山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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落日の序曲

6 暗躍

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 フェルディンたちが宿で食事をとっているのと同じ頃、ヘルストランド城の外郭がいかくには騎馬を従えた複数の兵士の姿があった。山岳地帯での訓練を終えて帰還したばかりの、ブリクスト特別奇襲隊の面々だ。
 厳しい訓練で装備は汚れ、中には怪我人もいるが、その顔ぶれは一様に精気に満ちている。
「今回の訓練は完全に実戦形式でしたな。死者が出なかったことが不思議ですらあります」
「それだけ、お前たちが成長したということだ。もっと自身を持て」
「はっ」
「山の多いリードホルムで騎馬を自由に扱える、その優位性は圧倒的なものだぞ」
「それを活かすような戦いが、果たして来るものでしょうか」
「来るのだ。必ずな……」

 その数日前、部下とともに兵舎へ戻ろうとするブリクストに、副隊長のオデアンが声をかけた。
「隊長、そう言えば留守の間、妙な出来事が」
「……何があった?」
「あったというか、なかった、と言うべきか」
「何を言っている」
 ブリクストは快闊かいかつに笑ったが、オデアンはなにか心につかえるものがあるようだ。
「これまで定期的に届いていた、ダール殿からの交換品が途絶えました」
「ダール殿からの……?」
 ノルドグレーンのオルヘスタル駐屯部隊長ダールは、四年前の初夏、ブリクストとともにリースベットの捜索に当たった軍人だった。
 ブリクストは捜索時に借り受けた毛布の礼としてスナップスという酒精の強い酒やリードホルム特産のジャムなどを贈り、以後定期的に物々交換を行っていた。
 その贈答品には必ず短い手紙が同梱されており、互いの哨戒しょうかい・偵察行動に関しての情報がそれとなく記されていた。内通ではあるのだが、これによって偶発的な遭遇戦を避けていたのだ。
 過去、些細ささいな戦闘が大規模な戦争に発展した例は少なくない。
「配置転換でもあったのでしょうか?」
「さてな……無いことを何かの報せと取るべきか。考えすぎかも知れんが」
 これは祖国への忠義と個人的友誼ゆうぎはかりにかけた、ダールからの精一杯の伝言だった。

 翌日、ブリクストはミュルダール軍務長官から軍務省への出頭を命じられた。
 長官室に入ったブリクストを、ミュルダールのほかに、立派な灰色の髭を蓄えた屈強な男が待ち受けていた。その精悍せいかんな顔つきを、ブリクストは幾度か遠巻きに見た覚えがある。
「ブリクスト、待っていたぞ」
「ミュルダール長官、それにレイグラーフ将軍!」
 ブリクストは入室するなり敬礼した。
 アスビョルン・レイグラーフ中央軍総司令は、ヘルストランドの常駐軍を預かる、軍人の最高位に位置する人物だった。
「ブリクスト特別奇襲隊の隊長か。噂は聞いている」
「恐縮にございます」
「ブリクストよ、今後の動向次第だが……ここに東方軍総司令のラインフェルトも合流する予定だ。この意味は分かるな?」
「なんと! それではまさか……」
 ウルフ・ラインフェルト将軍は、主にカッセル方面の守備任務を統括とうかつする司令官だった。
 リードホルムにはもうひとり将軍がおり、それはノルドグレーンに対してにらみをきかせる南方軍総司令トールヴァルド・マイエルだ。彼はあくまで任地に残る。
 だがカッセルへの備えを弱めてでも、ラインフェルト将軍はヘルストランドの中央軍に合流するという。
「……ノルドグレーンが大規模に兵を徴募ちょうぼしているという報せが入った。無論、まだこちらに侵攻してくると決まったわけではないが」
「近年、ノルドグレーンの領土拡大は主に北方のテーレに向けて行われてきた。此度こたびもその可能性はある。だが……」
「そちらの軍は動いておらず、新たに兵を増補しているのだ」
 ブリクストは戦慄と高揚感に目を見開き、つばを飲み込んだ。
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