さらばブラック企業、よろしくあやかし企業

星野真弓

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1話 過労からの入院

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 深川桂里奈が広告代理店大手である株式会社大村に入社したのは三年前のこと。
 憧れていたとかでは無く、安定した給料といきなり倒産しないような会社ならどこでも良いやなんて、そんな浅い考えで就職し、採用が決まった時に大喜びしたのは記憶に新しい。
 だが、この会社に勤めるようになって、もっと会社について調べるべきだったと後悔したのはすぐのことだった。

「……まだ終わんない」

 思わず呟いた私の目線の先にあるのは山のように積まれた書類。
 本当ならその内の半分は私の上司である鳩山海斗がやるはずなのだが、彼が面倒だからと経験の浅い部下に投げた結果、案の定出来る筈が無く私が泣く泣くやる羽目になったのだ。
 時計を見れば既に夜中の一時で、窓の外は真っ暗で何も見えない。

 仕事に集中出来なくなって来た私は一度立ち上がり、エレベータ近くに置かれている自販機の方へ向かう。
 その自販機はの半分以上がエナジードリンクとコーヒーで埋め尽くされ、残業させるためだけに存在しているようにさえ思う。
 残業しているんだからタダで飲ませて欲しいなんて考えながら硬貨を入れ、二つのエナジードリンクを買った私は自席へ向かう。

「おっと……」

 最近増えて来た足の痺れで倒れそうになった私は壁に手を付いて体が落ち着くのを待つ。
 しかし、いつもならそれで収まるはずの痺れが収まらず、私は仕方なく壁に手を付いたまま進もうとすると――

「……あれ?」

 気付けば真っ白な天井が見え、起き上がろうとすると腕に何かが繋がっている事に気付いた。
 ――点滴である。

「は?」

 慌てて周囲を見回すと清潔感のある白いカーテンで周りが覆われ、いつの間にか横になっていたベッドの横には脈拍の表示されたモニターが置かれている。
 どうなっているのか分からず困惑しているとカーテンが開かれ、看護師の服装をした女性が入って来た。
 私は困惑する頭の中をとりあえず落ち着かせて。

「あ、あの、私何で病院に?」

「一昨日、社内で人が倒れていると通報が入り、こちらまで緊急搬送されました」

「えっ」

 その一言に私は言葉を失った。 
 
「理由はお察しかと思われますが、過労によるものと推測されています」

「過労、ですか」

 確かにここ一ヶ月間、一切の休暇も無いまま働き続けていた。
 しかし、それなら今まで何度もあったし、倒れる程の疲れなんて無かったと思うのだが、一体どうなっているのだろう?
 まだ霞の掛かったような頭の中で考えてみるが分かるはずが無く、私は考えるのを辞める。
 すると看護師は同情するように私の手を握って。

「詳しいことは分かりませんが、入院中は仕事のことを忘れて、ゆっくりと体を休めてあげて下さい」

「は、はい」
 
 私が返事をすると看護師はにこりと笑い、点滴の交換をして去って行った。
 一人になった私は今を潰そうとモニターの横の机に置かれている鞄からスマホを取り出すと、鳩山から早く連絡を寄越せというメッセージが山のように届いていた。
 内心ドン引きしながら私は通知を切って、蛇の育成ゲームを始める。

 すると病室の扉が開く音が聞こえ、足音がこちらへと近付いて来る事に気付いた。
 嫌な予感がしながらスマホを布団の中に入れた私がカーテンの方へ目を向けると同時、シャッという音と共に開かれ。

「やっと起きたのか、寝坊助がよ」

 イラついた口調でそんな事を言い放ったのは、予感の通り鳩山海斗であった。
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