63 / 247
絶望の檻
18 逃亡者たち
しおりを挟む
首の切断面から湧き水のように血が溢れ出すアウグスティンの体を、リースベットは床に蹴り倒した。刎ね飛ばされた頭は部屋の隅で震える囚人の女の方へ転がり、女は脚をばたつかせて叫び声を上げる。猿ぐつわを噛まされているため、薄い壁を一枚隔てたようなくぐもった悲鳴だった。
幽鬼のような顔のリースベットが歩み寄ると女は首を左右に振りながらいっそう強く騒ぎ立て、目には恐怖の涙が滲んでいる。腰に下げていた鍵束を見せると、女はようやく大人しくなった。
十本以上ある鍵から総当たりで女の手枷に合う鍵を探すと、三本目に試した小ぶりの鍵が合致した。同じ鍵で足枷も外し、口の猿ぐつわも解く。
「ありがとうございます」
女は震える声で礼を述べた。
「いいか、ここで見たことは誰にも言うな。言ったら最後、あんたは永遠に追われる身になる。誰に追われるかは分かるな?」
「わ、わかりました……」
「扉は開いてる。……ちょっと待て、あんた、名前は?」
「イーダ・ラーションです」
「そうか。……人違いだった。とっとと行け、夜は短い」
リースベットが促すように開けてやった扉を恐る恐るくぐった女は、室外に出ると早足で駆け去った。靴を履いておらず、ぼろ布を巻いただけの足では早く走れないようだが、足音はあまり立たない。
遠ざかる女の背中を見送り、リースベットは扉を閉めた。乾いた血がこびりつき折れた歯などが転がった床には、少し前までアウグスティンだったものが転がっている。
「そんな目で見るな。てめえがあたしやモニカさんにしたことを思えば、ずいぶん上等な死に様だろ……」
去来するさまざまな感情で心が摩耗してしまったのか、死体を見ても実兄を殺した実感が湧かない。
「同情もしねえし悼みもしねえ。だがてめえの死は、あたしが死ぬまで背負ってってやる」
強く抱いていたはずの恐怖と憎悪が霧消してしまった。だが晴れ晴れとした気分でもない。リースベットはしばらくの間、沈んだ瞳でアウグスティンの死体を見下ろしていた。その目はまるで、絵の具をいくつも混ぜ合わせ、暗く濁ってしまったようだった。
幽鬼のような顔のリースベットが歩み寄ると女は首を左右に振りながらいっそう強く騒ぎ立て、目には恐怖の涙が滲んでいる。腰に下げていた鍵束を見せると、女はようやく大人しくなった。
十本以上ある鍵から総当たりで女の手枷に合う鍵を探すと、三本目に試した小ぶりの鍵が合致した。同じ鍵で足枷も外し、口の猿ぐつわも解く。
「ありがとうございます」
女は震える声で礼を述べた。
「いいか、ここで見たことは誰にも言うな。言ったら最後、あんたは永遠に追われる身になる。誰に追われるかは分かるな?」
「わ、わかりました……」
「扉は開いてる。……ちょっと待て、あんた、名前は?」
「イーダ・ラーションです」
「そうか。……人違いだった。とっとと行け、夜は短い」
リースベットが促すように開けてやった扉を恐る恐るくぐった女は、室外に出ると早足で駆け去った。靴を履いておらず、ぼろ布を巻いただけの足では早く走れないようだが、足音はあまり立たない。
遠ざかる女の背中を見送り、リースベットは扉を閉めた。乾いた血がこびりつき折れた歯などが転がった床には、少し前までアウグスティンだったものが転がっている。
「そんな目で見るな。てめえがあたしやモニカさんにしたことを思えば、ずいぶん上等な死に様だろ……」
去来するさまざまな感情で心が摩耗してしまったのか、死体を見ても実兄を殺した実感が湧かない。
「同情もしねえし悼みもしねえ。だがてめえの死は、あたしが死ぬまで背負ってってやる」
強く抱いていたはずの恐怖と憎悪が霧消してしまった。だが晴れ晴れとした気分でもない。リースベットはしばらくの間、沈んだ瞳でアウグスティンの死体を見下ろしていた。その目はまるで、絵の具をいくつも混ぜ合わせ、暗く濁ってしまったようだった。
0
あなたにおすすめの小説
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
異世界で大往生した私、現代日本に帰還して中学生からやり直す。~最強の補助魔法で、冴えないおっさんと最強美女を操って大金持ちになります~
タカノ
ファンタジー
異世界へ転移し、聖女として崇められ、愛する家族に囲まれて88歳で大往生した……はずだった。 目が覚めると、そこは現代日本。 孤児の中学2年生、小金沢ヒナ(14)に戻っていた。
時間は1秒も進んでおらず、待っていたのは明日のご飯にも困る極貧生活。 けれど、ヒナの中身は酸いも甘いも噛み分けたおばあちゃん(88歳)のまま!
「もう一度、あの豊かで安らかな老後(スローライフ)を手に入れてみせる!」
ヒナは決意する。異世界で極めた国宝級の【補助魔法】と【回復魔法】をフル活用して、現代社会で大金を稼ぐことを。 ただし、魔法は自分自身には使えないし、中学生が目立つと色々面倒くさい。 そこでヒナがビジネスパートナー(手駒)に選んだのは――
公園で絶望していた「リストラされた冴えないおっさん」と、 借金取りに追われる「ワケあり最強美女」!?
おっさんを裏から魔法で強化して『カリスマ社長』に仕立て上げ、 美女をフルバフで『人間兵器』に変えてトラブルを物理的に粉砕。 表向きはニコニコ笑う美少女中学生、裏では彼らを操るフィクサー。
「さあ善さん、リオちゃん。稼ぎますよ。すべては私の平穏な老後のために!」
精神年齢おばあちゃんの少女が、金と魔法と年の功で無双する、痛快マネー・コメディ開幕!
「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。
秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。
「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」
第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。
着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。
「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。
行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。
「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」
「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」
氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。
一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。
慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。
しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。
「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」
これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
黄金の魔族姫
風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」
「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」
とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!
──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?
これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。
──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!
※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。
※表紙は自作ではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる