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逆賊討伐

6 遊撃戦

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「騎馬が二頭、四人乗りの馬車が六台、それと歩兵が五十ってところだ」
 ティーサンリード山賊団拠点の間近に迫った近衛兵の陣容について、食堂にいたバックマンのもとに報告が入った。数としては山賊団のほうが多いが、単純な数的比較はほぼ無意味だ。
 八十七年前に起こったリードホルムとノルドグレーン間の戦争では、二十人に満たない近衛兵が千人以上のノルドグレーン軍を撃退した記録が残っている。
 バックマンはテーブルに拠点坑道の絵図面を広げ、アウロラやユーホルト、隻眼せきがんの山賊ヨンソンといった面々がそれを囲んでいた。
 すこし離れた席では、カールソンが物凄い勢いで大量の料理を口に押し込んでいる。
「それなら馬車のほうが近衛兵だな……全軍総出では来なかったってことか」
「歩兵の方は違うのか?」
「おそらくな。何割かは斥候せっこうや補給要員で、残りが後詰ってところだろう」
「伏兵って線はどうだ?」
「奴らがわざわざ兵を伏せておく理由がねえ。名告なのりあげて戦場を荒らし回るほうが戦術上の効用が高い連中だし、そもそも野戦でもねえしな」
「じゃあ、その二十人やそこらを何とかできればいいわけね」
「端的にはそういうことだ。奴らが頭領カシラより強いってことはねえ。気楽に行け」
 アウロラの緊張をほぐすために楽観論を述べたバックマンだったが、現在の近衛兵と戦った経験があるわけではない以上、これは無根拠な推測でしかない。だが当のアウロラは、それなりに自信がある様子だった。
「さて、そろそろ歓迎の準備だ。バックマン、クロスボウの部隊を十人ばかり借りていくぞ」
 食堂の一角に待機していた、クロスボウを手に持った一団をユーホルトが親指で指した。
「いいのか? 弓を教えてた弟子連中じゃなくて」
「こいつらは嬢ちゃんの援護を任せる。俺の方はこれでいい」
 彼らは近衛兵を迎撃するため、武器庫に保管されていたクロスボウをかき集めて急造された部隊だ。多少の剣技では近衛兵に対して全く歯が立たないが、遠距離からの奇襲ならばそれなりの戦果が期待できる。
 技術の修練が必要な弓矢と違い、クロスボウは道具の使い方さえ覚えれば戦力となるのが強みだ。弓矢よりも射撃に時間を要するクロスボウの特性を考慮し、ユーホルトは通路の防衛に弓矢部隊を配したのだった。
「了解だ。引き際は見極めてくれよ」
「弓兵はそいつが肝心だからな。……さあお前ら、祭りのはじまりだぞ」
 ユーホルトはクロスボウ部隊を引き連れ、拠点西側の出口へと向かった。戦闘の口火を切るのは、おそらく彼が放つ正確無比な狙撃だろう。
「近衛兵との戦いをお祭りだとよ。あの爺さん、いよいよ頭のたがが緩んできやがったか」
「この際それでも構わねえよ。弓の腕さえ落ちてねえならな」
「さあ、私達も持ち場に付くわ」
「アウロラ、正直お前が一番の頼りだ。疲れたら援護をうまく使え」
「分かってる。もうの私じゃない……それをあいつらに見せてやるわ」
 バックマンを残し、戦闘員たちが各自の持ち場へ向かった。彼だけは指揮をるため食堂に残る。
――俺が現場に出なければいけなくなった時点で、終わりだがな。
「なあ副長さんよ、おれはどこに行けばいいんだっけ?」
 いつになく真剣な面持ちで坑道の絵図面を眺めていたバックマンに、分厚い唇にハーブの破片が付いたままのカールソンが声をかけてきた。
「……ついてこい。それから、戦闘の前にあまり食うのはやめとけ。腹を刺された時に死ぬ確率が上がる」
「そうなのか」
 バックマンは首筋をマッサージしながら立ち上がり、カールソンを伴って食堂を出た。
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