237 / 247
楽園の涯
17 王太子の帰還 6
しおりを挟む
ベアトリスに随伴して式典に出席した役人のうち半数は、彼女の監視役をその上司たちから指示されてきている。ノルドグレーン大公や議会、さらにはローセンダール家の意向にもそぐわない行動を採ることが多いベアトリスを、警戒すべき人物と見る者は多いのだ。
勝ち得た武力や財力をベアトリス個人に帰属させがちな彼女の傾向も、政敵たちの危機意識に一層の拍車をかけていた。
「ノア様と違い、わたくしはノルドグレーンの全権代理とは程遠い立場。せいぜいが地方領主、と言ったところでしょうか」
「それでも、今のリードホルム一国よりも、貴女のほうが力はありそうなものだが」
「そのぶん敵も多うございます」
「そうだろうな」
「ふふ……」
言葉だけは弱音を吐いているベアトリスだが、その菫青石の瞳は意欲的な輝きに満ちている。
ベアトリスは長いスカートの裾を左手でまとめてしゃがみ、春風にゆらぐ池の水面に視線を落とした。
「……あの賓客は、もしやノア様がお招きになられたので?」
「お気付きになられたか。すこし粗陋が過ぎたかとは思うが……エーギル叔父の存命を、ノルドグレーンの方々にも知ってもらうついでにね」
「驚きましたわ。わたくしが物心付く前に亡くなった方だ、と聞いていましたので……」
「それは私もそうだ。つい最近までは」
「では、エーギル王太子はこれまで……」
「ここ二年ほどは、さる者たちに匿われていたらしい」
ジュニエスの戦い三日目の夜、リースベットがノアに会わせたいと言って、聞けず仕舞いに終わった人物――その言葉が気にかかったノアは、バックマンに心当たりを問う書簡を送った。
十日ほどで届いた返書に書かれていた名は、ノアに驚きの声を上げさせる。山賊団内では長老とだけ呼ばれていた老人が、ヴィルヘルム三世の弟、ノアの叔父エーギルだったというのだ。このことは、ノアの要請で調査するまでバックマンやアウロラも知らなかったし、知ろうともしていなかった。
リードホルムを去る――ジュニエスに参戦する――リースベットに長老が打ち明けなければ、王弟エーギルという存在は、今も死人のままであっただろう。
「父王はしばらくあの様子でね……王国の危機に際して責務を放棄した惰弱、王座を脅かす存在が現れれば、あるいは立ち直るかと思ったのだが……おそらく無益だったろう」
「いらぬ心労ですわ。ノア様がそのようなことをせずとも……」
自嘲気味に微笑むノアの顔を見上げ、ベアトリスはゆっくりと左手を差し出す。
「我らで新たな世界を作りましょう。その話をするため、無理に庭の案内などお頼みしたのですから」
差し出されたベアトリスの左手をすくい上げるように、ノアは自身の右手を添えた。
勝ち得た武力や財力をベアトリス個人に帰属させがちな彼女の傾向も、政敵たちの危機意識に一層の拍車をかけていた。
「ノア様と違い、わたくしはノルドグレーンの全権代理とは程遠い立場。せいぜいが地方領主、と言ったところでしょうか」
「それでも、今のリードホルム一国よりも、貴女のほうが力はありそうなものだが」
「そのぶん敵も多うございます」
「そうだろうな」
「ふふ……」
言葉だけは弱音を吐いているベアトリスだが、その菫青石の瞳は意欲的な輝きに満ちている。
ベアトリスは長いスカートの裾を左手でまとめてしゃがみ、春風にゆらぐ池の水面に視線を落とした。
「……あの賓客は、もしやノア様がお招きになられたので?」
「お気付きになられたか。すこし粗陋が過ぎたかとは思うが……エーギル叔父の存命を、ノルドグレーンの方々にも知ってもらうついでにね」
「驚きましたわ。わたくしが物心付く前に亡くなった方だ、と聞いていましたので……」
「それは私もそうだ。つい最近までは」
「では、エーギル王太子はこれまで……」
「ここ二年ほどは、さる者たちに匿われていたらしい」
ジュニエスの戦い三日目の夜、リースベットがノアに会わせたいと言って、聞けず仕舞いに終わった人物――その言葉が気にかかったノアは、バックマンに心当たりを問う書簡を送った。
十日ほどで届いた返書に書かれていた名は、ノアに驚きの声を上げさせる。山賊団内では長老とだけ呼ばれていた老人が、ヴィルヘルム三世の弟、ノアの叔父エーギルだったというのだ。このことは、ノアの要請で調査するまでバックマンやアウロラも知らなかったし、知ろうともしていなかった。
リードホルムを去る――ジュニエスに参戦する――リースベットに長老が打ち明けなければ、王弟エーギルという存在は、今も死人のままであっただろう。
「父王はしばらくあの様子でね……王国の危機に際して責務を放棄した惰弱、王座を脅かす存在が現れれば、あるいは立ち直るかと思ったのだが……おそらく無益だったろう」
「いらぬ心労ですわ。ノア様がそのようなことをせずとも……」
自嘲気味に微笑むノアの顔を見上げ、ベアトリスはゆっくりと左手を差し出す。
「我らで新たな世界を作りましょう。その話をするため、無理に庭の案内などお頼みしたのですから」
差し出されたベアトリスの左手をすくい上げるように、ノアは自身の右手を添えた。
0
あなたにおすすめの小説
妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
双子として生まれたエレナとエレン。
かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。
だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。
エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。
両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。
そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。
療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。
エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。
だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。
自分がニセモノだと知っている。
だから、この1年限りの恋をしよう。
そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。
※※※※※※※※※※※※※
異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。
現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦)
ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない
葉泪秋
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3)
「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー)
ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。
神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。
そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。
ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。
早く穏やかに暮らしたい。
俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。
【毎日18:00更新】
※表紙画像はAIを使用しています
救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」
魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。
――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。
「ここ……どこ?」
現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。
救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。
「ほら、食え」
「……いいの?」
焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。
行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。
旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。
「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」
「ウチの子は天才か!?」
ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。
これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。
※若干の百合風味を含みます。
【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました
東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。
王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。
だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。
行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。
冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。
無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――!
王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。
これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
『まて』をやめました【完結】
かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。
朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。
時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの?
超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌!
恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。
貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。
だから、もう縋って来ないでね。
本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます
※小説になろうさんにも、別名で載せています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる