アホと魔女と変態と (異世界ニャンだフルlife)

影虎

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一章 出会いの季節

出会いの季節 1

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 あれからどれ程の時間が過ぎたか、人間でなく なった僕には分からない。
 だって周りが……。

「キシャ―――!!」
 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!
 今僕は、全長五メートルは優に越える巨大なアナコンダに追いたてられていた。
 アナコンダの猛攻を必死にかわし、右へ左へと駆けていく。
 しかし向こうも折角見つけた大切な食料だ。簡単には逃してくれない。
 立ち並ぶ木々の間を必死に駆け回り、やっとの思いで高くて幹の太い樹木を見つけた僕は、ガリガリと樹皮に爪を立てて素早く登っていく。
「シャ―――!!」
 高い場所から必死の威嚇。
 これで敵が諦めてくれたことなど一度もないけど、やらないよりマシだ。心情的に。
「ウウウゥゥゥ」
 背中の毛を逆立て、持ちうる限りの威勢でアナコンダに唸ってみるが、効いている気が全くしない。
 それどころかアナコンダのやつは木の上で立ち往生している僕を睨み付け、木の周りをその太い胴回りで巻き付き始めた。
―――ミシッ! メキメキメキメキ!
 何か聞こえちゃいけない音がする。
 よく見ればアナコンダの巻き付く力が太い幹を少しずつ、万力に挟んだ胡桃のように粉砕していっている。
 チョットチョットチョットチョット!?
 ファンタジーの世界、エゲツナイよ! 僕猫だよ!!
 アナコンダの力に耐えきれなくなった樹木が、グラグラと揺れ始めた。
「ミッ!!」
 僕は必死に幹に爪を立て、振り落とされないように堪えた。その時、揺れる木の音に気付いた森の強者の一体がアナコンダの後ろに現れた。
「グワォォォォォ―――!!」
 耳を伏せて僕はその光景に目をやった。
 アーマロイドベアーがアナコンダの無防備になった胴体に、腕力にモノを言わせた一撃を放っていた。
 今しかない!!
 僕は下がれる所までゆっくりバックすると、一気に駆け出した。
 その途端、怒り狂ったアナコンダの胴体が樹木をへし折り、音を立てて倒れていった。
―――アイ・キャン・フラァァァァァイ!!
「ミ―――!!」
 景色がゆっくりと流れていく。
 眼下は正に地獄絵図だ。
 アーマロイドベアーに血みどろになったアナコンダが力強く巻き付き噛みついている。負けじとアーマロイドベアーもアナコンダの胴体に爪と牙を突き立てる。二体の狂暴な獣による命懸けの戦いは、周りの木々を巻き込みながら元の地形を消していく。
 ヒシッと僕は隣の樹木にしがみつくと、バリバリと高い所にある幹へと登り、すぐさま隣の樹木へと飛んでいく。

 ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……。

 孤独は嫌だとか言ってゴメンナサイ! 誰かに必要とされたいとか言ってゴメンナサイ! 心が苛まれるとか惰弱な態度でゴメンナサイ!
 この世界じゃ、孤独になりたくても匂いで追ってくるヤツがいる。必要として欲しくないのに食料として必要としてくるヤツがいる。極限のサバイバルで、心が軋むとか言ってたら死ぬ!!
―――惰弱な自分で、ゴメンナサァァァァァァァァァァイ!!
「ミィィィィ―――!!」

 ミィィィィ―――

 ミィィ―――

 ミィィ


―――☆―――☆―――

 ナトゥビアは四つの大陸に別れている。
 北はブルノビア大陸。
 メルト大海を挟み中央はコントーラ大陸。
 そのコントーラ大陸の東側には、河とは名ばかりの最大河幅三キロ、最短でも一・二キロあるナトゥビア最大の気水河ノングリーが、サビオル大陸との間に流れている。
 そしてサビオル大陸の南西にひっそりと佇む活火山大陸インラドゥーがある。

 このインラドゥーには、太古の昔より移り住んだ原住民ダッサイ族が居を構えていた。彼らは活火山バクシーを神の住む山と崇め、狩猟と漁業を糧に暮らしてきた。
 ある時、ダッサイ族の内で火山の麓に住むパチ村の前で、赤子を連れた一人の女が行き倒れていた。
 助けを求めて掠れた声を上げる女に、普段は温厚で情に厚いパチ村の者たちであったが、この時ばかりは何故か皆遠巻きに見つめるだけで近づく者はいなかった。
 行き倒れの女だけならまだしも、赤子を見殺しにするなど常人の神経ではないと皆が分かっていたが、皆の心に等しく『あれは近付いてはいけない』という思いが渦巻いていた。

 いつの間にか空には死肉の匂いを嗅ぎ付けた葬送鳥共が、彼らの頭上を旋回していた。

 虚ろな瞳で村人たちを見つめ、虚空をさ迷った女の手がポトリと落ちた。
 誰も言葉を発さなかった。
 隣り合った人の瞳を互いに見つめ合っていると、葬送鳥が一羽、また一羽と降り立ち始めた。
 死肉を貪る葬送鳥を尻目に、村人たちはそそくさとその場を後にした。
 今あったことを忘れるかのように、村人たちは無言で家路に着いた。

 その日の夜のこと。
 昼間に行った自分たちの虫酸が走る行為を忘れるためであろうか、村の集会所では男衆が集まり粛々と酒盛りをしていた。
 誰かが集まれと言ったわけでもない。
 それにも関わらず、彼らの足はそこへ向かった。
 誰も黙して語ろうとはせず、ただ雑然と酒を煽る。
 やがて夜が深まり夜行性の生物たちが動き始めた頃、一人の青年がある事実に気付いてしまい、杯を落としてしまった。
「……大丈夫か?」
 隣に座った同年代の青年が、気遣わしげに彼の肩に手をかけた。
「……風邪か?」
 見れば彼の顔は青ざめ、身体がぶるぶると震えていた。
「……聞こえたか?」
 何のことだろう。
 近くに来た村の者たちは、彼の言葉を訝しんだ。
 昼間のことと、病に冒されたことで頭がおかしくなったんじゃないかと、皆が思った。
「家に帰って、ゆっくり休もう」
 最初に彼に声をかけた青年が、彼の腕を取って連れて行こうとするが「誰か聞いたかって聞いてるんだよ!」と叫んで、とりあおうとしなかった。
「何のことだよ!?」
 腕を振り払われてカッとなった青年は、胸ぐらを掴んで睨み付けた。
「……赤ん坊の、鳴き声だよ」
 その言葉に胸ぐらを掴んでいた青年は、目線を背けて思い出そうとした。
 胸ぐらを掴んでいた手に力が入らなくなる。
 しわくちゃになった服が、彼の手から零れ落ちた。
 周りを見渡す。
 顔を横にふる者。青くなって俯く者。目線を合わせようとせずただ震える者。みな其々の反応で否定を表していた。
「き、気のせい、じゃねぇか? なぁ……」
 よく考えればあの状況は異常だった。
 皆何かの魔法にかかったかのように、あの空気に飲み込まれていた。
 そんな心理で誰が赤子の声を気にかけるだろうか。
「じゃあ、何で皆、赤ん坊がいるって分かったんだ……」
 心臓が何かに鷲掴みにされたような気分だった。
 背中を汗がダラダラと伝っていく。
「……」
 ガタンと音を立てて青年は、椅子に倒れ込むように座った。
 そうなのだ。
 あの時誰も、赤子の声も聞かなければ赤子の姿も見ていなかったのだ。
 それなのに皆の頭には『赤子がいる』、『近付いてはならない』という一種の脅迫観念がこびりつき、誰も動くことができなかったのだ。

 すっかり集会所は静まり返ってしまった。
今では酒を啜る音すら聞こえない。
 ただただ夜の帳が、不揃いな合唱を奏でる虫の声と生暖かい風を運んできた。

 やがて東の空に赤みが射してきた。
 集会所にいた男衆は、誰一人として眠っていなかった。
「……行ってみよう、か」
 誰かがポツリと呟いた。
 頷いた者がいるわけではないが皆よそよそしく立ち上がると、急ぎ足で集会所を出ていった。

 皆目指す場所は同じであった。
 昨日の場所、あの女のいた場所、血溜まりになっているであろう場所……。

 目的の場所はすぐだった。
 何しろ活火山が近くにあるこの村で、危険な生物など出やしない。
 モンスターたちもいつ噴火するともしれない火山が恐ろしいのだ。
 ただ一種だけ例外の竜種がいるが、彼らの生態は至って穏やかだ。下手なことをしなければ襲われることもない。
 故にこのパチ村では簡易的な柵で周りを囲うくらいの防衛手段しかしていない。

 だから、直ぐに辿り着いた。
 そして誰もが、自分の目を疑った。
 そこにいたのは生後間もない赤子だった。
 誰も見た覚えのない、鳴き声も聞いた覚えのない赤子が、白いローブに包まれて眠っていた。
 不思議なことに血溜まりはおろか、骨の欠片さえなかった。
 最初から存在などしていなかったかのように。
「……」
 呼吸すら放棄しているような静寂が、辺りを包み込んだ。
 誰も動こうとしない。
 目の前の赤子が生きているのか死んでいるのかさえ、確認しようとは思わない。
 それほど彼らは混乱していたのだ。

「あんたら、なにしてんのさ!」
 静寂を破ったのは女性の声だった。
 彼女もまた先日のことが忘れられず、一睡もできずにこの場に様子を見に来た一人だった。
「だ、だ、だってよ……。かぁちゃん」
 一人の痩せた男が彼女の近くに寄って行くが、彼女は彼に見向きもせず、赤子の方へスタスタと近付いて行った。
「まあまあ、可愛い嬢ちゃんだこと」
「ちょっ!? かぁちゃん!!」
 何の躊躇いもなく彼女は赤子を拾い上げると、それまでの空気が嘘のように霧散した。
「ホントに、可愛い子だ」
「肌が黒っぽいから、サビオル大陸から来たのかね?」
 赤子を中心に皆めいめいに騒ぎ始めた。
 そこには先程までの悲壮さは微塵もなかった。

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