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楽園の涯
27 山賊王女 4
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まだ国と国、領土と領土とが線ではなく、統治者たちの曖昧な自己意識によって分かたれている時代、その境界はしばしば重複することがある。とくに新しい鉱山が発見された場合など、統治者たちはその自意識をとつぜん拡張し、鉱山の所有権をめぐって二国、あるいはそれ以上の国々が対立することも珍しくなかった。
ノルドグレーン公国北東部にある、交易都市グラディス――そのさらに北東に、豊富な埋蔵量が期待できる鉄鉱石の鉱山が発見された。その場所は、グラディスの町を事実上支配するローセンダール家と、カッセル王国がそれぞれに領有を主張することが確実な、危うい位置である。
スタインフィエレットと呼ばれるその鉱山は、資源確保に力を入れていたローセンダール家が開発に先鞭をつけていた。だが重要なのは、誰がはじめに手を付けたかではなく、誰が実効支配しているか、という点だ。
さっそく鉱山の入り口には、不穏な雰囲気をまとった複数の人影が迫っていた。彼らは、ベアトリス・ローセンダール以外の、鉄鉱石の独占を狙う何者かに差し向けられた、裏稼業の者たちだ。
夜でもぼんやりと明かりが揺らめく坑道内部を、手に手に物騒な得物を持った男たちが様子を伺う。その眼前に、一人の少女が立ちはだかった。門番と言うには威圧感の点でずいぶん力不足な、燃えるような赤毛の髪の小柄な少女だ。
「……てめえらだな、ローセンダールの飼い犬どもは」
「さあ、どうかしら」
「名乗る名前もねえか」
「まずそっちから名乗ったらどう? どこの誰か知ったら、私たぶん情が湧いて手加減するかもよ」
「……どこで覚えたか知らねえが、ずいぶん威勢のいい口の利き方だな。ええ? 嬢ちゃん」
「ここはひとつ、正しい言葉遣いを教えてやらねえとな」
「残念だぜ。おとなしく出ていくなら見逃すつもりだったのによ」
「俺らが笑ってるうちに、しおらしくなっとくべきだったな」
「……ああそう。やっぱり引き下がる気はないのね」
入り口を囲む数十人の男たちに、嘲笑混じりの下卑た笑いが広がる。
少女が一瞬ゆらめくように足を踏み出したかと思うと、男たちの笑いが収まった。少女がかき消えるように囲みを駆け抜けると、その後ろで男たちが次々に倒れ臥す。彼らは自発的に笑いを収めたのではなく、突風のような暴力によって止められたのだ。
少女の両手には、異国の装飾を施された、棒状の鉄製武器が握られている。
「一瞬で、十人だと……」
「何者だ……てめえ」
倒れた男たちの中でまだ意識が残っていた者が、土に汚れた顔を上げる。
「どうしてもそっちからは名乗らないのね」
少女は諦めたようにため息をつき、ゆっくりと、毅然と胸を張って振り向いた。
「私はアウロラ・シェルヴェン。二代目の山賊王女よ」
周囲の岩棚の上に、男たちを見下ろすように無数の灯明が上がった。
ヘルストランド城の一角に、住人はいないのに調度品が置かれ、掃除も行われている不思議な部屋がある。
そこはかつて、ノア王の妹リースベットの居室だった。ほんらいの住人は、城の奥庭の隅にひっそりと建てられた、小さな霊廟に眠っている。しかし部屋には、居住者がべつに存在した。たいていは日差しの当たる椅子の上かベッドの枕元いずれかで、部屋を独占する黒い老猫は、体を丸めて眠っていた。五年ほど前に行方不明となり、ふと気付くといつの間にか城に帰ってきていたその猫は、名をデミと呼ばれている。
そしてときどきは、部屋には来客の姿もあった。ノア王は、利害の相克する問題や犠牲を必要とする決断を下した後など、しばしばデミの眠る部屋を訪れ、礼拝でもするように、何かに耳を澄ますように、じっと考えごとをしていたという。
「必要な犠牲だった、と言うのは簡単だ。だがそうして切り捨てられた者たちの声を、リース、どうか私に伝えてくれ」
ノルドグレーン公国北東部にある、交易都市グラディス――そのさらに北東に、豊富な埋蔵量が期待できる鉄鉱石の鉱山が発見された。その場所は、グラディスの町を事実上支配するローセンダール家と、カッセル王国がそれぞれに領有を主張することが確実な、危うい位置である。
スタインフィエレットと呼ばれるその鉱山は、資源確保に力を入れていたローセンダール家が開発に先鞭をつけていた。だが重要なのは、誰がはじめに手を付けたかではなく、誰が実効支配しているか、という点だ。
さっそく鉱山の入り口には、不穏な雰囲気をまとった複数の人影が迫っていた。彼らは、ベアトリス・ローセンダール以外の、鉄鉱石の独占を狙う何者かに差し向けられた、裏稼業の者たちだ。
夜でもぼんやりと明かりが揺らめく坑道内部を、手に手に物騒な得物を持った男たちが様子を伺う。その眼前に、一人の少女が立ちはだかった。門番と言うには威圧感の点でずいぶん力不足な、燃えるような赤毛の髪の小柄な少女だ。
「……てめえらだな、ローセンダールの飼い犬どもは」
「さあ、どうかしら」
「名乗る名前もねえか」
「まずそっちから名乗ったらどう? どこの誰か知ったら、私たぶん情が湧いて手加減するかもよ」
「……どこで覚えたか知らねえが、ずいぶん威勢のいい口の利き方だな。ええ? 嬢ちゃん」
「ここはひとつ、正しい言葉遣いを教えてやらねえとな」
「残念だぜ。おとなしく出ていくなら見逃すつもりだったのによ」
「俺らが笑ってるうちに、しおらしくなっとくべきだったな」
「……ああそう。やっぱり引き下がる気はないのね」
入り口を囲む数十人の男たちに、嘲笑混じりの下卑た笑いが広がる。
少女が一瞬ゆらめくように足を踏み出したかと思うと、男たちの笑いが収まった。少女がかき消えるように囲みを駆け抜けると、その後ろで男たちが次々に倒れ臥す。彼らは自発的に笑いを収めたのではなく、突風のような暴力によって止められたのだ。
少女の両手には、異国の装飾を施された、棒状の鉄製武器が握られている。
「一瞬で、十人だと……」
「何者だ……てめえ」
倒れた男たちの中でまだ意識が残っていた者が、土に汚れた顔を上げる。
「どうしてもそっちからは名乗らないのね」
少女は諦めたようにため息をつき、ゆっくりと、毅然と胸を張って振り向いた。
「私はアウロラ・シェルヴェン。二代目の山賊王女よ」
周囲の岩棚の上に、男たちを見下ろすように無数の灯明が上がった。
ヘルストランド城の一角に、住人はいないのに調度品が置かれ、掃除も行われている不思議な部屋がある。
そこはかつて、ノア王の妹リースベットの居室だった。ほんらいの住人は、城の奥庭の隅にひっそりと建てられた、小さな霊廟に眠っている。しかし部屋には、居住者がべつに存在した。たいていは日差しの当たる椅子の上かベッドの枕元いずれかで、部屋を独占する黒い老猫は、体を丸めて眠っていた。五年ほど前に行方不明となり、ふと気付くといつの間にか城に帰ってきていたその猫は、名をデミと呼ばれている。
そしてときどきは、部屋には来客の姿もあった。ノア王は、利害の相克する問題や犠牲を必要とする決断を下した後など、しばしばデミの眠る部屋を訪れ、礼拝でもするように、何かに耳を澄ますように、じっと考えごとをしていたという。
「必要な犠牲だった、と言うのは簡単だ。だがそうして切り捨てられた者たちの声を、リース、どうか私に伝えてくれ」
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初めまして(^^)
まだ読み始めですが、丁寧な文章に引き込まれました(o^^o)
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