山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

文字の大きさ
234 / 247
楽園の涯

14 王太子の帰還 3

しおりを挟む
 和平記念式典は、時の黎明館ツー・グリーニンの西側に建つ別館で行われたが、そこでひとつの事件が起きた。
 会場となった迎賓げいひん室には、条文を正式に允可いんかするため、ヴィルヘルム三世も出席している。もっとも彼は日がな酒精にまどろんだままで、ノアにとってはノルドグレーンに身内の恥をさらすという側面もあったのだが、ノアには特にそれを気にした様子はなかった。
 式典はジュニエスの戦いの規模に比べればささやかななもので、式次しきじに従って粛々しゅくしゅくと進行していった。ノアが国王に代わって祝辞を代読し、二枚の合意文書をベアトリスが差し出す。その羊皮紙ようひしに、ヴィルヘルムが震える手で国璽こくじを押した。
 この国璽の押印という形式が、両国にとっては必要だったのだ。
 フォッシェル典礼省長官が国璽を受け取って下がり、参列者たちはしかつめらしい儀式からの開放を意識し始める。その様子を静かに見つめていたノアが、おもむろに口を開いた。
「……さて、無事調印も済んだところで、皆に会っていただきたい人物がいる」
 不意に切り出されたノアの言葉に、ベアトリスに随行ずいこうしてきていたノルドグレーンの役人の一部が色めき立った。
 聞きようによっては、その言葉には不穏な響きがある。無論ノアにはそんな意図も、迎賓室に招き入れるべき暴漢の準備もない。だが合図とともに入り口の扉が開き、二人の兵士を左右に従えた一人の老人が、ゆっくりと迎賓室に入ってきた。
 老人は左右の目尻に傷跡があり、その目はふさがったまま開かれない。ベアトリスはその老人の顔を見て、どことなくヴィルヘルムと似ているように感じた。
「あ……あなた様は……」
 入り口近くの席に座っていたサンテソン図書省長官が、驚きわなないて声を上げた。彼は迎賓室にいる者たちの中では、ヴィルヘルムを除くと最もリードホルムの宮廷に出入りしていた期間の長い、古参の役人だ。
 老人はノアの側で歩みを止めた。
「お元気でしたかな、兄上」
 老人が顔を上げ、ヴィルヘルムに呼びかける。その声を聞いたヴィルヘルムは、一瞬の間を置いてからびくんと勢いよく顔を上げ、しわに埋もれた眠っているような目をこれ以上ないほど見開いた。
「あ……あ……」
「最近、兄上は酒が過ぎるとおいから聞きましてな。心配でこうして……」
「エーギル……!」
「墓から出て参った」
 ヴィルヘルムが口にした名に、リードホルム側の列席者たちがざわめく。
 その名は二十年前、鹿狩りに出た際に流れ矢に当たってしたと思われていた、ヴィルヘルムの弟の名だ。そして王弟エーギルとは、長老という異称でリースベットたちと二年の時を過ごした老人その人だった。

 二十年前、ヴィルヘルムとエーギルの兄弟は、次期王座をめぐる権力闘争のただ中にあった。
 年齢から言えばヴィルヘルムに王位の優先権があるものの、宮廷内では、英明えいめいで品格に優れるエーギルを推す声のほうが優勢だった。
 形勢不利と見たヴィルヘルムは、功名心を持て余し弓術に優れた青年を、暗殺者として差し向ける。暗殺者の放った矢はエーギルの頭部を貫いたかに見えたが、奇跡的に左目を失っただけで死はまぬがれた。
 だが手段を選ばぬヴィルヘルムを恐れたエーギル支持の一派は、エーギルの身を案じ、彼は死亡したと偽の情報を流す。そして武力を掌握しょうあくするまでの間、彼を一時的に地下監獄かんごくの特別室にかくまったのだが、そこでヴィルヘルム派に先を越されてしまった。
 エーギル派の大半が粛清しゅくせいや追放のき目に遭い、エーギル自身はそのまま、ヘルストランドの地下監獄に幽閉ゆうへいされて過ごすことになったのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

騎士団長様、クビだけは勘弁してくださいっ!

楠ノ木雫
恋愛
 朝目が覚めたら、自分の隣に知らない男が寝ていた。  テレシアは、男爵令嬢でありつつも騎士団員の道を選び日々精進していた。 「お前との婚約は破棄だ」  ある日王城で開かれたガーデンパーティーの警備中婚約者に婚約破棄を言い出された。テレシアは承諾したが、それを目撃していた先輩方が見かねて城下町に連れていきお酒を奢った。そのせいでテレシアはべろんべろんに酔っ払い、次の日ベッドに一糸まとわぬ姿の自分と知らない男性が横たわっていた。朝の鍛錬の時間が迫っていたため眠っていた男性を放置して鍛錬場に向かったのだが、ちらりと見えた男性の服の一枚。それ、もしかして超エリート騎士団である近衛騎士団の制服では……!? ※3連休中は一日5話投稿。その後は毎日20時に一話投稿となります。 ※他の投稿サイトにも掲載しています。 ※この作品は短編を新たに作り直しました。設定などが変わっている部分があります。(旧題:無慈悲な悪魔の騎士団長に迫られて困ってます!〜下っ端騎士団員(男爵令嬢)クビの危機!〜)

黄金の魔族姫

風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」 「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」  とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!  ──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?  これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。  ──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!   ※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。 ※表紙は自作ではありません。

双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺
恋愛
同じ王子に仕える騎士に意図せず魔法をかけてしまい主の怒りを買った少女マリナは、魔力を奪われ異世界へ追放されてしまう。 追放された異世界の国<日本>で暮らしていたある日、バイト先へ向かう途中で見つけたのは自分が魔法で犬に姿を変えた元の世界の同僚で……!? 素直じゃない魔女と朴念仁騎士。一人と一匹の異世界生活が始まる。   全7章。   以前とある賞に応募した作品に追記・改稿を加えたものになります。   ※「小説を読もう」にも投稿しています。     2017.5.20完結しました!!   見てくださった方々のおかげです! ありがとうございました!

氷雨と猫と君〖完結〗

カシューナッツ
恋愛
彼とは長年付き合っていた。もうすぐ薬指に指輪をはめると思っていたけれど、久しぶりに呼び出された寒い日、思いもしないことを言われ、季節外れの寒波の中、帰途につく。

縁の下の能力持ち英雄譚

瀬戸星都
ファンタジー
何もわからないまま異世界に転移した主人公ヤマト(自称)は運良く能力持ちになる。腐敗したギルドのメンバーから一人の少女を助け、共に行動するうちにやがて自分の能力が世界を変える可能性があることを知る。様々な思惑や厄介事に巻きこまれながらも自分を貫いてく異世界ファンタジー英雄譚、第一部堂々完結!!

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...