山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

文字の大きさ
159 / 247
ジュニエスの戦い

32 薔薇の回廊

しおりを挟む
 近衛隊長エリオット・フリークルンドが九度目の敵陣突破に成功すると、前方の視界が一挙に開けた。
 岩肌がむき出しで地衣ちい類や背の低い雑草に覆われた緩やかな登り斜面の先には、まだまだ多数のノルドグレーン重装歩兵隊と、そのはるか向こうに、赤と緑で彩られた巨大な戦闘馬車が見える。そしてその上には、たしかにノルドグレーン軍総指揮官ベアトリス・ローセンダールの姿があった。
 ベアトリスはローズヒップの花弁のような頬に右掌を当て、静かに笑っている。
「あれか」
「ローセンダール家の家紋は薔薇。おそらくそうでしょう」
 フリークルンドは戦闘馬車を顎で示し、背後に控える副隊長のキム・ハセリウスに確認した。
「戦闘馬車を無駄に飾りおって……ノルドグレーンの愚かな金満家きんまんかめ」
「くだらない自己顕示欲の表れですね」
 フリークルンドの嘲罵ちょうばが聞こえたはずはないが、ベアトリスは座席から立ち上がった。
 ゆっくりと右手を肩の高さに上げ、眼下の部隊に号令する。
荊叢きょうそう回廊!」
 ベアトリスがそう叫ぶと、ノルドグレーン兵は一斉に大盾を構えた。
「ふん。我らの突進に備えた縦深じゅうしん陣か。考える頭はあるようだな」
 ベアトリスの前には、八つの重装歩兵大隊が、十二本の縦長の陣を敷いて近衛兵を待ち構えている。その様子はさながら、大盾と長槍でつくられたがきのようだ。
 見た目の上では、ベアトリスまでの道は開かれている。だがその陣形の切れ間を抜けようとすれば、たちまち左右から突き出される長槍で針のむしろにされてしまうだろう。
 フリークルンドはその異様な陣形を見て、ハセリウスに向き直った。
「あんなもの、いっそ壁の内側を進んでやろうか……ハセリウス、どう見る?」
「わざわざ奴らが準備してきた陣形です。我らが縦深陣の内側を進もうとしても、おそらくその都度つど向きを変えて壁を作り直し、ふたたび挟み込もうとするでしょう」
「面倒だな。ならば、なるべく手間の少ない壁を突き破るか」
「はい。最右翼の陣が良いかと」
「行くぞ! 我に続け!」
 フリークルンドが雷鳴のような声で大喝たいかつし、右前方に走り出した。ハセリウスら十五人の近衛兵もそれに続く。
「迎撃用意!」
 ベアトリスの声に呼応して大盾がわずかに向きを変え、生け垣が攻撃の意思を示す。
 フリークルンドは十二の縦深陣のうち、最も右に位置する陣の短辺に突撃した。屈強な兵士が地面にしっかりとえて構えた大盾が、フリークルンドの一撃で持ち主もろとも吹き飛ばされる。そうして防御陣にこじ開けられた穴から、近衛兵たちが壁の内部に突入した。
「なんて男なの。戦闘馬車だってあんな突進力はないわよ」
 ベアトリスが呆れて声を上げる。
「なんでもあのフリークルンドという隊長は、毎日のように近衛兵五人を相手に修練を積む、折り紙付きの戦闘狂だとか」
「……他にすることはないのかしらね」
「自分こそが地上最強だと証明したいそうな」
「あら、それは聞き捨てならないわね、ロードストレーム?」
「ふふ……」
 ロードストレーム親衛隊長と話すベアトリスには、焦りの色は見られない。
 近衛兵が突入した縦深陣の内部では、フリークルンドが予想していなかった事態が展開していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、 屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。 そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。 母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。 そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。 しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。 メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、 財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼! 学んだことを生かし、商会を設立。 孤児院から人材を引き取り育成もスタート。 出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。 そこに隣国の王子も参戦してきて?! 本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡ *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

黄金の魔族姫

風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」 「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」  とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!  ──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?  これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。  ──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!   ※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。 ※表紙は自作ではありません。

氷雨と猫と君〖完結〗

カシューナッツ
恋愛
彼とは長年付き合っていた。もうすぐ薬指に指輪をはめると思っていたけれど、久しぶりに呼び出された寒い日、思いもしないことを言われ、季節外れの寒波の中、帰途につく。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

騎士団長様、クビだけは勘弁してくださいっ!

楠ノ木雫
恋愛
 朝目が覚めたら、自分の隣に知らない男が寝ていた。  テレシアは、男爵令嬢でありつつも騎士団員の道を選び日々精進していた。 「お前との婚約は破棄だ」  ある日王城で開かれたガーデンパーティーの警備中婚約者に婚約破棄を言い出された。テレシアは承諾したが、それを目撃していた先輩方が見かねて城下町に連れていきお酒を奢った。そのせいでテレシアはべろんべろんに酔っ払い、次の日ベッドに一糸まとわぬ姿の自分と知らない男性が横たわっていた。朝の鍛錬の時間が迫っていたため眠っていた男性を放置して鍛錬場に向かったのだが、ちらりと見えた男性の服の一枚。それ、もしかして超エリート騎士団である近衛騎士団の制服では……!? ※3連休中は一日5話投稿。その後は毎日20時に一話投稿となります。 ※他の投稿サイトにも掲載しています。 ※この作品は短編を新たに作り直しました。設定などが変わっている部分があります。(旧題:無慈悲な悪魔の騎士団長に迫られて困ってます!〜下っ端騎士団員(男爵令嬢)クビの危機!〜)

双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺
恋愛
同じ王子に仕える騎士に意図せず魔法をかけてしまい主の怒りを買った少女マリナは、魔力を奪われ異世界へ追放されてしまう。 追放された異世界の国<日本>で暮らしていたある日、バイト先へ向かう途中で見つけたのは自分が魔法で犬に姿を変えた元の世界の同僚で……!? 素直じゃない魔女と朴念仁騎士。一人と一匹の異世界生活が始まる。   全7章。   以前とある賞に応募した作品に追記・改稿を加えたものになります。   ※「小説を読もう」にも投稿しています。     2017.5.20完結しました!!   見てくださった方々のおかげです! ありがとうございました!

処理中です...