山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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落日の序曲

2 謀略の渦 2

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 特別奇襲隊と内務省直属部隊は、一触即発の緊張状態に陥った。
 だが兵員個々の練度はともかく、ブリクストたちは総数わずか二十名ほどの上、その多くは跳ね橋の上にいる。それに対し直属部隊は百名以上の数を揃えていた。数の上でも地形の上でも分が悪い。
 にらみ合いながらノアたちは少しずつ距離を開けようと後退する。ノアはふと、城壁の影がうごめいた気がして顔を上げると、耳に覚えのある男の声が聞こえた。
「何をしておいでかな、宰相閣下」
 城壁上の監視通路からエイデシュテットたちを見下ろす男がいた。それも一人ではない。
「ミュルダール軍務長官……」
 監視通路にはいつの間にか、多くの兵士が集まってきていた。その数は見る間にいや増してゆく。
 ここを切り抜ければ助勢してくれる者は必ずいる――そうノアたちは確信していたが、それでもミュルダールの登場には一様に安堵あんどした。
「長官、貴様こそなぜここにいる」
「なに、宰相閣下に朗報をお伝えしようと思いまして」
「朗報じゃと?」
「左様。我が部下が、アウグスティン様殺害の犯人を捕まえました」
 城壁の下にいる全員がざわめく。エイデシュテット側とノア側では、ずいぶん異なった反応だ。
「……軍務省がなんの権限があって、犯人を捕らえたというのか」
「無論。我が部下が不審な者を見つけ、内務省に引き渡しました。その者がアウグスティン様の殺害を認めたと、ステーンハンマルから連絡があったのです」
「ば、馬鹿な!」
「何か疑問がですか?」
 エイデシュテットの叫びには、複数の意味が込められていた。犯人は囚人ではなく外部から侵入した手練てだれであるという予測、ステーンハンマル内務省長官が自身の味方であるという認識、そのいずれもが裏切られたのだ。
 拳を強く握り歯噛みしてエイデシュテットは、それでもかろうじて怒りと羞恥心を理性で抑え込んでいた。ここで激発したところでノアを討つ正当性はまったく無いうえ、特別奇襲隊にミュルダールの兵を加えれば数の上でも劣勢という状況だ。
「……分かった。犯人が見つかったのであれば、わしの出る幕もなかろう」
「さすが、宰相閣下は明敏めいびんであらせられる」
 上方から皮肉交じりの称賛を言うミュルダールを睨みつけながら、エイデシュテットは内務省の部隊に帰還の指示を出す。自身はすごすごと城内に戻り、兵たちは特別奇襲隊の横をばつが悪そうに通り過ぎていった。
 内務省直属部隊の全員が立ち去ると、緊張の糸が途切れた。ノアはようやく城内に足を踏み入れ、城壁の上に声をかけた。
「ミュルダール軍務長官、あなたに救われたな」
「あの者と内務省が、何やら悪巧みをしているという話を聞きましてな。ことが急だったのでいずれの部隊も動かすことはできませなんだが」
「……では、この者たちは?」
「城じゅうの衛兵と、兵舎で休んでいた者をかき集めてきました。いま盗賊が入っていたら、阻むものは誰もおりません」
 城壁に集った兵をよく見ると、ノアの見知った顔も幾つかあった。
「あやつめ、わしに断りもなく内務省の兵をこの城に入れおって。執務室でおとなしく判でも押しておればよいものを」
「彼の専横も、おそらくここらで終わりだろう」
 ミュルダールはエイデシュテットの去った城の入口を顎で示した。
 彼は常々、軍務省の職務範囲を侵食する宰相に対し、各省長官の中で最も露骨に反目していた人物だ。ノアはその心情に乗じて、ミュルダールを自陣営に引き込んでおいたのだった。
 ブリクストがノアに歩み寄り、彼の後ろでミュルダールに向かって敬礼した。
「閣下、アウグスティン様が殺害されたとのことですが……」
「ブリクストか。そう、今帰ったばかりであったな」
「長官、私からも説明をお願いしたい」
「……いつまでもこうして見下ろしているのも、臣下の礼にもとりましょう。城内で詳しくお話いたします」
 ノアたちはヘルストランド城内の会議室に場所を移した。
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