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ジュニエスの戦い
32 薔薇の回廊
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近衛隊長エリオット・フリークルンドが九度目の敵陣突破に成功すると、前方の視界が一挙に開けた。
岩肌がむき出しで地衣類や背の低い雑草に覆われた緩やかな登り斜面の先には、まだまだ多数のノルドグレーン重装歩兵隊と、その遙か向こうに、赤と緑で彩られた巨大な戦闘馬車が見える。そしてその上には、たしかにノルドグレーン軍総指揮官ベアトリス・ローセンダールの姿があった。
ベアトリスはローズヒップの花弁のような頬に右掌を当て、静かに笑っている。
「あれか」
「ローセンダール家の家紋は薔薇。おそらくそうでしょう」
フリークルンドは戦闘馬車を顎で示し、背後に控える副隊長のキム・ハセリウスに確認した。
「戦闘馬車を無駄に飾りおって……ノルドグレーンの愚かな金満家め」
「くだらない自己顕示欲の表れですね」
フリークルンドの嘲罵が聞こえたはずはないが、ベアトリスは座席から立ち上がった。
ゆっくりと右手を肩の高さに上げ、眼下の部隊に号令する。
「荊叢回廊!」
ベアトリスがそう叫ぶと、ノルドグレーン兵は一斉に大盾を構えた。
「ふん。我らの突進に備えた縦深陣か。考える頭はあるようだな」
ベアトリスの前には、八つの重装歩兵大隊が、十二本の縦長の陣を敷いて近衛兵を待ち構えている。その様子はさながら、大盾と長槍でつくられた生け垣のようだ。
見た目の上では、ベアトリスまでの道は開かれている。だがその陣形の切れ間を抜けようとすれば、たちまち左右から突き出される長槍で針の筵にされてしまうだろう。
フリークルンドはその異様な陣形を見て、ハセリウスに向き直った。
「あんなもの、いっそ壁の内側を進んでやろうか……ハセリウス、どう見る?」
「わざわざ奴らが準備してきた陣形です。我らが縦深陣の内側を進もうとしても、おそらくその都度向きを変えて壁を作り直し、ふたたび挟み込もうとするでしょう」
「面倒だな。ならば、なるべく手間の少ない壁を突き破るか」
「はい。最右翼の陣が良いかと」
「行くぞ! 我に続け!」
フリークルンドが雷鳴のような声で大喝し、右前方に走り出した。ハセリウスら十五人の近衛兵もそれに続く。
「迎撃用意!」
ベアトリスの声に呼応して大盾がわずかに向きを変え、生け垣が攻撃の意思を示す。
フリークルンドは十二の縦深陣のうち、最も右に位置する陣の短辺に突撃した。屈強な兵士が地面にしっかりと据えて構えた大盾が、フリークルンドの一撃で持ち主もろとも吹き飛ばされる。そうして防御陣にこじ開けられた穴から、近衛兵たちが壁の内部に突入した。
「なんて男なの。戦闘馬車だってあんな突進力はないわよ」
ベアトリスが呆れて声を上げる。
「なんでもあのフリークルンドという隊長は、毎日のように近衛兵五人を相手に修練を積む、折り紙付きの戦闘狂だとか」
「……他にすることはないのかしらね」
「自分こそが地上最強だと証明したいそうな」
「あら、それは聞き捨てならないわね、ロードストレーム?」
「ふふ……」
ロードストレーム親衛隊長と話すベアトリスには、焦りの色は見られない。
近衛兵が突入した縦深陣の内部では、フリークルンドが予想していなかった事態が展開していた。
岩肌がむき出しで地衣類や背の低い雑草に覆われた緩やかな登り斜面の先には、まだまだ多数のノルドグレーン重装歩兵隊と、その遙か向こうに、赤と緑で彩られた巨大な戦闘馬車が見える。そしてその上には、たしかにノルドグレーン軍総指揮官ベアトリス・ローセンダールの姿があった。
ベアトリスはローズヒップの花弁のような頬に右掌を当て、静かに笑っている。
「あれか」
「ローセンダール家の家紋は薔薇。おそらくそうでしょう」
フリークルンドは戦闘馬車を顎で示し、背後に控える副隊長のキム・ハセリウスに確認した。
「戦闘馬車を無駄に飾りおって……ノルドグレーンの愚かな金満家め」
「くだらない自己顕示欲の表れですね」
フリークルンドの嘲罵が聞こえたはずはないが、ベアトリスは座席から立ち上がった。
ゆっくりと右手を肩の高さに上げ、眼下の部隊に号令する。
「荊叢回廊!」
ベアトリスがそう叫ぶと、ノルドグレーン兵は一斉に大盾を構えた。
「ふん。我らの突進に備えた縦深陣か。考える頭はあるようだな」
ベアトリスの前には、八つの重装歩兵大隊が、十二本の縦長の陣を敷いて近衛兵を待ち構えている。その様子はさながら、大盾と長槍でつくられた生け垣のようだ。
見た目の上では、ベアトリスまでの道は開かれている。だがその陣形の切れ間を抜けようとすれば、たちまち左右から突き出される長槍で針の筵にされてしまうだろう。
フリークルンドはその異様な陣形を見て、ハセリウスに向き直った。
「あんなもの、いっそ壁の内側を進んでやろうか……ハセリウス、どう見る?」
「わざわざ奴らが準備してきた陣形です。我らが縦深陣の内側を進もうとしても、おそらくその都度向きを変えて壁を作り直し、ふたたび挟み込もうとするでしょう」
「面倒だな。ならば、なるべく手間の少ない壁を突き破るか」
「はい。最右翼の陣が良いかと」
「行くぞ! 我に続け!」
フリークルンドが雷鳴のような声で大喝し、右前方に走り出した。ハセリウスら十五人の近衛兵もそれに続く。
「迎撃用意!」
ベアトリスの声に呼応して大盾がわずかに向きを変え、生け垣が攻撃の意思を示す。
フリークルンドは十二の縦深陣のうち、最も右に位置する陣の短辺に突撃した。屈強な兵士が地面にしっかりと据えて構えた大盾が、フリークルンドの一撃で持ち主もろとも吹き飛ばされる。そうして防御陣にこじ開けられた穴から、近衛兵たちが壁の内部に突入した。
「なんて男なの。戦闘馬車だってあんな突進力はないわよ」
ベアトリスが呆れて声を上げる。
「なんでもあのフリークルンドという隊長は、毎日のように近衛兵五人を相手に修練を積む、折り紙付きの戦闘狂だとか」
「……他にすることはないのかしらね」
「自分こそが地上最強だと証明したいそうな」
「あら、それは聞き捨てならないわね、ロードストレーム?」
「ふふ……」
ロードストレーム親衛隊長と話すベアトリスには、焦りの色は見られない。
近衛兵が突入した縦深陣の内部では、フリークルンドが予想していなかった事態が展開していた。
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