山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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過去編・夜へ続く道

8 春宵の火祭り

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「しっかし、ホント大したもんないわね。紙と布ばっかりだわ」
「実はこれで、重要なものもあるのだがな……」
 モニカが宝物庫と呼んでいたそこには、貴金属や武具などはまったく見当たらなかった。古びたタペストリー、かつては絢爛けんらんな色彩を誇ったであろう虫食い跡だらけのガウン、帆布で覆われ無造作に壁に立てかけられた肖像画、そういった金銭的価値のなさそうなものが雑然と保管されている。
 入って右手側にある、いくつもの四角い格子状に仕切られた木製の収納棚には、丸められた羊皮紙の書類が何本も収められている。そのうちの一本を、ノアが取り出してみせた。
「これなどはリードホルムの年表だ。十八年前の時点で止まっているが」
「十八年前?」
「現国王が即位された翌年だ。図書省の予算を減らしたせいらしい」
「分かりやす過ぎてうんざりするわ」
 呆れ顔のリースベットを見て、ノアは声を出して微笑んだ。
「案外、城内でこんな話を気兼ねなくできるのは、この場所だけかも知れないな」
「え……そんなに周りは敵だらけなわけ?」
「敵というと語弊ごへいはあるが、気が置けない状況というのもなかなかね」
「大変ねえ王子様は」
「リース、君だって安穏としてはいられないぞ。目覚めてからの変節は、良くも悪くもずいぶん耳目を集めている。とくに兄上の陣営からね」
「あらそうなの。じゃああたしら二人、まるで王家じゃ厄介者みたいね」
「そうかもな。ノルドグレーンから戻った私を、彼の国で密命を受けた間諜かんちょうだと疑っている者もいるほどだ」
 現在のリードホルム王家で、自国の状況に最も真摯に向き合っているのは他ならぬノアなのだが、保身にばかり血道を上げている者の目には違った姿が映っているようだ。
「そういえば、あの態度のでかいバカ兄貴の隣にいっつもいる、狐みたいな爺さんのことなんだけど」
「バカ兄貴……」
「あ、訂正するわ。エイデ……何とかシュテット? 狐はかわいいもんね」
 リースベットは壁際の飾り棚を物色しながら、外では話しにくそうな事柄をノアに質問する。いつ見てもアウグスティンに近侍きんじしているエイデシュテットについて、リースベットはただの腰巾着とも言い切れない、不穏な印象を抱いていた。
「宰相は……私も詳しく知っているわけではないが、少なくとも十年前にはあの地位にはいなかった」
「ああ、そりゃそうか……十年、人質であっちにいたんだもんね」
「何年か前までは内務省の中級官吏だったらしい」
「ふーん。じゃあ、けっこう異例の出世じゃないの?」
「そうなのだ。それに、我が国で摂政を置いた例じたいが少ない。即位した国王が幼少だった場合を除いてな。そういった事例でも、年長の王族や各省の長官経験者が務めるものなのだが……」
「なんか絵に描いたような胡散臭さねえ」
 そのエイデシュテットがノルドグレーン外務省のハッセルブラードと内通していることを知ったら、いち個人へのあまりに露骨な疑惑の結集ぶりに、リースベットは笑いだしていたことだろう。
「そうそう、これも聞きたかったんだけど」
 記憶喪失のリースベットはここぞとばかりに、矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「あたしが死んでたら、ノルデンなんちゃら家の娘が守護斎姫さいきになってたんだよね?」
「そのはずだ」
 リースベットはため息をつき、伸びをするように両手を後頭部で組んだ。
「……はー、しょうがねえ。じゃああたしが引き受けてやるか」
「すまない。私には何もできなかった……」
「いいよ。その代わり、全力で守ってね」
 リースベットはノアに向けて片目を瞬きしてみせた。
「て、手は尽くそう」
「そうだ。仮にだけど、あたしがバックレた上にそのノルデン娘さんが逃げたり、自殺したりしたら?」
「……我々の姉、フリーダがその任に就くことになっただろう」
 いつか姉がその点について言葉を濁していたことを、リースベットは思い出した。
「……あー、ありゃそういう意味だったのか……妹思いの優しいお姉さまだこと!」
 リースベットはノアの返答を遮るように木製の飾り棚を蹴飛ばし、そのはずみで観音開きの戸が開いた。内部には皿のようなものが保管されているのが見える。
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