92 / 247
落日の序曲
21 ノルシェー研究所 2
しおりを挟む
ノルシェー研究所を見下ろせる丘の上に、夜陰にまぎれて一台の馬車が到着した。その座席から慌ただしく降りてきたのは、リードホルムの宰相エイデシュテットだった。
厚手のコートに身を包んで周囲を見回すエイデシュテットに、弓矢を背負った小さな人影が駆け寄る。
「……ロブネル。様子はどうかね」
「言ったとおりだったぜ。来たのはフェルディンの野郎と、女が一人だ」
「それは、お前が戦ったという小娘か?」
「いや、違う奴だったな」
「そうか……いいぞ、ではおそらく、それがリースベットだ。裏稼業の連中に高い金を払った甲斐があったというものよ」
フェルディンがティーサンリード山賊団と接触したという報告を受けたエイデシュテットは、ひそかにノルシェー研究所へ通じる道を監視させていた。そして二人が研究所へ向かったという報せを受けると、わざわざ現場へ駆けつけたのだった。
エイデシュテットは恐れていた。
リースベットがアウグスティンに続き、自分を殺しにやってくるのではないか、という妄執にとらわれていたのだ。そのため近衛兵による山賊団拠点の襲撃とは別に、リースベットだけは確実に始末しておきたかった。
ロブネルの存在はエイデシュテットにとって僥倖だった。
汚れ仕事を任せるために手中に収めていた傭兵の一人に過ぎなかったが、それがフェルディンと関わりのある人物だったのである。図らずも、ロブネルが計画の軸となることによって、リースベットをおびき出すことに成功したのだ。
これはエイデシュテットが何種類か想定した策謀の経過のうち、彼にとって最良のものだった。
「よし、奴らは二階に上がったぞ」
望遠鏡で研究所の様子を見ていたエイデシュテットは、二階の窓がかすかに明るくなったことに気付いた。リースベットたちが研究資料の保管所を見つけ、本を読むために明かりをつけたのだ。
エイデシュテットは馬車に戻り、人の頭部ほどの大きさの革袋をロブネルに手渡した。
中には乾燥させた植物の実のような茶色い球体が十数個ほど入っている。ロブネルは中身を確かめ、腰のバッグに入れた。
「あまり手荒に扱うなよ。油まみれになりたくはあるまい?」
「まあ任しとけ、ヘマはしねえよ。俺にかかれば、あんな小窓だろうと屁でもねえ。どうせ動かねえ的だ」
「では手筈どおりにな。戸締まりを忘れるなよ」
ロブネルは嗄れ声で笑うと、丘を駆け下りて行った。
「リーパーが戦にどれほど強かろうと、所詮は生身の人間じゃ。役に立たん研究もろとも消し炭となるがいい」
リースベットたちのいるノルシェー研究所を見下ろしながら、エイデシュテットは唇の端を吊り上げて笑っていた。
厚手のコートに身を包んで周囲を見回すエイデシュテットに、弓矢を背負った小さな人影が駆け寄る。
「……ロブネル。様子はどうかね」
「言ったとおりだったぜ。来たのはフェルディンの野郎と、女が一人だ」
「それは、お前が戦ったという小娘か?」
「いや、違う奴だったな」
「そうか……いいぞ、ではおそらく、それがリースベットだ。裏稼業の連中に高い金を払った甲斐があったというものよ」
フェルディンがティーサンリード山賊団と接触したという報告を受けたエイデシュテットは、ひそかにノルシェー研究所へ通じる道を監視させていた。そして二人が研究所へ向かったという報せを受けると、わざわざ現場へ駆けつけたのだった。
エイデシュテットは恐れていた。
リースベットがアウグスティンに続き、自分を殺しにやってくるのではないか、という妄執にとらわれていたのだ。そのため近衛兵による山賊団拠点の襲撃とは別に、リースベットだけは確実に始末しておきたかった。
ロブネルの存在はエイデシュテットにとって僥倖だった。
汚れ仕事を任せるために手中に収めていた傭兵の一人に過ぎなかったが、それがフェルディンと関わりのある人物だったのである。図らずも、ロブネルが計画の軸となることによって、リースベットをおびき出すことに成功したのだ。
これはエイデシュテットが何種類か想定した策謀の経過のうち、彼にとって最良のものだった。
「よし、奴らは二階に上がったぞ」
望遠鏡で研究所の様子を見ていたエイデシュテットは、二階の窓がかすかに明るくなったことに気付いた。リースベットたちが研究資料の保管所を見つけ、本を読むために明かりをつけたのだ。
エイデシュテットは馬車に戻り、人の頭部ほどの大きさの革袋をロブネルに手渡した。
中には乾燥させた植物の実のような茶色い球体が十数個ほど入っている。ロブネルは中身を確かめ、腰のバッグに入れた。
「あまり手荒に扱うなよ。油まみれになりたくはあるまい?」
「まあ任しとけ、ヘマはしねえよ。俺にかかれば、あんな小窓だろうと屁でもねえ。どうせ動かねえ的だ」
「では手筈どおりにな。戸締まりを忘れるなよ」
ロブネルは嗄れ声で笑うと、丘を駆け下りて行った。
「リーパーが戦にどれほど強かろうと、所詮は生身の人間じゃ。役に立たん研究もろとも消し炭となるがいい」
リースベットたちのいるノルシェー研究所を見下ろしながら、エイデシュテットは唇の端を吊り上げて笑っていた。
0
あなたにおすすめの小説
悪魔が泣いて逃げ出すほど不幸な私ですが、孤独な公爵様の花嫁になりました
ぜんだ 夕里
恋愛
「伴侶の記憶を食べる悪魔」に取り憑かれた公爵の元に嫁いできた男爵令嬢ビータ。婚約者は皆、記憶を奪われ逃げ出すという噂だが、彼女は平然としていた。なぜなら悪魔が彼女の記憶を食べようとした途端「まずい!ドブの味がする!」と逃げ出したから。
壮絶な過去を持つ令嬢と孤独な公爵の、少し変わった結婚生活が始まる。
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
【完結】追放王女は辺境へ
シマセイ
恋愛
エルドラード王国の第一王女フィリアは、婚約者である王子と実妹の裏切りにより、全ての地位と名誉を奪われ、国外へ追放される。
流れ着いた辺境のミモザ村で、彼女は持ち前の知識と活力を活かして村人たちの信頼を得、ささやかな居場所を見つける。
そんな中、村を視察に訪れた領主レオンハルト辺境伯が、突如として発生した魔物の大群に襲われ深手を負う。
フィリアは機転を利かせて危機を乗り越え、辺境伯を献身的に看護する。
命を救われた辺境伯はフィリアに深く感謝し、その謎めいた素性に関心を抱き始める。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
異世界からの召喚者《完結》
アーエル
恋愛
中央神殿の敷地にある聖なる森に一筋の光が差し込んだ。
それは【異世界の扉】と呼ばれるもので、この世界の神に選ばれた使者が降臨されるという。
今回、招かれたのは若い女性だった。
☆他社でも公開
ボンクラ王子の側近を任されました
里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」
王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。
人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。
そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。
義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。
王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?
竜神に愛された令嬢は華麗に微笑む。〜嫌われ令嬢? いいえ、嫌われているのはお父さまのほうでしてよ。〜
石河 翠
恋愛
侯爵令嬢のジェニファーは、ある日父親から侯爵家当主代理として罪を償えと脅される。
それというのも、竜神からの預かりものである宝石に手をつけてしまったからだというのだ。
ジェニファーは、彼女の出産の際に母親が命を落としたことで、実の父親からひどく憎まれていた。
執事のロデリックを含め、家人勢揃いで出かけることに。
やがて彼女は別れの言葉を告げるとためらいなく竜穴に身を投げるが、実は彼女にはある秘密があって……。
虐げられたか弱い令嬢と思いきや、メンタル最強のヒロインと、彼女のためなら人間の真似事もやぶさかではないヒロインに激甘なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:4950419)をお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる