山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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落日の序曲

5 奇人ふたたび 2

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「それならよ、……噂で聞いたんだが、今リードホルムのリーパー研究所ってのが狙い目らしいぜ」
「リーパー研究所? なんだそりゃ?」
 フェルディンの目の色が変わる。まさかロブネルの口から、かつての目標の名が発せられるとは思いもよらなかった。
「なんでも閉鎖されて警備も手薄だとかで、盗みに入るにゃ絶好の状態らしいな」
「盗みって……バカヤロウおめえ、兄貴が盗みはやらねえの知ってんだろ!」
「冗談、冗談だよ」
「閉鎖……研究所は閉鎖されていたというのか!」
「そ、そうらしいぜ」
「兄貴?」
 フェルディンはここに至ってようやく、エイデシュテットに騙されていたことに気付いた。
 すでに閉鎖された施設の研究成果など、大した価値のあるものではないだろう。価値があるなら閉鎖などせず研究を続けているはずなのだから。そんなものを、エイデシュテットは報酬として勿体をつけて差し出そうとしていたのだ。
「なるほど、確かにそうか。とするとあの老人は……」
 フェルディンは歯噛みしつつ、ある人物のことを思い出していた。
 かつてカッセル王国の辺境の村で出会ったランデスコーグという名の老人は、研究者だったという割には、田舎で学術の欠片もない酒浸りの余生を送っていた。リーパー研究所が閉鎖されて生き甲斐を失っていたということなら、その変節にも納得がゆく。
 フェルディンには窃盗やスリなどをした経験はない。それは彼自身の美学に基づく行動規範によるもので、したがって泥棒に必要な技術も皆無だ。
 だが、そういった行為が得意そうな集団を、フェルディンはよく知っている。
 ロブネルのもとに、腸詰め肉コルヴと茹でた根菜の盛られた木皿が運ばれてきた。
「この前の山賊の連中なんかは、金次第で盗みでも強盗でも請け負ってたらしいが……おっと、用事を思い出しちまった。カールソン、こいつは食っていいぜ」
「ほんとうか!」
「へへ。じゃあな」
「ああ」
 テーブルの上に数枚の50クローナ銀貨を置くと、まるで話題から逃げるように、ロブネルは足早に立ち去った。考えを巡らせていたフェルディンは生返事で応えただけだが、ロブネルはそれを気にした様子もなく姿を消した。
 よし、と小さくつぶやいてフェルディンは顔を上げた。カールソンは置き土産のコルヴにかじりつきながらその顔を覗き込む。
「行こう、リードホルムの研究所へ」
「まじかよ。まあ兄貴がやるってんなら別にいいけどよ」
「済まないな」
「けどおれら、喧嘩ならともかく盗みなんてやったことねえけど」
「それについてはがある。だがカールソン、これは僕個人の望みでしかない」
「どういうことだ?」
「つまり金にならない。それどころか協力者に金を払うことになる」
 フェルディンの言葉が断片的すぎて、カールソンは疑問符が顔に張り付いたように口を半開きにしている。彼はほとんど無意識に、残りのコルヴを口に運んだ。
「……僕はリーパーについての情報がほしい。僕の力の秘密がそこにあるんだ。これは分かるね?」
「おう」
「そんな情報など、そして閉鎖された研究所に残されたものなど、おそらく盗み出しても1クローナにもならない。ロブネルが何を聞いてきたのかは知らないが……」
「なんだ、そうなのか」
「だから、君は協力しなくてもいい。今回は仕事じゃなく、僕の……趣味だ」
 カールソンはフェルディンに顔を向けてしきりに頷きながら、黙々と料理を口に運び続けている。
 食べ物を咀嚼そしゃくしているのか、話の内容を咀嚼しているのか、あるいはその両方か。
「なんだよ、水くせえこと言うなよ兄貴」
 カールソンはそう言って、焼いて膨れ上がったパンのような分厚い手でフェルディンの背中を二度叩いた。
「ついていくって言ったじゃねえか」
「そうか……」
 話を理解してくれたのかは分からないが、とりあえずフェルディンと行動を共にする気だけはあるようだ。
――しかし、窃盗で彼に手伝ってもらうべき作業などあるのだろうか。
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