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第4話・学園
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時は流れ、グレースが外の世界を歩く年頃になると、伯爵家の日常には季節のうつろいとともに、見えない緊張の気配が絶えず寄り添うようになっていた。
彼女が通う「学園」は、この国でももっとも格式の高い名門教育機関のひとつだ。首都郊外のなだらかな丘に建つ校舎は、白い大理石と重厚な赤煉瓦の回廊が複雑に連なり、手入れの行き届いた庭園は季節ごとにバラや藤、蔦が咲き誇る。教室に集まるのは、名家の子女、才気ある商家の跡継ぎ、選ばれし平民たち。だが、いかに「平等」という理想を掲げていても、血筋、伝承、家格――目に見えぬ壁は校舎のあらゆる隅々に静かに染み込んでいる。
なかでも魔法師養成科は、格式と競争が入り交じる特別な場だった。魔法の歴史や礼法、学問に実技、名誉と噂と美貌への執着。そのすべてを巡る静かな力学が、教師の声、廊下の靴音、生徒たちの囁きのなかで日々脈動している。
グレース・ナイヴァバーンもまた、伯爵家の娘としてこの科に籍を置いていた。
しかし、彼女に向けられるものは好奇や憧れではなかった。焼け爛れた頬。「呪いの子」の伝承。どんなに前髪で隠しても、その下からのぞく赤黒い皮膚は隠しようがない。廊下でグレースとすれ違えば、誰もがわずかに歩調を緩め、友人同士の会話も彼女が通ると一瞬途切れる。
昼休み――校舎の窓辺、グレースの席だけがいつも宙に浮いているようだった。静かにノートを広げる彼女の周囲で、机の陰からこそこそと声がささやかれる。
「うわ、今日もひどいな……」「前髪の奥、何度見ても赤黒い!」「ああいう呪いって、うつったりしないの?」「隣の席とか、気味悪くない?」
生徒は皆、露骨なまでに距離を取る。誰もが眉をひそめたり、気を遣う素振りさえしない。ただグレースがそこにいるだけで、まるで空気すら遠巻きに彼女を避けるのだった。
教室の扉が開くと、空気が一層粘度を増して揺れる。明るい茶髪を揺らしながら入ってくるのは、アマンダ・ミューテッド。子犬のように愛らしい大きな瞳と小さな口、真っ白で傷ひとつない肌。今日もその愛らしさは、溌剌と周囲に振りまかれている。
彼女と連れ立って現れるリアム・ロイペストもまた、生徒たちの注目も好奇も一身に集めて歩く。豊かな黄金の髪と碧眼は「王子様」のようだと、女生徒に人気らしい。
まさしく、お似合いの二人だ。
「グレース、今日の魔法演習、どうせひとりでしょ?アマンダが組んでくれるんだってさ」
リアムがわざとらしく肩をすくめ、隣からアマンダが笑顔で声をかける。「ねえ。困るでしょ、グレース?」
その声音はにこやかで親しげだけれど、小馬鹿にした響きがふと滲む。教室の奥から忍び笑いが漏れ、誰もその場から抜け出そうとはしなかった。グレースは長い前髪をわずかに揺らし、「……わかりました」とだけ短く返事をする。
アマンダとリアムが、互いに一瞬だけ目を合わせる。その奥には優越感と、獲物を見下ろすような薄い影があった。窓の外では、春の陽射しが明るく揺れているのに、グレースのまわりだけが冷え冷えと静まり返っていた。
彼女の指先は、そっとノートのしおりにしているサンカヨウの押し花に触れる。ロイドが庭で摘んでくれた、唯一のやさしさ。それは誰にも見せないまま、ただ一人の心のなぐさめとなっていた。
彼女が通う「学園」は、この国でももっとも格式の高い名門教育機関のひとつだ。首都郊外のなだらかな丘に建つ校舎は、白い大理石と重厚な赤煉瓦の回廊が複雑に連なり、手入れの行き届いた庭園は季節ごとにバラや藤、蔦が咲き誇る。教室に集まるのは、名家の子女、才気ある商家の跡継ぎ、選ばれし平民たち。だが、いかに「平等」という理想を掲げていても、血筋、伝承、家格――目に見えぬ壁は校舎のあらゆる隅々に静かに染み込んでいる。
なかでも魔法師養成科は、格式と競争が入り交じる特別な場だった。魔法の歴史や礼法、学問に実技、名誉と噂と美貌への執着。そのすべてを巡る静かな力学が、教師の声、廊下の靴音、生徒たちの囁きのなかで日々脈動している。
グレース・ナイヴァバーンもまた、伯爵家の娘としてこの科に籍を置いていた。
しかし、彼女に向けられるものは好奇や憧れではなかった。焼け爛れた頬。「呪いの子」の伝承。どんなに前髪で隠しても、その下からのぞく赤黒い皮膚は隠しようがない。廊下でグレースとすれ違えば、誰もがわずかに歩調を緩め、友人同士の会話も彼女が通ると一瞬途切れる。
昼休み――校舎の窓辺、グレースの席だけがいつも宙に浮いているようだった。静かにノートを広げる彼女の周囲で、机の陰からこそこそと声がささやかれる。
「うわ、今日もひどいな……」「前髪の奥、何度見ても赤黒い!」「ああいう呪いって、うつったりしないの?」「隣の席とか、気味悪くない?」
生徒は皆、露骨なまでに距離を取る。誰もが眉をひそめたり、気を遣う素振りさえしない。ただグレースがそこにいるだけで、まるで空気すら遠巻きに彼女を避けるのだった。
教室の扉が開くと、空気が一層粘度を増して揺れる。明るい茶髪を揺らしながら入ってくるのは、アマンダ・ミューテッド。子犬のように愛らしい大きな瞳と小さな口、真っ白で傷ひとつない肌。今日もその愛らしさは、溌剌と周囲に振りまかれている。
彼女と連れ立って現れるリアム・ロイペストもまた、生徒たちの注目も好奇も一身に集めて歩く。豊かな黄金の髪と碧眼は「王子様」のようだと、女生徒に人気らしい。
まさしく、お似合いの二人だ。
「グレース、今日の魔法演習、どうせひとりでしょ?アマンダが組んでくれるんだってさ」
リアムがわざとらしく肩をすくめ、隣からアマンダが笑顔で声をかける。「ねえ。困るでしょ、グレース?」
その声音はにこやかで親しげだけれど、小馬鹿にした響きがふと滲む。教室の奥から忍び笑いが漏れ、誰もその場から抜け出そうとはしなかった。グレースは長い前髪をわずかに揺らし、「……わかりました」とだけ短く返事をする。
アマンダとリアムが、互いに一瞬だけ目を合わせる。その奥には優越感と、獲物を見下ろすような薄い影があった。窓の外では、春の陽射しが明るく揺れているのに、グレースのまわりだけが冷え冷えと静まり返っていた。
彼女の指先は、そっとノートのしおりにしているサンカヨウの押し花に触れる。ロイドが庭で摘んでくれた、唯一のやさしさ。それは誰にも見せないまま、ただ一人の心のなぐさめとなっていた。
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