山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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落日の序曲

10 真実と正義 2

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「申し訳ございませぬ。シーグムンド・エイデシュテット、ただいま御前ごぜんに参上いたしました」
「……構わぬ。席に着くがよい」
 ヴィルヘルム三世がしわがれた声で応えた。どうやら眠っていたわけではないようだ。
「ご海容かいようのほど、感謝の念に絶えませぬ」
 息を切らして礼を述べるエイデシュテットの後ろには、扉を覆うような大男が控えている。碧潭へきたんの間にいた全員の視線が、その男に集中した。
 エイデシュテットは一度咳払いし、フォッシェルに向き直った。
「して、裁判はどこまで進んでおりましたかな?」
「……罪状の確認まで、でございます」
「それは丁度よいところでしたな」
 エイデシュテットは用意された席に着かず、被告人ネレムに歩み寄った。
「アードルフ・ネレムと言ったな」
「……はい」
「そなたはアウグスティン王子暗殺の犯人ではない、そうだな?」
「……エイデシュテット閣下?!」
 室内が一挙に騒然とする中、ネレムはゆっくりと深く頷いた。
 前例を踏襲とうしゅうし、つつがなく裁判が終わることを当然と考えていた高官たちは、一様に面食らっていた。エイデシュテット自身が、これまでの事件では彼らより率先して、波風を立てずにことを済ませようとしていた人物でもあるのだ。
 ステーンハンマル内務省長官は、軍務省と結託けったくしてエイデシュテットに冷や水を浴びせたことへの意趣いしゅがえしか、といぶかっていた。
 エイデシュテットはヴィルヘルム三世の前に進み出て、頭を垂れた。
「陛下、ご宸襟しんきんを乱しますことをお許しください。しかしながら、アウグスティン様の殺害という古今未曾有みぞうの大事において真実をおろそかにしては、我らは奸臣かんしんそしりを免れ得ぬでしょう」
「……続けよ」
 ――これは父上に話を通していたな。ノアはそう直感した。
「では、陛下のお許しを得て陳述を代わらせていただく」
 ヴィルヘルム三世の裁可があっては、他の者は口を挟むことができない。
「この男が犯人であるという説には、いくつか疑わしき点がございます。一つには、殺害には鋭利な刃物が使われ、傷口の鋭利さから手練てだれの犯行であること。これは内務省長官から報告を受けております」
 不意に注目を集めたステーンハンマルは、険しい表情で頷く。
「この男には無理です。アードルフ・ネレム、収監前の職業は?」
「……画家の、エドヴァルド・ラーベ先生のもとで書生しょせいをやっていました」
「そのような者が、どうして刃物の扱いに長けておりましょう」
「なるほど。では、別に真犯人がいると?」
 努めて平静を装いながら、ノアが質問した。
「左様。事件の夜、監獄には侵入者があったという報告があります。賊は二人で、いずれも女。その者たちが牢を破り、あの夜の混乱を生み出した。これも内務省の報告どおりです」
 背景の複雑なエーベルゴードの脱獄については、エイデシュテットは取り沙汰ざたする気はないらしい。ノアはその点に関しては安心しつつも、別の、より心情的にちかしい点については不安が増しつつあった。
「侵入者の名は当日の看守が聞いています。……その名はリースベットという」
「何?!」
 ノアは思わず立ち上がった。周囲の者たちも驚愕のうめき声を上げている。
「……ノア王子の驚きようも無理はなかろう。四年以上前に死んだはずの妹御いもうとごの名が、こんなところで出たのだからな」
「なんと、リースベットとな……」
「陛下、心中お察し申し上げます。しかしながら、これは動かし難い事実」
「……宰相、人の名としては、それほど珍しいものではない。たんなる同名か、悪趣味な偽名ではないのか?」
「ノア王子、そう信じたい肉親の情はわかりますが、残念なことに……」
 エイデシュテットは言葉に余韻よいんを残しつつ、背後を振り返って手招きした。
「フィリップ・オーリーン、前へ出よ」
 入室してからずっと扉のそばに控えていた大男が、ようやく裁判に参加した。
 衛兵の二人よりも遥かに大きな体躯たいく窮屈きゅうくつそうに縮め、エイデシュテットの後ろで軍人のように折り目正しく直立している。
 エイデシュテットは満座の視線を集めながら、懐から紐でまるめた羊皮紙を取り出した。
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