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ジュニエスの戦い
67 野心と偏執 5
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「おのれ……邪魔な年寄りばかりが……」
地に伏したマリーツが地面をかきむしり、右手の爪が岩の表面を覆う苔を削り取る。
「……馬鹿者め。死に際してなお、年齢などというつまらぬ分断にこだわりおって。貴様の不幸の淵源は、たんに貴様が己を知らぬという一点、それのみよ」
「俺に、才能がなかったと……言うのか……」
「有り体に言えばそうだが……とりわけ機を見る目がなかったな。貴様には力がある。その力を腐らせぬよう日々を生きておれば、いずれその力を必要とするものから召命されるのだ。必ずな」
「待ってなど……いられるか……!」
その言葉を最後に、マリーツは事切れた。
怒りと汚辱に血走ったその目は、眼前のマイエルとは別の何かを責め、恐れていたようだった。
「畜生……このクソジジイが! マリーツの仇を討つぞ!」
マリーツの敗北を目の当たりにし、部隊の大半は即座に武器を捨てた。だが副長スオヴァネンの周辺に集まっていた百数十名ほどの者たちは、何かに追い立てられるようにマイエルの部隊に攻めかかった。
「やむを得ん、か……」
「無益なことを……迎え撃て!」
無論、圧倒的多数で包囲するマイエルの部隊に敵うはずもない。だがこの同士討ちは、リードホルム軍にとって不毛で致命的な、戦力と時間の消耗となった。
反逆したスオヴァネン以下全員が討ち取られ、アルフレド・マリーツの謀叛はわずか二時間ほどで収束した。
ノルドグレーン軍のレーフクヴィスト連隊はその戦いのあいだに後退し、マイエルに痛めつけられた陣形を再編して態勢を立て直している。
マリーツ隊の残存兵はレイグラーフの本陣へ送られ、処遇を待つことになった。
マイエルは憎しみとも侮蔑とも違った冷たい目で、マリーツの死体を見下ろしていた。そこに副官が声をかける。
「スオヴァネンとやらはともかく、下の者たちはもう少し救いたかったですな……」
「やむを得ん。あやつらはマリーツに殉じることを選んだ」
「愚かなことを……」
「仮にここで生き永らえても、後に禍根を残す者たちよ。ならば然るべき死に場所を用意してやるのも、戦いに生きる者としての務めだ」
「……なるほど」
マイエルのこの考え方に、副官は全面的に納得したわけではない。だが、マリーツ敗北後のまったく勝機のない状況下でなおマリーツの側に立とうとする者たちを、説得なり教化なりすることが可能であるとは、考えることはできなかった。
「……マイエル様、この若者の肩を持つのではありませんが、ひとつお耳に入れておきたいことが」
「どうした」
「ヘルストランドでは近年、カッセルに対する憎悪を煽る、妙な噂が広がっていたそうです」
「……痴れ者め、誰が流したものとも知れぬ流言に惑わされおって」
「一抹の同情は禁じ得ません」
「こやつはそれに、みずから飛びついたのよ。自分が不当に遇されている……などという哀れな偏執に火を付ける、たちの悪い熾火にな」
「ラインフェルト殿が見込んだだけの才覚は、確かにあったのでしょうが……そう思うと残念です」
マリーツを見下ろしながら吐き捨てるように言うマイエルの顔には、虚無感に憑かれたような疲労の陰が見える。マイエルのそんな顔を、副官はこれまで目にしたことはなかった。
その原因となったであろうマリーツの死体を一瞬見下ろし、すぐに視線を戻すと陰はすでに霧消しており、マイエルは顔を上げて北東の方角を眺めていた。
「しかしラインフェルトめ……あやつは相変わらず遠くばかり見て、自分の足元が見えておらぬ奴よ」
地に伏したマリーツが地面をかきむしり、右手の爪が岩の表面を覆う苔を削り取る。
「……馬鹿者め。死に際してなお、年齢などというつまらぬ分断にこだわりおって。貴様の不幸の淵源は、たんに貴様が己を知らぬという一点、それのみよ」
「俺に、才能がなかったと……言うのか……」
「有り体に言えばそうだが……とりわけ機を見る目がなかったな。貴様には力がある。その力を腐らせぬよう日々を生きておれば、いずれその力を必要とするものから召命されるのだ。必ずな」
「待ってなど……いられるか……!」
その言葉を最後に、マリーツは事切れた。
怒りと汚辱に血走ったその目は、眼前のマイエルとは別の何かを責め、恐れていたようだった。
「畜生……このクソジジイが! マリーツの仇を討つぞ!」
マリーツの敗北を目の当たりにし、部隊の大半は即座に武器を捨てた。だが副長スオヴァネンの周辺に集まっていた百数十名ほどの者たちは、何かに追い立てられるようにマイエルの部隊に攻めかかった。
「やむを得ん、か……」
「無益なことを……迎え撃て!」
無論、圧倒的多数で包囲するマイエルの部隊に敵うはずもない。だがこの同士討ちは、リードホルム軍にとって不毛で致命的な、戦力と時間の消耗となった。
反逆したスオヴァネン以下全員が討ち取られ、アルフレド・マリーツの謀叛はわずか二時間ほどで収束した。
ノルドグレーン軍のレーフクヴィスト連隊はその戦いのあいだに後退し、マイエルに痛めつけられた陣形を再編して態勢を立て直している。
マリーツ隊の残存兵はレイグラーフの本陣へ送られ、処遇を待つことになった。
マイエルは憎しみとも侮蔑とも違った冷たい目で、マリーツの死体を見下ろしていた。そこに副官が声をかける。
「スオヴァネンとやらはともかく、下の者たちはもう少し救いたかったですな……」
「やむを得ん。あやつらはマリーツに殉じることを選んだ」
「愚かなことを……」
「仮にここで生き永らえても、後に禍根を残す者たちよ。ならば然るべき死に場所を用意してやるのも、戦いに生きる者としての務めだ」
「……なるほど」
マイエルのこの考え方に、副官は全面的に納得したわけではない。だが、マリーツ敗北後のまったく勝機のない状況下でなおマリーツの側に立とうとする者たちを、説得なり教化なりすることが可能であるとは、考えることはできなかった。
「……マイエル様、この若者の肩を持つのではありませんが、ひとつお耳に入れておきたいことが」
「どうした」
「ヘルストランドでは近年、カッセルに対する憎悪を煽る、妙な噂が広がっていたそうです」
「……痴れ者め、誰が流したものとも知れぬ流言に惑わされおって」
「一抹の同情は禁じ得ません」
「こやつはそれに、みずから飛びついたのよ。自分が不当に遇されている……などという哀れな偏執に火を付ける、たちの悪い熾火にな」
「ラインフェルト殿が見込んだだけの才覚は、確かにあったのでしょうが……そう思うと残念です」
マリーツを見下ろしながら吐き捨てるように言うマイエルの顔には、虚無感に憑かれたような疲労の陰が見える。マイエルのそんな顔を、副官はこれまで目にしたことはなかった。
その原因となったであろうマリーツの死体を一瞬見下ろし、すぐに視線を戻すと陰はすでに霧消しており、マイエルは顔を上げて北東の方角を眺めていた。
「しかしラインフェルトめ……あやつは相変わらず遠くばかり見て、自分の足元が見えておらぬ奴よ」
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