153 / 247
ジュニエスの戦い
26 軍人令嬢 2
しおりを挟む
「おや、ローセンダール様が弱気な言葉を口にされるとは……」
「ふふ……では、今日のところは、と付け加えておきましょうか」
挑発するようなロードストレームの言葉に、ベアトリスは不敵に笑った。
その後も報告は続き、リードホルム軍の陣形、部隊配置などが明らかになってゆく。ベアトリスは自分でも望遠鏡を覗きつつ、そのすみれ色の瞳の奥でチェスの盤面を構築していった。
「ハンメルト、リドマン、両連隊は重装歩兵を前面に展開、横陣で前進しなさい。区々たる詭計は無用! 力でリードホルムを押し潰すのよ」
「お任せを!」
二人の連隊長は声を揃えて応答した。彼らはいずれも、三千の兵をまとめる高級士官だ。
通常、ノルドグレーン軍において連隊長以上の地位に就く者は、有力者の子弟が多い。だが彼らは市民階級の出身で戦功を重ね、その実力に目をつけたベアトリスが抜擢した者たちだ。実力のみならず士気や忠誠心においても確かな存在であり、だからこそベアトリスは彼らの力量を信頼し、大まかな指示のみに留め置いている。
「レーフクヴィスト、ノルランデル両隊は後方に展開。部隊間の距離を開け、散発的に突破を図ろうとする敵部隊に対応しなさい」
「承知」
「お任せを」
この二人もやはり市民の出で、ベアトリスに対し崇拝とさえ言えるほどの忠誠を誓っている。
こうした者たちが幾人もおり、彼ら、彼女らはベアトリスの私兵、ローセンダール軍とさえあだ名され、ノルドグレーン軍の中でも特異な存在として知られていた。
そうでありながら、彼らに向けられる軽侮の眼差しは少ない。それはひとえに、これまで積み上げてきた数多の戦功によるものだ。
彼らのほかに、ベアトリスの下には四人の参謀が控えている。だが連隊長たち実戦指揮官に比べ、ローセンダール軍における参謀たちの存在感は薄い。
彼らはベアトリスの不在時や目が届かない戦場などで、彼女から授けられた策を忠実に遂行する代行者に徹しているからだ。役割としては極めて重要だが、さながらベアトリスという大輪の花を際立たせる、濃緑色の枝葉のような存在だった。
そして軍人たちとは別に、ロードストレーム率いる親衛隊が存在する。彼らは純然たるベアトリスの私兵だ。前線に立つ際や野営地での生活に至るまで、彼女の身辺警護は親衛隊が一手に引き受けている。
ときどき一般兵の訓練に混じり圧倒的な実力を披露したことはあったが、親衛隊が実戦で戦う姿を見た者はいない。彼らが剣を抜くほどの事態にベアトリスの軍が陥ったことが、これまで一度としてないからだ。
リードホルム軍の布陣に対応した兵の差配を終え、ベアトリスが戦闘馬車上の座席から立ち上がった。ふわりと舞い上がった亜麻色の髪が陽光にきらめく。
「皆、よく聞きなさい!」
周囲の兵たち一瞬で静まり返り、かかとを踏み鳴らしてベアトリスに向き直った。全員が彼女の一挙手一投足に注目している。
「これよりの戦いは、ただの小競り合いではありません。リードホルムという、自らを神の隣人と僭称して人々を睥睨し、力で諸国を抑圧していた国――その野蛮な王国がわたくし達に課してきた二百年の軛を、断ち切るための戦いなのです」
兵たちはめいめいに武器を掲げ、大地が震えんばかりの雄叫びを上げた。
「リードホルム兵が精強を誇ったのも過去のこと。近衛兵もすでに衰え、もはやここに至っては鬼胎を抱くに足りません。独立不羈の魂を宿すノルドグレーン兵士たちよ! 恐れず前へ進みなさい。ベアトリス・ローセンダールはこの戦場で常に、あなた達とともにあります」
ノルドグレーン軍全体が一層激しく咆哮し、ローセンダールの家名を幾度も叫ぶ掛け声がノーラント山脈を包み込んだ。
ベアトリスは満足げな顔でリードホルム軍の陣を見やり、菫青石の瞳を鋭く輝かせた。
「ふふ……では、今日のところは、と付け加えておきましょうか」
挑発するようなロードストレームの言葉に、ベアトリスは不敵に笑った。
その後も報告は続き、リードホルム軍の陣形、部隊配置などが明らかになってゆく。ベアトリスは自分でも望遠鏡を覗きつつ、そのすみれ色の瞳の奥でチェスの盤面を構築していった。
「ハンメルト、リドマン、両連隊は重装歩兵を前面に展開、横陣で前進しなさい。区々たる詭計は無用! 力でリードホルムを押し潰すのよ」
「お任せを!」
二人の連隊長は声を揃えて応答した。彼らはいずれも、三千の兵をまとめる高級士官だ。
通常、ノルドグレーン軍において連隊長以上の地位に就く者は、有力者の子弟が多い。だが彼らは市民階級の出身で戦功を重ね、その実力に目をつけたベアトリスが抜擢した者たちだ。実力のみならず士気や忠誠心においても確かな存在であり、だからこそベアトリスは彼らの力量を信頼し、大まかな指示のみに留め置いている。
「レーフクヴィスト、ノルランデル両隊は後方に展開。部隊間の距離を開け、散発的に突破を図ろうとする敵部隊に対応しなさい」
「承知」
「お任せを」
この二人もやはり市民の出で、ベアトリスに対し崇拝とさえ言えるほどの忠誠を誓っている。
こうした者たちが幾人もおり、彼ら、彼女らはベアトリスの私兵、ローセンダール軍とさえあだ名され、ノルドグレーン軍の中でも特異な存在として知られていた。
そうでありながら、彼らに向けられる軽侮の眼差しは少ない。それはひとえに、これまで積み上げてきた数多の戦功によるものだ。
彼らのほかに、ベアトリスの下には四人の参謀が控えている。だが連隊長たち実戦指揮官に比べ、ローセンダール軍における参謀たちの存在感は薄い。
彼らはベアトリスの不在時や目が届かない戦場などで、彼女から授けられた策を忠実に遂行する代行者に徹しているからだ。役割としては極めて重要だが、さながらベアトリスという大輪の花を際立たせる、濃緑色の枝葉のような存在だった。
そして軍人たちとは別に、ロードストレーム率いる親衛隊が存在する。彼らは純然たるベアトリスの私兵だ。前線に立つ際や野営地での生活に至るまで、彼女の身辺警護は親衛隊が一手に引き受けている。
ときどき一般兵の訓練に混じり圧倒的な実力を披露したことはあったが、親衛隊が実戦で戦う姿を見た者はいない。彼らが剣を抜くほどの事態にベアトリスの軍が陥ったことが、これまで一度としてないからだ。
リードホルム軍の布陣に対応した兵の差配を終え、ベアトリスが戦闘馬車上の座席から立ち上がった。ふわりと舞い上がった亜麻色の髪が陽光にきらめく。
「皆、よく聞きなさい!」
周囲の兵たち一瞬で静まり返り、かかとを踏み鳴らしてベアトリスに向き直った。全員が彼女の一挙手一投足に注目している。
「これよりの戦いは、ただの小競り合いではありません。リードホルムという、自らを神の隣人と僭称して人々を睥睨し、力で諸国を抑圧していた国――その野蛮な王国がわたくし達に課してきた二百年の軛を、断ち切るための戦いなのです」
兵たちはめいめいに武器を掲げ、大地が震えんばかりの雄叫びを上げた。
「リードホルム兵が精強を誇ったのも過去のこと。近衛兵もすでに衰え、もはやここに至っては鬼胎を抱くに足りません。独立不羈の魂を宿すノルドグレーン兵士たちよ! 恐れず前へ進みなさい。ベアトリス・ローセンダールはこの戦場で常に、あなた達とともにあります」
ノルドグレーン軍全体が一層激しく咆哮し、ローセンダールの家名を幾度も叫ぶ掛け声がノーラント山脈を包み込んだ。
ベアトリスは満足げな顔でリードホルム軍の陣を見やり、菫青石の瞳を鋭く輝かせた。
0
あなたにおすすめの小説
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる