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29話
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「じゃ、行こうか」
「うん!」
ドキドキしている様子で尻尾をぶんぶん振り回す詩音の可愛らしさに頬を緩める。
千春もよしよしと頭を撫で回し、真ん丸なたぬき耳がぴょこぴょこと動いて喜びを露にした。
愛らしいその姿に癒されていると、大きな段ボールを抱えて現れた美農が。
「ほれ、これを持って行くのじゃ」
「ありがとう……野菜?」
「うむ。猫又屋敷は魚と肉しか食わぬからの。栄養のある野菜も食わせねばならぬのじゃ」
「分かった、ちゃんと渡して来るね」
面倒を見てもらうことになるからそのお礼も兼ねているであろうと察してそれを受け取り、千春と詩音を連れて屋敷を出て、猫又が用意してくれた迎えの車に乗り込む。
クラシックなデザインのセダン車ではあるが高級車なのは間違いなさそうで、乗り心地の良さとふんわり香るアロマでリラックスしてしまう。
「じゃあ、出しますね」
「うん、お願い」
運転席に座る風見の声に返事をすると、車が古風なエンジン音を響かせ、続けて砂利を踏みしめる音を鳴らす。
猫耳をピーンと立てながらマニュアル車を運転する風見の後姿を眺めながら、膝の上で大人しくぬいぐるみで遊ぶ詩音を撫でていると、千春が申し訳なさそうな顔をして。
「突然の頼みを聞いてくださってありがとうございます。ご迷惑をおかけしますが、今日はよろしくお願いします」
「お互い様です。こちらでも寂しがっていましたから」
そう言って笑った彼女に千春も笑う。
寂しがりな子猫ちゃんがこの先にいると思うとドキドキだ。詩音と仲良く遊ぶところを見られれば良いのだけれど、喧嘩などが始まってしまったらどうしようか、という不安もある。
上手くいくか不安になっていると猫又の持つ大きな屋敷が見え始めた。
大きな塀に囲まれた城のように迫力のある屋敷は、見るのは二度目でも感動させられる。
と、正門前に二人の猫耳幼女が立っているのが見えた。
一人は猫又だとすぐに分かり、もう一人の方も件の子猫であろうとすぐに察しが付き、そこを指差しながら。
「詩音ちゃん見える? あそこにいるのが猫又ちゃんと子猫ちゃんだよ」
「なかよくなれるかな……」
「大丈夫、すぐ仲良くなれるよ」
不安そうに呟く詩音をナデナデして落ち着かせている間に車は屋敷の前で止まり、二人の猫耳幼女がこちらに歩いて来る。
車から降りると猫又はいつになく優しい笑みを浮かべて詩音の頬を挟む。
「よく来た。待っておったぞ」
「あなたが子猫さん?」
「違う」
ちょっと恥ずかしそうにジト目を向けて否定した猫又は、彼女の背に隠れる猫耳幼女を隣へ来させて。
「此奴は小陽、童の屋敷に仕える猫の中で一番幼い」
「よ、よろしく……」
「し、詩音です。よろしく」
緊張しているようで体が小刻みに震えている小陽に、同じくらい緊張している様子の詩音も挨拶する。
二人して尻尾をぷるぷる震わせるその姿は見ていて噴き出してしまいそうになるほど可愛らしく、何とか我慢していると詩音が。
「い、良いけなみですね」
「ありがとうございます。しおんさんもふかふかですね」
その会話で我慢できなくなった私は背中を向けて噴き出した。
しかし、二人はそんなことに気付いていない様子で褒め合い、やがて尻尾の触り合いっこを始めた。
ふわふわの入り乱れる光景でニヤニヤが抑えられないのは千春と猫又も同じらしく、必死に抑えているせいでとても変な顔になっている。
「ま、まあ、中でゆっくりしよっか。あ、それとお野菜も持って来たからみんなで食べてね」
「か、感謝する」
少し声を震わせながら礼を言う彼女のせいで余計に笑ってしまいそうになりながらセダンのトランクを開けて、ずっしりと重たい段ボールを取り出す。
よく見れば蓋に達筆な文字で「栄養取れ」と書かれていて、その昔風な文字は母の実家にあった掛け軸を彷彿とさせる。
と、風見がひょいと私の手からそれを取り上げる。
「重たい物は私が持つから。夏月はあの二人を見て」
「う、うん」
声色は冷たい。
だけれど、後ろで揺れ動く尻尾は穏やかにくねくねしていて、別段怒っているわけでは無いのが伺える。
話し方がキツイだけで、中身は屋敷のたぬき達と似ているのかもしれない。
「ほれ、遊んでないで早く入れ」
「「はい」」
尻尾の触りっこをしていた二人は揃って返事をして、先を歩き始めた猫又の後に続く。
その後に私と千春、最後尾に風見が付く形で門をくぐると、これまた立派な庭園が広がっていた。
この辺では庭園が流行っているのだろうかと思いつつ、石畳の道を歩いて屋敷へお邪魔すると、小陽が詩音の手を引っ張って。
「私の部屋、行こ」
「うん」
いつの間にやらとても仲が良くなっていたらしく、二人はキャッキャと笑い合いながら屋敷の奥へ駆けて行った。
付いて行こうか迷っていると千春が私の手を引いて。
「大丈夫ですよ、あの子たちなら」
「そうかな……ちょっと心配」
「大丈夫だ。好きにさせれば良い」
そう言いながら寄って来た猫又を一先ず撫でて自分の中で湧き上がる不安を抑え込んでいると、入れ違いになる形で屋敷の奥から数人の猫娘が現れた。
風見がモデル体型だったため他の人たちもそうなのかと思っていたが、どうやらそう言うわけでもないらしく、背が低い子も普通にいて、耳と尻尾の模様が違うことから猫種の違いだと予想が付く。
「いらっしゃいませ、人間さん。ごゆっくりして行ってくださいね」
にこやかな笑みを浮かべた彼女は、後ろの三人と息ぴったりな一礼をして玄関の方へ歩いて行った。
服装がジャージな事から察するにお昼休憩が終わってこれからまた仕事なのだろう。頑張って欲しいものだ。
「ほれ、とっととこっち来い」
「うん」
猫又に通された先は焼き魚の香りがふんわりと漂う食堂で、美農の言葉が事実らしいことが伺える。
座布団に腰掛けると膝の上にちょこんと猫又が座り、撫でろと言わんばかりにクリっとした目で見て来る。
詩音に子猫と間違えられていたが、案外ハズレでは無かったらしい。
「うん!」
ドキドキしている様子で尻尾をぶんぶん振り回す詩音の可愛らしさに頬を緩める。
千春もよしよしと頭を撫で回し、真ん丸なたぬき耳がぴょこぴょこと動いて喜びを露にした。
愛らしいその姿に癒されていると、大きな段ボールを抱えて現れた美農が。
「ほれ、これを持って行くのじゃ」
「ありがとう……野菜?」
「うむ。猫又屋敷は魚と肉しか食わぬからの。栄養のある野菜も食わせねばならぬのじゃ」
「分かった、ちゃんと渡して来るね」
面倒を見てもらうことになるからそのお礼も兼ねているであろうと察してそれを受け取り、千春と詩音を連れて屋敷を出て、猫又が用意してくれた迎えの車に乗り込む。
クラシックなデザインのセダン車ではあるが高級車なのは間違いなさそうで、乗り心地の良さとふんわり香るアロマでリラックスしてしまう。
「じゃあ、出しますね」
「うん、お願い」
運転席に座る風見の声に返事をすると、車が古風なエンジン音を響かせ、続けて砂利を踏みしめる音を鳴らす。
猫耳をピーンと立てながらマニュアル車を運転する風見の後姿を眺めながら、膝の上で大人しくぬいぐるみで遊ぶ詩音を撫でていると、千春が申し訳なさそうな顔をして。
「突然の頼みを聞いてくださってありがとうございます。ご迷惑をおかけしますが、今日はよろしくお願いします」
「お互い様です。こちらでも寂しがっていましたから」
そう言って笑った彼女に千春も笑う。
寂しがりな子猫ちゃんがこの先にいると思うとドキドキだ。詩音と仲良く遊ぶところを見られれば良いのだけれど、喧嘩などが始まってしまったらどうしようか、という不安もある。
上手くいくか不安になっていると猫又の持つ大きな屋敷が見え始めた。
大きな塀に囲まれた城のように迫力のある屋敷は、見るのは二度目でも感動させられる。
と、正門前に二人の猫耳幼女が立っているのが見えた。
一人は猫又だとすぐに分かり、もう一人の方も件の子猫であろうとすぐに察しが付き、そこを指差しながら。
「詩音ちゃん見える? あそこにいるのが猫又ちゃんと子猫ちゃんだよ」
「なかよくなれるかな……」
「大丈夫、すぐ仲良くなれるよ」
不安そうに呟く詩音をナデナデして落ち着かせている間に車は屋敷の前で止まり、二人の猫耳幼女がこちらに歩いて来る。
車から降りると猫又はいつになく優しい笑みを浮かべて詩音の頬を挟む。
「よく来た。待っておったぞ」
「あなたが子猫さん?」
「違う」
ちょっと恥ずかしそうにジト目を向けて否定した猫又は、彼女の背に隠れる猫耳幼女を隣へ来させて。
「此奴は小陽、童の屋敷に仕える猫の中で一番幼い」
「よ、よろしく……」
「し、詩音です。よろしく」
緊張しているようで体が小刻みに震えている小陽に、同じくらい緊張している様子の詩音も挨拶する。
二人して尻尾をぷるぷる震わせるその姿は見ていて噴き出してしまいそうになるほど可愛らしく、何とか我慢していると詩音が。
「い、良いけなみですね」
「ありがとうございます。しおんさんもふかふかですね」
その会話で我慢できなくなった私は背中を向けて噴き出した。
しかし、二人はそんなことに気付いていない様子で褒め合い、やがて尻尾の触り合いっこを始めた。
ふわふわの入り乱れる光景でニヤニヤが抑えられないのは千春と猫又も同じらしく、必死に抑えているせいでとても変な顔になっている。
「ま、まあ、中でゆっくりしよっか。あ、それとお野菜も持って来たからみんなで食べてね」
「か、感謝する」
少し声を震わせながら礼を言う彼女のせいで余計に笑ってしまいそうになりながらセダンのトランクを開けて、ずっしりと重たい段ボールを取り出す。
よく見れば蓋に達筆な文字で「栄養取れ」と書かれていて、その昔風な文字は母の実家にあった掛け軸を彷彿とさせる。
と、風見がひょいと私の手からそれを取り上げる。
「重たい物は私が持つから。夏月はあの二人を見て」
「う、うん」
声色は冷たい。
だけれど、後ろで揺れ動く尻尾は穏やかにくねくねしていて、別段怒っているわけでは無いのが伺える。
話し方がキツイだけで、中身は屋敷のたぬき達と似ているのかもしれない。
「ほれ、遊んでないで早く入れ」
「「はい」」
尻尾の触りっこをしていた二人は揃って返事をして、先を歩き始めた猫又の後に続く。
その後に私と千春、最後尾に風見が付く形で門をくぐると、これまた立派な庭園が広がっていた。
この辺では庭園が流行っているのだろうかと思いつつ、石畳の道を歩いて屋敷へお邪魔すると、小陽が詩音の手を引っ張って。
「私の部屋、行こ」
「うん」
いつの間にやらとても仲が良くなっていたらしく、二人はキャッキャと笑い合いながら屋敷の奥へ駆けて行った。
付いて行こうか迷っていると千春が私の手を引いて。
「大丈夫ですよ、あの子たちなら」
「そうかな……ちょっと心配」
「大丈夫だ。好きにさせれば良い」
そう言いながら寄って来た猫又を一先ず撫でて自分の中で湧き上がる不安を抑え込んでいると、入れ違いになる形で屋敷の奥から数人の猫娘が現れた。
風見がモデル体型だったため他の人たちもそうなのかと思っていたが、どうやらそう言うわけでもないらしく、背が低い子も普通にいて、耳と尻尾の模様が違うことから猫種の違いだと予想が付く。
「いらっしゃいませ、人間さん。ごゆっくりして行ってくださいね」
にこやかな笑みを浮かべた彼女は、後ろの三人と息ぴったりな一礼をして玄関の方へ歩いて行った。
服装がジャージな事から察するにお昼休憩が終わってこれからまた仕事なのだろう。頑張って欲しいものだ。
「ほれ、とっととこっち来い」
「うん」
猫又に通された先は焼き魚の香りがふんわりと漂う食堂で、美農の言葉が事実らしいことが伺える。
座布団に腰掛けると膝の上にちょこんと猫又が座り、撫でろと言わんばかりにクリっとした目で見て来る。
詩音に子猫と間違えられていたが、案外ハズレでは無かったらしい。
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