する。ノアの顔をまっすぐに見つめ、再び口を開いた。
「ここからが重要なの。あたしはこれから、どうすればいいの?」
「そのことを、さっきまで話していたのだ」
「どうなったの? 嘘は嫌よ」
「……すまない。私の力では、覆すことはできなかった」
「つまり、あたしが行くことに変わりはないわけね。……ひとつ聞くけど、もし仮に、あたしがまた自殺したり行方不明になったりした場合は? 誰かが代わりになるの?」
「ノルデンフェルト侯爵家のダニエラ嬢がその任に就く」
「そう……結局そうなるのね」
周到な悪辣さにリースベットはため息をつく。ノアは両手で握っていたゴブレットを脇によけ、わずかに身を乗り出した。
「リース、よく聞いてくれ。いつか必ず、こんな馬鹿げた悪習は終わりにする。今日はだめだったが、私がもっと力をつけたなら……」
「いいわよ別に……あ、ごめん」
自棄になって失望のこもった返答をしたリースベットは、気落ちしているノアの顔を見てすぐに詫びた。
「出発はいつ? ノルドグレーンって国に行くんでしょう?」
「……七日後だ」
「憂鬱な六日間になりそうだわ」
リースベットは我が身の不遇をかこつ瞳で天井を見上げた。
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