山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

文字の大きさ
236 / 247
楽園の涯

16 王太子の帰還 5

しおりを挟む
「ノア様、少しよろしいですか……?」
 ベアトリスが申し訳なさそうに、ノアに問いかける。
「何かな?」
「もしお手隙てすきでしたら……庭園の案内など、していただけないものかと……」
「……」

 口調こそ控えめだが不自然に強引なベアトリスの誘いで、ノアは彼女とともに、春の日差しが降り注ぐ時の黎明館ツー・グリーニンの庭園を散歩することになった。
 とはいえ、ノアは案内役を務められるほど、時の黎明館の庭園を知っているわけではない。だが依頼したベアトリスの方も、鮮やかな紫色に咲き誇るムスカリやスミレ、館を守るように配置された神々の彫像などといった装飾には、全く興味がないようだ。
 バラの花でも咲いていれば彼女はなにか評言ひょうげんしたかもしれないが、庭園のバラはようやく冬眠から目覚めたばかりで、つぼみはまだ開いていない。
 二人はしばらくのあいだ無言でそぞろ歩き、スイレンの葉が浮かぶ池の前までくると、ようやくベアトリスからノアに声をかけた。
「ノア様、最初に会った頃より、おせになられたのではなくて?」
「そうかな。まあ、目が回るほど忙しかったのは事実だ」
「それだけ、ですの……?」
「どういう意味かな」
 ――ランバンデット湖畔こはんの軍事拠点で会った頃より、この方から受ける印象が鋭いような、漂白されたようなものに変わっている――ベアトリスは式典の間ずっと、そう感じていた。
 ジュニエスの戦いでは最後まで激戦の中に身を置いていたノアは、おそらく終戦直後のほうが、疲弊ひへいし体もやつれていたはずだ。にもかかわらず、いままとっている雰囲気は外見とひどく食い違う。
 ――わたくしにかける言葉は、以前より柔らかなものになっている。それなのに、この凍てつくような感じはなんだろう。雪解けの季節だと言うのに、視線は氷のはった湖のよう、穏やかな言葉の裏にはつららのような鋭いとげが見え隠れしている。
 ベアトリスは周囲を見渡し、東に見える明かりの消えた別棟を指差した。
「あちらの建物は、どうなさったの?」
「かつては近衛兵が暮らしていたらしい。今は不要ゆえ閉鎖しているのだ」
「そうですの……」
 ベアトリスはさらに周囲を見渡すと、安堵あんどしたように軽くため息をついた。
「やはり、こうして開けた場所で話すほうが安心できますわね」
「なるほど、やはりあの中には……」
「ノルドグレーンにはまだまだ、わたくしをこころよく思わない者も数多あまたおりますので」
 ベアトリスに随伴ずいはんして式典に出席した役人のうち半数は、彼女の監視役をその上司たちから指示されてきている。
 ノルドグレーン大公や議会、さらにはローセンダール家の意向にもそぐわない行動を採ることが多いベアトリスを、警戒すべき人物と見る者は多いのだ。勝ち得た武力や財力をベアトリス個人に帰属させがちな彼女の傾向も、政敵たちの危機意識に一層の拍車をかけていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...