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72話 蛇なのか寅なのか

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 突如口を開いた蛇の像をよく見れば、さっきまで八方を見ていたはずの頭が全てこちらを凝視している。
 完全にただの像だと思って油断していたが、まさか生きていたとは驚きである。
 チラと猫田さんに目を向けると顔は青ざめているが、逃げ腰になる所か庇うかのように私の前へ立つ。

「怯えるな猫又。俺らは取って食ったりしねえからよ」

 さっき口を開いたのとは別の頭が口を開き、その口調の違いから頭一つ一つに別々の意識があるのだと察する。
 触れてみたい気持ちが湧き上がって近付いてみると、一番右側の頭が笑うように口を開いて。

「ふふ、私たちを怖がらないなんて流石は孫だねぇ」

 中世的な声を出した頭は、私が何をしようとしているのか察しているらしく、頭をこちらへ伸ばして見せる。
 恐る恐るもちもちしていそうな頬に触れてみると、予想とは少し違ったぷにぷにな触り心地が指に伝わる。
 家の周りに時々やって来る普通の蛇とは全く違う触り心地で、感動から手の動きが止まらない。
 
「何でどいつもこいつも俺たちを撫でるんだよ。平伏すのが普通じゃねえのか?」

「孫に撫でられるも悪くないだろう? 君も結衣に撫でられて喜んでたじゃないか」

「黙っとけ!」

 私に撫でられながら揶揄い口調で話した頭に、隣の頭が恥ずかしそうに叫んだ。
 その微笑ましい光景を見て癒されていると、結衣もニマニマ笑いながら。

「私たちのお爺ちゃんなわけだけど、可愛いでしょ?」

「うん、すごく可愛い」

 ミワとはまた違った可愛らしさがあって、隣でプンスカと怒る頭にも手を伸ばす。
 同じようで少し違うぷにっとした感触が心地良く、そして下顎の柔らかい触り心地は癖になる。

「や、やめろ! 俺は愛玩生物じゃねえんだぞ!」

「そんなこと言いながら尻尾振っちゃって可愛いね」

「取って食うぞ!」

 結衣にまで揶揄われて怒鳴る彼だが、後ろに生えている八本のうち、私の撫でている頭の位置の尻尾だけ嬉しそうに揺れている。
 それを見ていた右から四番目の最初に口を開いた頭がガハハと楽しそうに笑って。

「寅吉がはしゃいでいるのは見ていて楽しいものだな」

「この子は寅吉って名前なんですか?」

「この子と呼ぶな! 俺はお前の先祖様だぞ!」

 そうは言われても可愛いのだから仕方ないだろう。撫でると尻尾振って喜ぶし。
 と、私の後ろから恐る恐るといった様子で近付いて来た猫田さんは、少し震えている声で尋ねる。

「あの……あなた方は何というあやかしなんですか?」

「我らは八岐大蛇やまたのおろち。ここ周辺を収めていた水神である」

 右から七番目の頭がドヤ顔で答えると、結衣が可愛がるようにその頭の事も撫でる。

「この子が言った通り、元々は水神としてこの地を守ってた蛇ちゃんなんです。でも、紆余曲折あってこんな可愛らしい姿にされてしまったのです」

「何があったのか聞かせて貰っても良いですか?」

「撫でるのを止めてから聞け」

 寅吉が蛇なのにガルルと唸り、蛇なのか虎なのか分からないその様子に思わず笑う。
 すると結衣は八岐大蛇と名乗った彼らを私に預け、部屋の奥に飾られているミニチュアの方へ歩いて行く。
 何をするのだろうとドキドキしていると、結衣は棚の後ろへ回り込み、カチッと音を立てた。
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