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ジュニエスの戦い
71 誇り 4
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ノルドグレーン軍、ベアトリスにとって悪夢のようだった、マイエルの参戦と快進撃、そして突然攻め手を止めた不可解な行動――ベアトリスはようやくその全容を知り、翌日以降の道標を見つけることができた。
「迂回させたことで、マイエル軍の無防備な後方を目の当たりにした……それが呼び水になったのでしょうか」
「さて……ね。何にせよ、姑息な裏切り者をわたくしが嬉々として受け入れると思っていたなら、とんだ見当違いよ」
「まったくですね」
ベアトリスは嫌悪感をあらわにして眉をしかめる。
「仮にですが……その叛逆者が離反しなかった場合、どうなっていたでしょう。例えばグスタフソンの陣を強引に突破して、マイエルの部隊とともにレーフクヴィスト連隊を挟撃したとしたら……」
「マイエルがレーフクヴィストの部隊の前衛を抜いたとしても、そこには大きな時間差があるわ。挟撃体制が完成するより早く、グスタフソンとレーフクヴィストが……マリーツと言ったかしら、その部隊を逆に挟撃していたことでしょう」
「なるほど。迂回がラインフェルトの指示だとすれば、それは正しかったということですね」
「そう、それ自体はね……」
どこまでも浮かない顔でベアトリスは応える。
結果としてノルドグレーン軍の優勢は覆らなかったが、戦略的にはラインフェルトに完敗していた――むずかる幼児のように暴れ回りたい稚気を、敗北感に向き合うことで抑えていたのだ。
「こればかりは、僥倖だった、と認めねばいけませんわね……」
「今の状態ですら、損害は少なくありません。今日だけの戦果を見れば我が軍の負けです」
「あのままマイエルに驕傲を許していたら、明日からはずいぶん泥臭い戦いを覚悟せねばならなかったでしょうね」
「練度の高いリードホルム軍と、負傷した兵で正面から潰し合う、ですか」
「さらにマイエル軍には後続部隊があるはずよ。今日参戦したのは騎馬部隊だけですもの。その到着前に片を付けるため、多大な犠牲を伴う強引な攻撃を余儀なくされる。数の利はなおこちらに有りとは言え……」
「あまり、想像したくはありませんね」
「まったく」
窓際に立つベアトリスの菫青石の瞳が、月明かりを青白く映す。運に救われたという思いは、宝石のような彼女の自尊心をわずかに傷つけていたが、それでも覇気は衰えていない。
「今日のことで敵の士気は上がっています。おそらく明日は攻勢に出てくるはず」
「とはいえ、総体としての戦況は……」
「ええ、こちらの圧倒的優位よ。ラインフェルトでなくとも、高位の指揮官は皆その点には気付いているでしょう」
「それでもなお、攻勢に出てくると?」
「おそらく中心にいる者たちは、最後の攻勢と覚悟を決めているでしょうね」
ベアトリスはそう言いながら、ゆっくりとロードストレームに向き直った。しばしの間を置き、ロードストレームが静かにうなずく。
「……今夜はずいぶん冷え込むようです」
「ゆっくり体を休めておきなさい。風邪などひかぬようにね」
ベアトリスは微笑みをたたえてロードストレームを見つめていた。
その相貌は、戦場でリードホルム軍に向ける勝ち誇ったような笑みとは異なり、過ぎし日を懐かしむような穏やかさを帯びている。
「迂回させたことで、マイエル軍の無防備な後方を目の当たりにした……それが呼び水になったのでしょうか」
「さて……ね。何にせよ、姑息な裏切り者をわたくしが嬉々として受け入れると思っていたなら、とんだ見当違いよ」
「まったくですね」
ベアトリスは嫌悪感をあらわにして眉をしかめる。
「仮にですが……その叛逆者が離反しなかった場合、どうなっていたでしょう。例えばグスタフソンの陣を強引に突破して、マイエルの部隊とともにレーフクヴィスト連隊を挟撃したとしたら……」
「マイエルがレーフクヴィストの部隊の前衛を抜いたとしても、そこには大きな時間差があるわ。挟撃体制が完成するより早く、グスタフソンとレーフクヴィストが……マリーツと言ったかしら、その部隊を逆に挟撃していたことでしょう」
「なるほど。迂回がラインフェルトの指示だとすれば、それは正しかったということですね」
「そう、それ自体はね……」
どこまでも浮かない顔でベアトリスは応える。
結果としてノルドグレーン軍の優勢は覆らなかったが、戦略的にはラインフェルトに完敗していた――むずかる幼児のように暴れ回りたい稚気を、敗北感に向き合うことで抑えていたのだ。
「こればかりは、僥倖だった、と認めねばいけませんわね……」
「今の状態ですら、損害は少なくありません。今日だけの戦果を見れば我が軍の負けです」
「あのままマイエルに驕傲を許していたら、明日からはずいぶん泥臭い戦いを覚悟せねばならなかったでしょうね」
「練度の高いリードホルム軍と、負傷した兵で正面から潰し合う、ですか」
「さらにマイエル軍には後続部隊があるはずよ。今日参戦したのは騎馬部隊だけですもの。その到着前に片を付けるため、多大な犠牲を伴う強引な攻撃を余儀なくされる。数の利はなおこちらに有りとは言え……」
「あまり、想像したくはありませんね」
「まったく」
窓際に立つベアトリスの菫青石の瞳が、月明かりを青白く映す。運に救われたという思いは、宝石のような彼女の自尊心をわずかに傷つけていたが、それでも覇気は衰えていない。
「今日のことで敵の士気は上がっています。おそらく明日は攻勢に出てくるはず」
「とはいえ、総体としての戦況は……」
「ええ、こちらの圧倒的優位よ。ラインフェルトでなくとも、高位の指揮官は皆その点には気付いているでしょう」
「それでもなお、攻勢に出てくると?」
「おそらく中心にいる者たちは、最後の攻勢と覚悟を決めているでしょうね」
ベアトリスはそう言いながら、ゆっくりとロードストレームに向き直った。しばしの間を置き、ロードストレームが静かにうなずく。
「……今夜はずいぶん冷え込むようです」
「ゆっくり体を休めておきなさい。風邪などひかぬようにね」
ベアトリスは微笑みをたたえてロードストレームを見つめていた。
その相貌は、戦場でリードホルム軍に向ける勝ち誇ったような笑みとは異なり、過ぎし日を懐かしむような穏やかさを帯びている。
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