山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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過去編・夜へ続く道

7 王女の祭器 2

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 翌朝、リードホルム城の地下へ続く階段の手前で、一組の男女が立ち話をしていた。
「宝物庫の鍵は私のものがある。これで入れるだろう」
「さすがノア兄さん、準備がいいわ」
 昨夜リースベットは祭器探索の手立てを考え、兄に協力を頼んでいたのだ。ノアの左手には四角い手提げランタンが、右手にはつまみに翼竜の装飾が施された鍵が握られている。
「……やはり宝物庫の鍵についても忘れたのか」
「そりゃ、家族の顔すら覚えてないんだから」
 過去のリースベットが王女の祭器を移したという宝物庫は、当然ながら誰もが自由に立ち入れる場所ではない。固く閉ざされた扉を開ける鍵は五つ作られており、王とそれに連なる者だけが所持を許されている。
「さあ参りましょう、お兄様」
「……なんだか気味が悪いな」
「いいからとっとと行こうや、兄さん」
 はじめの楚々そそとしたリースベットよりも、くだけた言葉遣いのほうがノアも耳に馴染んでいる。二人は顔を合わせて笑いながら階段を降りていった。
「でもいくら王族だからって、家族に鍵渡しちゃっていいのかしら。金目のもの盗んで逃げたりした人いないの?」
「私も宝物庫に入るのは子供の頃以来だが……どうやら、あまり大したものは保管されていないらしい」
「あらそうなの。だから衛兵もいないのか」
 階段途中の踊り場にもその先にも、歩哨の姿は一人として見当たらない。
「保管されているのは、何代か前の王族の肖像画や故人の遺品などといった、容易には換金できないものが主らしい」
「あー、国が滅んだりした後でもないと価値が無さそうなものばっかり、ってわけね」
「滅ぶ……なるほど、たしかに後世の歴史家などから見れば価値はありそうだが……面白い考えをするようになったね」
「へへ、それほどの者……です」
 ノアは返答代わりに小さく笑った。
 話し声に交じって聞こえる階段を降りる靴音は、一人分しか響いていない。気候の冷涼なリードホルムの四月はまだまだ肌寒く、ノアは厚手の革製ブーツを履いているが、リースベットは装飾のついた紐を足首で止めるサンダルという軽装だった。靴底の柔らかな布製のサンダルは、歩いてもほとんど足音が立たない。
「金品や宝石などといったものは、ほとんどが時の黎明宮ツー・グリーニンにあるだろうね」
「ツー・グリ……ってああ、国王の住んでる屋敷ね」
「父上の屋敷であれば近衛兵も常駐しているし、国賓などを迎えるのもあちらだ。何かと都合が良かろう」
「あたしらはこの灰色で寒い城住まいか。同じ王族で、ずいぶん差をつけたもんだね」
「……それが古くからの習わしだった。私もノルドグレーンに行かねば、さして奇異とも感じなかったろうな。リードホルムは他の国と比べ、骨肉こつにく相食あいはむ政争の末に命を落とす王族の数が多いらしい」
「それも留学で知ったの?」
「そうだ」
「よく調べてんのね、ノルドグレーンって」
「かつては敵同士だったからな……いや、過去のことだと思っているのは、こちら側だけかも知れないが」
「それってつまり……」
 ノアは記憶を失ったリースベットに自国の情勢を説明しながら、地下の通路を先導する。進めば進むほど空気がひんやりとしてきた。
 二人の王族は黒褐色こくかっしょくに塗られた木の扉の前にたどり着いた。ノアが壁の燭台に挿してある松明たいまつに、ランタンから火を移す。鍵を開けて庫内に入ると、ランタンの明かりが風に舞い上がる粉雪のようなきらめきを映し出した。
「すごいホコリ!」
「無理もない。誰も掃除などしていないからな」
 二人は手で口を覆い顔をしかめた。
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