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落日の序曲
11 生き証人
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「あの男は……」
オーリーンの姿を見たフォッシェル典礼省長官がつぶやく。フォッシェルはその威容に心当たりがあった。
エイデシュテットはネレムの左側に立つようオーリーンに指示し、碧潭の間全体をゆっくり見渡してから口を開いた。
「まず、ノア王子の疑念を否定した理由について、ご説明しましょうかな」
「宰相閣下、それが本件と関係あることなのですか?」
「大いに。……まずこのオーリーンは、今を去ること半年ほど前になりますかな、ノルドグレーンへの物資輸送隊の護衛を務めていた傭兵です。間違いないな?」
「そうです。俺は……護衛には失敗しちまいましたが」
「よい。今はその責を問うているのではない」
度重なる輸送の失敗に業を煮やした典礼省が、万全を期して白羽の矢を立てたのが、ヘルストランド屈指の傭兵として名高い“両断のオーリーン”だった。
「この者は貢……輸送品を略奪せんとする山賊どもと戦いました。その際に剣を交えた女山賊とは、これに相違ないな?」
エイデシュテットはそう言って、オーリーンに羊皮紙を開いて見せた。
「間違いありません。山賊にしちゃ大した別嬪だった……」
「宰相、それは……?」
「これは人相書。リースベット王女の肖像画から起こしたものです。列席の方々にも見ていただきましょうかな」
ノアは臓腑が締め付けられるような不快感を覚えた。
前日ブリクストから、エイデシュテットにリースベットの人相書きを見せられた旨の報告を受けていたことを思い出す。腹の底で渦巻いていた不安が、形を持って眼前に現れたのだ。
エイデシュテットが階段を登り、被告人席を見下ろす高官たちの席へとやってきた。
「これは確かに……まさしくリースベット様のお姿だ」
「なんと、おいたわしや……」
その人相書は、ノアが見てもほぼ正確にリースベットの姿を描いていた。髪型が僅かに違うが、この場でそのことを知るのはノアとオーリーンだけだ。
「おお……リースベット」
人相書を見たヴィルヘルム三世が懐古のうめき声をあげた。
その声にどれほど親愛の情が込められているのかは、血を分けたノアですらも分からない。
ヴィルヘルム三世を含む関係者全員が人相書きに目を通し終えた。エイデシュテットが被告人席に戻り、ふたたび陳述を始める。
「斯様に、……本来喜ぶべきことではあるが、リースベット様は存命であることが証明されました。そしてもう一つ。アウグスティン様の殺害犯は手練れということでしたが……オーリーン、剣を交えたそなたなら知っておろう」
「ああ、何しろ俺が負けて、部下も三人やられました。それも一瞬で。相手がリーパーと知ってりゃ、倍の金を積まれたって手は出さなかったんだが」
オーリンはそう言いながら股間のあたりをさすっている。
「リーパー……」
「左様、わが国の近衛兵にしかおらぬはずの、あのリーパーです。歴戦の傭兵を打ち負かすほどの強さというのも頷けることでしょう」
「なんということだ……」
ミュルダール軍務省長官がため息混じりにつぶやいた。
ノアは指を組み合わせ、黙ったままうつむいている。他の多くの高官はみな一様に、眉間にしわを寄せて腕組みをしていた。
「わが国にとって悲しむべき事態ですが、アウグスティン様の殺害犯は、亡くなったと思われていたリースベット様ということになります」
「しかし宰相、……いや」
「なにか疑問がおありですかな、ノア王子」
ノアは立ち上がって発言しようとしたが、すぐに口ごもった。
オーリーンの姿を見たフォッシェル典礼省長官がつぶやく。フォッシェルはその威容に心当たりがあった。
エイデシュテットはネレムの左側に立つようオーリーンに指示し、碧潭の間全体をゆっくり見渡してから口を開いた。
「まず、ノア王子の疑念を否定した理由について、ご説明しましょうかな」
「宰相閣下、それが本件と関係あることなのですか?」
「大いに。……まずこのオーリーンは、今を去ること半年ほど前になりますかな、ノルドグレーンへの物資輸送隊の護衛を務めていた傭兵です。間違いないな?」
「そうです。俺は……護衛には失敗しちまいましたが」
「よい。今はその責を問うているのではない」
度重なる輸送の失敗に業を煮やした典礼省が、万全を期して白羽の矢を立てたのが、ヘルストランド屈指の傭兵として名高い“両断のオーリーン”だった。
「この者は貢……輸送品を略奪せんとする山賊どもと戦いました。その際に剣を交えた女山賊とは、これに相違ないな?」
エイデシュテットはそう言って、オーリーンに羊皮紙を開いて見せた。
「間違いありません。山賊にしちゃ大した別嬪だった……」
「宰相、それは……?」
「これは人相書。リースベット王女の肖像画から起こしたものです。列席の方々にも見ていただきましょうかな」
ノアは臓腑が締め付けられるような不快感を覚えた。
前日ブリクストから、エイデシュテットにリースベットの人相書きを見せられた旨の報告を受けていたことを思い出す。腹の底で渦巻いていた不安が、形を持って眼前に現れたのだ。
エイデシュテットが階段を登り、被告人席を見下ろす高官たちの席へとやってきた。
「これは確かに……まさしくリースベット様のお姿だ」
「なんと、おいたわしや……」
その人相書は、ノアが見てもほぼ正確にリースベットの姿を描いていた。髪型が僅かに違うが、この場でそのことを知るのはノアとオーリーンだけだ。
「おお……リースベット」
人相書を見たヴィルヘルム三世が懐古のうめき声をあげた。
その声にどれほど親愛の情が込められているのかは、血を分けたノアですらも分からない。
ヴィルヘルム三世を含む関係者全員が人相書きに目を通し終えた。エイデシュテットが被告人席に戻り、ふたたび陳述を始める。
「斯様に、……本来喜ぶべきことではあるが、リースベット様は存命であることが証明されました。そしてもう一つ。アウグスティン様の殺害犯は手練れということでしたが……オーリーン、剣を交えたそなたなら知っておろう」
「ああ、何しろ俺が負けて、部下も三人やられました。それも一瞬で。相手がリーパーと知ってりゃ、倍の金を積まれたって手は出さなかったんだが」
オーリンはそう言いながら股間のあたりをさすっている。
「リーパー……」
「左様、わが国の近衛兵にしかおらぬはずの、あのリーパーです。歴戦の傭兵を打ち負かすほどの強さというのも頷けることでしょう」
「なんということだ……」
ミュルダール軍務省長官がため息混じりにつぶやいた。
ノアは指を組み合わせ、黙ったままうつむいている。他の多くの高官はみな一様に、眉間にしわを寄せて腕組みをしていた。
「わが国にとって悲しむべき事態ですが、アウグスティン様の殺害犯は、亡くなったと思われていたリースベット様ということになります」
「しかし宰相、……いや」
「なにか疑問がおありですかな、ノア王子」
ノアは立ち上がって発言しようとしたが、すぐに口ごもった。
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