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ジュニエスの戦い
47 偽装 3
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「いかがなさいますか? いっそ、この機にノア王子を……」
ベアトリスの顔に余裕の笑みが戻る。
「そうねえ……彼を戦場で討ち取っても、おそらくこの戦いは終わらないわ。国王はまた別にいるのですもの」
「それでは……」
「捨て置きなさい。どうせ士気が上がったところで一時的なものよ。王子様の掛け声で傷が治るのではないのだから」
「よろしいのですか? なかなかの俊英と聞きますが」
「だからこそ、よ。彼が噂通りの人物なら、講和時によい交渉相手となるはず。あちらが徹底抗戦を主張する愚か者ばかりになっては面倒……いえ、うっとおしいわ」
「なるほど。群がる羽虫を追い払うのも、骨が折れますからね」
「レーフクヴィストには持ち場を固守するよう伝えなさい。無理に状況を打開しようとする必要はありません」
ベアトリスの言葉を受け、すぐに参謀の一人が伝令兵を手配した。
「南の丘はどう? 敵は動いたかしら」
ベアトリスは別の参謀に向き直って訪ねる。
「我が軍が間欠的に丘を奪取する動きを見せており、それに対応するため、特別奇襲隊は動かぬようです」
「そう……今のところ、釘付けにはできているのね」
ブリクスト率いる特別奇襲隊は精強だが、その数はわずかに百騎程度だ。その百という数字は、森林に潜み敵軍を迎撃するにはうってつけの規模だが、ベアトリスが構える数千の陣を突破するには絶対的に数が足りない。
ブリクスト自身もそのことを弁えており、眼下の戦況に歯噛みしつつも、持ち場を堅守することしかできないでいた。
事実そうでありながら、ベアトリスはなぜか、目論見どおりにブリクストを封殺できていることに居心地の悪さを感じていた。このジュニエス河谷の戦場で、まるで南の丘だけが何らかの意図によって切り離されているような、奇妙な違和感が拭い去れないのだ。
かと言って、何の情報も戦略的な確信もなく兵を動かす気にはなれず、ベアトリスは眼前の戦場に意識を集中することにした。
リードホルム主力軍は辛うじて息を吹き返したが、それでも戦況を覆すには至らなかった。
リースベットたちの奮戦も力及ばず、三日目も総体としてはノルドグレーン軍優位のまま、落日を迎えようとしている。
「あるいは今日で決着か、とも思っていたのだけれど……あと一息ね」
ランバンデット湖畔の拠点へ向かいながら、不満げにソルモーサン砦を振り返るベアトリスのもとには、入れ代わり立ち代わり伝令兵が報告に訪れている。いずれもリードホルム軍が砦や野営地に退却した、という性質のもので、部隊名と帰還地を伏せれば同じ内容に聞こえる報告ばかりだった。
その中に一人、明確に装いの異なる報告者が混じっている。オラシオ・ロードストレームと同じ親衛隊の隊服に身を包んだ、女兵士た。
彼女はベアトリスではなく、直属の上官としてのロードストレームに用があるようだ。
「ロードストレーム隊長、今日の夜警はファールクランツ様でよろしかったので……?」
「いや、そんなはずはありません。この戦いのあいだ、彼を当番から外せと言っておいたはずだが」
ベアトリスの顔に余裕の笑みが戻る。
「そうねえ……彼を戦場で討ち取っても、おそらくこの戦いは終わらないわ。国王はまた別にいるのですもの」
「それでは……」
「捨て置きなさい。どうせ士気が上がったところで一時的なものよ。王子様の掛け声で傷が治るのではないのだから」
「よろしいのですか? なかなかの俊英と聞きますが」
「だからこそ、よ。彼が噂通りの人物なら、講和時によい交渉相手となるはず。あちらが徹底抗戦を主張する愚か者ばかりになっては面倒……いえ、うっとおしいわ」
「なるほど。群がる羽虫を追い払うのも、骨が折れますからね」
「レーフクヴィストには持ち場を固守するよう伝えなさい。無理に状況を打開しようとする必要はありません」
ベアトリスの言葉を受け、すぐに参謀の一人が伝令兵を手配した。
「南の丘はどう? 敵は動いたかしら」
ベアトリスは別の参謀に向き直って訪ねる。
「我が軍が間欠的に丘を奪取する動きを見せており、それに対応するため、特別奇襲隊は動かぬようです」
「そう……今のところ、釘付けにはできているのね」
ブリクスト率いる特別奇襲隊は精強だが、その数はわずかに百騎程度だ。その百という数字は、森林に潜み敵軍を迎撃するにはうってつけの規模だが、ベアトリスが構える数千の陣を突破するには絶対的に数が足りない。
ブリクスト自身もそのことを弁えており、眼下の戦況に歯噛みしつつも、持ち場を堅守することしかできないでいた。
事実そうでありながら、ベアトリスはなぜか、目論見どおりにブリクストを封殺できていることに居心地の悪さを感じていた。このジュニエス河谷の戦場で、まるで南の丘だけが何らかの意図によって切り離されているような、奇妙な違和感が拭い去れないのだ。
かと言って、何の情報も戦略的な確信もなく兵を動かす気にはなれず、ベアトリスは眼前の戦場に意識を集中することにした。
リードホルム主力軍は辛うじて息を吹き返したが、それでも戦況を覆すには至らなかった。
リースベットたちの奮戦も力及ばず、三日目も総体としてはノルドグレーン軍優位のまま、落日を迎えようとしている。
「あるいは今日で決着か、とも思っていたのだけれど……あと一息ね」
ランバンデット湖畔の拠点へ向かいながら、不満げにソルモーサン砦を振り返るベアトリスのもとには、入れ代わり立ち代わり伝令兵が報告に訪れている。いずれもリードホルム軍が砦や野営地に退却した、という性質のもので、部隊名と帰還地を伏せれば同じ内容に聞こえる報告ばかりだった。
その中に一人、明確に装いの異なる報告者が混じっている。オラシオ・ロードストレームと同じ親衛隊の隊服に身を包んだ、女兵士た。
彼女はベアトリスではなく、直属の上官としてのロードストレームに用があるようだ。
「ロードストレーム隊長、今日の夜警はファールクランツ様でよろしかったので……?」
「いや、そんなはずはありません。この戦いのあいだ、彼を当番から外せと言っておいたはずだが」
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