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ジュニエスの戦い
25 軍人令嬢
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「ずいぶん意気軒昂ですのね、あちらは」
ベアトリス・ローセンダールは見下すように笑った。
真紅の繻子織りに薔薇のシフォンをあしらった艶やかなドレスをまとい、薔薇の生け垣のような戦闘馬車に設けた肘掛け付きの座席から、彼女は周囲のあらゆるものを見下ろしている。
ベアトリスのための移動する玉座のようなその戦闘馬車は、前線で指揮を執る彼女を守るべく開発された特別なものだ。強固な装甲と多数の搭乗人員、そして無数の薔薇で飾られた、場違いに華麗な外観を誇っていた。今は冬のため薔薇は造花だが、夏であれは生花の香りが戦場を包む。
周囲には、この戦いで指揮を執る連隊長以上の者たちが参集していた。
「報告。敵軍には、ノア王子が参戦しているとのことです」
伝令兵からの報告を受けたオラシオ・ロードストレームが、ベアトリスに向き直る。
「なるほど、あの騒ぎはそれで……」
「開明派として名高いノア王子を、よくぞ戦陣に担ぎ出したものです」
「敵はそれほど必死、ということかしら。無理からぬ事ですわね。あの小さな砦を越えれば、我らを阻むものはヘルストランドの城塞のみ」
「座して死を待つよりも、といったところですか」
「……あるいはノア王子、誰かに疎まれているのかしらね」
ベアトリスは頬に手を当てて笑った。また新たな伝令が駆け寄ってくる。
「報告。リードホルム北部軍の指揮官は、ウルフ・ラインフェルトとのことです」
「湖の北は、やはりラインフェルト……」
「予想通りですね」
「残念ねえ。ラインフェルトに南側の主力軍を動かされては、わたくしとしても少し面倒だったのだけれど……まあリードホルム軍では、あんなものかしらね」
「目前に迫った危機への対処よりも、前例の踏襲を優先する……本当に勝つ気があるのでしょうか」
ラインフェルトの軍略家としての名声はノルドグレーンにも知れ渡っており、そのラインフェルトに北側よりも採れる戦術の幅が広い南側を指揮されることを、ベアトリスは警戒していた。だがリードホルム軍の硬直的な体制下では、中央軍総司令のレイグラーフを差し置いてラインフェルトを主力に据えるような大胆な方策が採られることはなかった。
「敵はまた失策を犯しましたね。これでますます、勝利は遠退きました」
「ロードストレーム、それは違いますわよ。リードホルムがあらゆる失策をすべて回避してなお、五分に届かないほどの戦力差。もとよりあちらに勝利の目はないのです」
「これは失言でございました」
「ふふ……グスタフソン将軍、聞いてのとおりよ」
戦闘馬車の左に控えていた男が、は、と短く返事をし、かかとを踏み鳴らして向き直った。
「敵北部軍はかのウルフ・ラインフェルト。事前の申し合わせ通り、二連隊を率いてこれに当たりなさい」
「お任せあれ」
グスタフソンは胸に拳を当て、高揚しうわずった声で応えた。
「よほどのことがない限り、ラインフェルトは守りに徹するしかないでしょうね」
「そう。そしてあれは世に聞こえた用兵巧者。そんな者に守りに徹されては、正面から崩すのはほぼ不可能」
「おや、ローセンダール様が弱気な言葉を口にされるとは……」
「ふふ……では、今日のところは、と付け加えておきましょうか」
挑発するようなロードストレームの言葉に、ベアトリスは不敵に笑った。
ベアトリス・ローセンダールは見下すように笑った。
真紅の繻子織りに薔薇のシフォンをあしらった艶やかなドレスをまとい、薔薇の生け垣のような戦闘馬車に設けた肘掛け付きの座席から、彼女は周囲のあらゆるものを見下ろしている。
ベアトリスのための移動する玉座のようなその戦闘馬車は、前線で指揮を執る彼女を守るべく開発された特別なものだ。強固な装甲と多数の搭乗人員、そして無数の薔薇で飾られた、場違いに華麗な外観を誇っていた。今は冬のため薔薇は造花だが、夏であれは生花の香りが戦場を包む。
周囲には、この戦いで指揮を執る連隊長以上の者たちが参集していた。
「報告。敵軍には、ノア王子が参戦しているとのことです」
伝令兵からの報告を受けたオラシオ・ロードストレームが、ベアトリスに向き直る。
「なるほど、あの騒ぎはそれで……」
「開明派として名高いノア王子を、よくぞ戦陣に担ぎ出したものです」
「敵はそれほど必死、ということかしら。無理からぬ事ですわね。あの小さな砦を越えれば、我らを阻むものはヘルストランドの城塞のみ」
「座して死を待つよりも、といったところですか」
「……あるいはノア王子、誰かに疎まれているのかしらね」
ベアトリスは頬に手を当てて笑った。また新たな伝令が駆け寄ってくる。
「報告。リードホルム北部軍の指揮官は、ウルフ・ラインフェルトとのことです」
「湖の北は、やはりラインフェルト……」
「予想通りですね」
「残念ねえ。ラインフェルトに南側の主力軍を動かされては、わたくしとしても少し面倒だったのだけれど……まあリードホルム軍では、あんなものかしらね」
「目前に迫った危機への対処よりも、前例の踏襲を優先する……本当に勝つ気があるのでしょうか」
ラインフェルトの軍略家としての名声はノルドグレーンにも知れ渡っており、そのラインフェルトに北側よりも採れる戦術の幅が広い南側を指揮されることを、ベアトリスは警戒していた。だがリードホルム軍の硬直的な体制下では、中央軍総司令のレイグラーフを差し置いてラインフェルトを主力に据えるような大胆な方策が採られることはなかった。
「敵はまた失策を犯しましたね。これでますます、勝利は遠退きました」
「ロードストレーム、それは違いますわよ。リードホルムがあらゆる失策をすべて回避してなお、五分に届かないほどの戦力差。もとよりあちらに勝利の目はないのです」
「これは失言でございました」
「ふふ……グスタフソン将軍、聞いてのとおりよ」
戦闘馬車の左に控えていた男が、は、と短く返事をし、かかとを踏み鳴らして向き直った。
「敵北部軍はかのウルフ・ラインフェルト。事前の申し合わせ通り、二連隊を率いてこれに当たりなさい」
「お任せあれ」
グスタフソンは胸に拳を当て、高揚しうわずった声で応えた。
「よほどのことがない限り、ラインフェルトは守りに徹するしかないでしょうね」
「そう。そしてあれは世に聞こえた用兵巧者。そんな者に守りに徹されては、正面から崩すのはほぼ不可能」
「おや、ローセンダール様が弱気な言葉を口にされるとは……」
「ふふ……では、今日のところは、と付け加えておきましょうか」
挑発するようなロードストレームの言葉に、ベアトリスは不敵に笑った。
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