山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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楽園の涯

16 王太子の帰還 5

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「ノア様、少しよろしいですか……?」
 ベアトリスが申し訳なさそうに、ノアに問いかける。
「何かな?」
「もしお手隙てすきでしたら……庭園の案内など、していただけないものかと……」
「……」

 口調こそ控えめだが不自然に強引なベアトリスの誘いで、ノアは彼女とともに、春の日差しが降り注ぐ時の黎明館ツー・グリーニンの庭園を散歩することになった。
 とはいえ、ノアは案内役を務められるほど、時の黎明館の庭園を知っているわけではない。だが依頼したベアトリスの方も、鮮やかな紫色に咲き誇るムスカリやスミレ、館を守るように配置された神々の彫像などといった装飾には、全く興味がないようだ。
 バラの花でも咲いていれば彼女はなにか評言ひょうげんしたかもしれないが、庭園のバラはようやく冬眠から目覚めたばかりで、つぼみはまだ開いていない。
 二人はしばらくのあいだ無言でそぞろ歩き、スイレンの葉が浮かぶ池の前までくると、ようやくベアトリスからノアに声をかけた。
「ノア様、最初に会った頃より、おせになられたのではなくて?」
「そうかな。まあ、目が回るほど忙しかったのは事実だ」
「それだけ、ですの……?」
「どういう意味かな」
 ――ランバンデット湖畔こはんの軍事拠点で会った頃より、この方から受ける印象が鋭いような、漂白されたようなものに変わっている――ベアトリスは式典の間ずっと、そう感じていた。
 ジュニエスの戦いでは最後まで激戦の中に身を置いていたノアは、おそらく終戦直後のほうが、疲弊ひへいし体もやつれていたはずだ。にもかかわらず、いままとっている雰囲気は外見とひどく食い違う。
 ――わたくしにかける言葉は、以前より柔らかなものになっている。それなのに、この凍てつくような感じはなんだろう。雪解けの季節だと言うのに、視線は氷のはった湖のよう、穏やかな言葉の裏にはつららのような鋭いとげが見え隠れしている。
 ベアトリスは周囲を見渡し、東に見える明かりの消えた別棟を指差した。
「あちらの建物は、どうなさったの?」
「かつては近衛兵が暮らしていたらしい。今は不要ゆえ閉鎖しているのだ」
「そうですの……」
 ベアトリスはさらに周囲を見渡すと、安堵あんどしたように軽くため息をついた。
「やはり、こうして開けた場所で話すほうが安心できますわね」
「なるほど、やはりあの中には……」
「ノルドグレーンにはまだまだ、わたくしをこころよく思わない者も数多あまたおりますので」
 ベアトリスに随伴ずいはんして式典に出席した役人のうち半数は、彼女の監視役をその上司たちから指示されてきている。
 ノルドグレーン大公や議会、さらにはローセンダール家の意向にもそぐわない行動を採ることが多いベアトリスを、警戒すべき人物と見る者は多いのだ。勝ち得た武力や財力をベアトリス個人に帰属させがちな彼女の傾向も、政敵たちの危機意識に一層の拍車をかけていた。
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