山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

文字の大きさ
174 / 247
ジュニエスの戦い

47 偽装 3

しおりを挟む
「いかがなさいますか? いっそ、この機にノア王子を……」
 ベアトリスの顔に余裕の笑みが戻る。
「そうねえ……彼を戦場で討ち取っても、おそらくこの戦いは終わらないわ。国王はまた別にいるのですもの」
「それでは……」
「捨て置きなさい。どうせ士気が上がったところで一時的なものよ。王子様の掛け声で傷が治るのではないのだから」
「よろしいのですか? なかなかの俊英しゅんえいと聞きますが」
「だからこそ、よ。彼が噂通りの人物なら、講和こうわ時によい交渉相手となるはず。あちらが徹底抗戦を主張する愚か者ばかりになっては面倒……いえ、うっとおしいわ」
「なるほど。群がる羽虫を追い払うのも、骨が折れますからね」
「レーフクヴィストには持ち場を固守こしゅするよう伝えなさい。無理に状況を打開しようとする必要はありません」
 ベアトリスの言葉を受け、すぐに参謀の一人が伝令兵を手配した。
「南の丘はどう? 敵は動いたかしら」
 ベアトリスは別の参謀に向き直って訪ねる。
「我が軍が間欠かんけつ的に丘を奪取する動きを見せており、それに対応するため、特別奇襲隊は動かぬようです」
「そう……今のところ、釘付けにはできているのね」
 ブリクスト率いる特別奇襲隊は精強だが、その数はわずかに百騎程度だ。その百という数字は、森林に潜み敵軍を迎撃するにはうってつけの規模だが、ベアトリスが構える数千の陣を突破するには絶対的に数が足りない。
 ブリクスト自身もそのことをわきまえており、眼下の戦況に歯噛はがみしつつも、持ち場を堅守けんしゅすることしかできないでいた。
 事実そうでありながら、ベアトリスはなぜか、目論見もくろみどおりにブリクストを封殺ふうさつできていることに居心地の悪さを感じていた。このジュニエス河谷かこくの戦場で、まるで南の丘だけが何らかの意図によって切り離されているような、奇妙な違和感がぬぐい去れないのだ。
 かと言って、何の情報も戦略的な確信もなく兵を動かす気にはなれず、ベアトリスは眼前の戦場に意識を集中することにした。

 リードホルム主力軍は辛うじて息を吹き返したが、それでも戦況をくつがえすには至らなかった。
 リースベットたちの奮戦も力及ばず、三日目も総体としてはノルドグレーン軍優位のまま、落日を迎えようとしている。
「あるいは今日で決着か、とも思っていたのだけれど……あと一息ね」
 ランバンデット湖畔こはんの拠点へ向かいながら、不満げにソルモーサン砦を振り返るベアトリスのもとには、入れ代わり立ち代わり伝令兵が報告に訪れている。いずれもリードホルム軍が砦や野営地に退却した、という性質のもので、部隊名と帰還地を伏せれば同じ内容に聞こえる報告ばかりだった。
 その中に一人、明確に装いの異なる報告者が混じっている。オラシオ・ロードストレームと同じ親衛隊の隊服に身を包んだ、女兵士た。
 彼女はベアトリスではなく、直属の上官としてのロードストレームに用があるようだ。
「ロードストレーム隊長、今日の夜警はファールクランツ様でよろしかったので……?」
「いや、そんなはずはありません。この戦いのあいだ、彼を当番から外せと言っておいたはずだが」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...