婚約者の幼馴染に圧勝するまでの軌跡

きんもくせい

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利害の一致

「奇遇ですね。私も、我が領民の豊かな暮らしと、私の公務を邪魔しない、体のいい虫除けが欲しかったところですの」

再び、その場の人間全員の時が止まった。
フラヴィアの思いがけない強気な返答に、眦を釣り上げていたベネディクトはぽか…んと目を瞬かせ、いっそ幼さを感じさせる顔で彼女を見つめる。しばらくの静寂が訪れた後、ベネディクトは何かを言おうとして開口した。

「そ……」
「フラヴィア!!」

しかしそれよりも、パウロディカ伯爵が悲鳴のように娘の名を呼び、「滅多な事を言うんじゃない!!」と青ざめて咽喉を震わせることの方が早く、ベネディクトの言葉の続きは掻き消された。内心スカッとしていた母親の「まあまあ、落ち着いてくださいご当主様」と旦那を嗜める声が重なり、コーネリアス辺境伯の「こちらが先に失礼を…」と弁明する声が重なり……、大人たちが貴族らしからぬ取り乱し様で声を上げる姿は、フラヴィアにとっても新鮮なもので、原因が自分だと理解しているのかいないのか、興味深そうに静観している。

両家の当主がお互いに青ざめ、お互いに謝り倒す、終わりの見えない状況のなか、その混乱を打ち破ったのは元凶の一人でもあるベネディクトであった。

「父上」

静かな声で呼ばれ、血色のない顔のまま振り返ったコーネリアス辺境伯は、しかし息子の顔がいつになく神妙なのを目にし、意外そうに眉を上げた。

「……少し、パウロディカ伯爵令嬢と話がしたい。席を外してくれませんか」

二人きりにしてくれ、というベネディクトの頼みに、多少ごちゃつきはしたものの、コーネリアス辺境伯は「いいか。くれぐれ失礼のないように」と釘を刺し、パウロディカ伯爵も「お前はたまに負けん気が強すぎる時がある。滅多な事は口にするな」とフラヴィアを嗜め、そうしてやっと、婚約者同士、初めてゆっくりと向き合ったのである。

「……先ほどは失礼な事を口にしてしまい申し訳ありません」

沈黙を打ち破ったのはフラヴィアである。早く帰りたいなあと心の裏で思いながら、それを微塵も感じさせない鉄壁の微笑みで、ベネディクトに軽い謝罪をした。

「……いや、私も初対面の女性に取るべき言動ではなかった。非礼を詫びよう」

お互い内心はどうであれ、一応謝罪を交わした二人は、早速本題に移った。

「話というのは、君がもし本当に体のいい虫除けを期待しているなら、という条件付きではあるが、この婚約を打ち切りにはしないでほしいと言うことだ」

「……理由を聞いても?」

「君と同じく、私ももう釣書と花束には辟易している。もし先ほどの言葉が真実ならば、私とは形だけの婚約者となり、お互いの安寧を守っていこう。契約書ヴァヴを作らせてもいい。君ほどの令嬢であれば、周りの女も流石に諦めがつくだろう。ただし、もし万が一、私の剣技と公務を邪魔することがあれば、この契約も打ち切りだ。どうだ?悪い話では無いはずだ」

ベネディクトの話を静かに聞いていたフラヴィアは、少しの間考えると控えめに肯首し、「私からも一つ頼みがあるのですが、」と話を続けた。

「なんだ」

「コーネリアスの書庫に足を踏み入れても?」

「………ああ、そういうことか。君は読書家で有名だったな……それくらいなら構わない」

「ありがとうございます。それと、どれほどの頻度で顔を合わせるのが普通なのですか?なんせ今まで婚約者などおりませんから、怪しまれないラインが分かりませんの」

「ああ。それはも分かりかねるが……二週間に一度はどうだ?少ないのか?」

「公務もありますから、それくらいが良いと私も思っておりました。今回のコーネリアス様のお話は、私にとって願っても見ないことですわ。謹んでお受け致します」

「ありがとう。これから、よろしく頼む」

和やかに、しかし秘密裏に契約を交わした二人は、こうして正真正銘婚約者となった。

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