山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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ジュニエスの戦い

82 終幕 3

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「これは失礼を。なにか事情があって付けていた仮面でしょうに」
 リースベットは舌打ちで答える。
 ロードストレームは攻撃をものともせず、微笑ほほえみさえたたえながら応じていた。
 リースベット自身がフリークルンドに言っていたように、ロードストレームとの間には埋めがたい実力差がある。ロードストレームは最初の手合わせの時点で、それを見抜いていたのだ。
 リースベットは距離を取り、左手で顔を隠しつつ身構えている。
「リース……!」
 ノアはリースベットの苦戦をの当たりにし、叫びかけて口ごもる。その名をここで口にすることはできない。
 フリークルンドがノアの声に振り返った。
「……アネモネ、もう十分だ!」
「まだだ! まだ退けない!」
 果敢にロードストレームに向かってゆくリースベットの背中に、ノアは景色が遠退くような強烈な現実感を覚えていた。それは逃れられない現実が突きつけてくる、絶望と後悔がもたらす精神作用だ。
 戦場には、危機など手に余るほど転がっている。ノアにとって、フリークルンドすらね退けるロードストレームは、その結晶とも言うべき存在だ。
 ――リースベットならそれらを避けて生還できると、自分は希望的側面だけを見て、この戦いに彼女を巻き込んだ。その過ちの代価には、何を差し出さなければいけないのだろう。
「傭兵の女、下がれ!」
 ロードストレームの攻撃を受け止めきれず弾き飛ばされたリースベットをかばうように、フリークルンドが叫んで前に出た。負傷しているとは思えない勢いで斧槍ハルバードを振るい、ロードストレームが飛び退すさる。
「ほう、これは意外な風の吹き回し」
「……言っただろう、まだ終わってはいないとな」

 リースベットの参戦を境に、ロードストレームたちの周囲が騒がしくなってきていた。その原因は天候だ。
 前日までとは比べ物にならない寒さと止む気配のない雪のため、ノルドグレーンの指揮官ベアトリス・ローセンダールからは、各部隊に退却命令が出されていた。
 ノルドグレーン軍は、ランバンデット湖畔こはんの拠点へ退却する行程に、通常の晴天時で二時間ほどを要する。このままさらに天候が崩れた場合、吹雪で視界もさだまらぬ極寒の山中で、それ以上の時間を過ごすことになる。疲労と負傷を抱えた者たちが遭難したとなれば、戦闘での勝利が無に帰するほどの死者さえ出しかねないのだ。
 そのためノルドグレーン軍は少しずつ後退しているが、リードホルム軍がその最後尾の殿軍でんぐんを追う。
 ノルドグレーン軍の後退が完了することは即ち、分散していた兵力がベアトリスの周辺に集結することも意味する。そうなってしまえば、リードホルム軍は掴みかけた僅かな勝機を完全に失ってしまうのだ。
 ジュニエス河谷かこくが雪に閉ざされれば冬の間は休戦となるが、春には更に兵力を増したノルドグレーン軍の再侵攻が待っている。ここを逃せば後がない、という焦燥しょうそう感から、リードホルム軍は執拗しつようにノルドグレーン軍に追いすがるのだった。
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