さらばブラック企業、よろしくあやかし企業

55話

　すっかり暗くなった住宅街に静かなエンジン音が鳴り響く。
　私の横では警察の事情聴取に付き合った疲労で眠りこけるミワが居て、その姿を見ているとこちらまで眠くなってくる。
　しかし、私まで寝てしまえば運転手である天狗木さんに迷惑を掛けてしまう。今は死ぬ気で耐えよう。

「今日はお疲れ様でした。まさか、警察が来る事態になるとは予想もしていませんでしたよ」

「私もです。クズだけど賢いと思ってただけに驚きました」

　何と言ったって同じところで働くことになった時の事を考えて、私の家を前以て特定する手際の良さを発揮していた男だ。
　そんな人間が予想外のことが起きたからと言って、車を盗んでまで逃げるとは流石に予想外だった。

「お、話している間に着きましたね」

　天狗木さんがそう言うと車は停まり、窓の外に目をやれば見慣れたアパートの姿があった。
　どうやら疲れからボケっとしている間に着いてしまったらしい。
　眠気を覚ますべく腿をつねり、鋭い痛みで瞼をこじ開けた私はすやすやと眠るミワのシートベルトを外し、抱っこして車を降りる。
　
「お疲れ様でした。今日はごゆっくりお休みください」

「ありがとうございました」

　洗練された一礼をした天狗木さんに私も頭を下げて礼を言い、少し重たく感じる体で玄関に近付く。
　するとカギを取り出すよりも早く扉が中から開けられ、心配したような目を向ける波留と水樹の姿が露わとなった。

「警察来たって聞いたけど怪我とか無かった？　大丈夫？」

「うん、平気。私もミワも怪我とかしてないから」

　何なら怪我したのは鳩山の方だろう。

「そっか。ミワに何かあったらどうしようかと思っちゃった」

「私は？」

「一日も掛けないで直るから大丈夫でしょ」

「はっ倒すぞ」

　まさか自分の姉をここまで心配していないとは酷い妹だ。今日はベッドを独り占めしてやろう。
　そんな事を心に誓いながら波留と部屋へ入ると、途端に肉の美味しそうな匂いが漂い、さっきまでの眠気が全て食欲に変わる。
　それはミワも同じだった様子で、私の腕の中で目をぱっちりと開け、期待に満ち満ちた目を私へ向けて来ている。

「さっきまで寝てたよね」

「こんな良い匂いを嗅いで寝ていられると思うのか」

　言われてみれば無理かもしれない。
　と、奥から顔を覗かせた水樹が半笑いを浮かべて。

「お前ら、親子みたいだな」

「でしょ」
「違うわ！」

　同時に正反対のことを言った私たちを水樹は再び笑い、「やっぱり親子じゃん」と呟いて戻って行った。
　ミワは恨みがましい目を向けて来るがよしよしと撫でてやれば何とも言えないような表情を浮かべ、ぷいと顔を逸らす。
　
　しかし、水樹の振舞ったステーキを前にミワは無力だったらしく、さっきまでの不機嫌そうだったそれはどこかへ吹き飛び、にんまりと幸せそうな笑顔を浮かべた。