アホと魔女と変態と (異世界ニャンだフルlife)

影虎

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二章 古代からの侵入者

古代からの侵入者 4

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 パチ村の前で拾われた子供パメラは、すくすくと成長していた。
 あの時真っ先にパメラの元に行った女性の名はモニク・ヒメネスといい、旦那はマテウス・ヒメネスという。
 この村の者たちには個人で所有する財産などの概念はなく、村の物は皆の物、一人が困ったときは皆で解決するという精神で生きてきた。
 そのため最初に抱き上げたのがモニクであっても、パメラはこの村の皆の子供として大切に育てられていた。

 パメラがシャトルで遊んでから二日ほど経った日のこと。
 村の東南に位置する染め物倉庫でモニクはパメラを傍らの乳母車に入れ、村の女性たちと共にお喋りしながら村の特産品であるアカメルクナの花で染め物を作っていた。
「そう言えば、二日前だっかしら? 何か変なモノが空を飛んでいかなかった?」
 それはモニクの隣に住む娘で去年結婚したばかりのナタリーの言葉だった。
 そういえば、と、それまでかしましかった倉庫内に更にお喋りの花が咲いた。
 確かに見ただの私は見てないだの、赤かったとか青かったとか、あれはドラゴンの吐いた息じゃないのかとか、ただの流星だとか……。
 誰一人として正解にたどり着きはしないし本気で考えて喋っている訳ではないが、それが彼女たちの仕事の仕方なのである。例えこの場に男共が来て「うるさい」と一喝されようとも、ここにいる女性たちにかかればそんな男共など一蹴されてしまう。それがこの村の目に見えない力関係であった。
「あの子が来てから不思議なことがよく起こるわね」
 かしましさが更に際立っていく中で、一人の女性がパメラの方を向いてうっかり呟いてしまった。
「……」
 その言葉に皆押し黙った。
 口には出さなかったがその言葉は皆の心で渦巻いていたものであった。
 パメラがこの村に来てから三日ほど経った日のこと、村の離れでスピリットを見たと言う者が、慌てて村長の家に駆け込んだことがあった。
 それから十日ほどでまた違う人物が同じように村長の家に駆け込んだ。今度は滅多に現れないスケルトンを見たと言っていた。
 勿論この二件共、村の男衆総出で探索したが何も見つからなかった。
 この時は共に遅い時間に起こったことであったため、単なる見間違いということで皆は納得することにしていた。
 ただこのようなことは、今までこの村で起こったことはなかった。そもそもバクシー山に程近いこの場所には、活火山を恐れてモンスターの類いは近寄らないはずなのである。
 そしてパメラの出生もまた、村の者たちの謎であった。
 あの時皆が感じた胸騒ぎは何だったのか。
 あの女性は何処に行ったのか。
 この子供は一体何処の誰の子供なのか。
 考えれば考えるほどあの時の光景が思い出され、皆言い知れぬ恐怖が表情に出てきていた。
「まぁ、そんなこと知ったことじゃないだろ?」
 ただ一人モニクだけが乳母車に近寄りパメラの頭を撫でながら微笑んでいた。
「生きていたら、自分たちの頭で分からないことなんざ幾らでも出てくるさね。それが何だってんだい」
「だけどよ、モニク。あんただって怖いとは思わないのかい?」
「怖い? あたしゃこんな子供を怖がって何にもせずに餓死させて、山神様からバチを与えられる方が怖いよ」
 飄々とモニクは答え、皆は信仰の対象である山神を出されて押し黙った。
 確かに彼女の言う通り、不思議な赤子を怖がって育てるのを放棄したら、山神からどんな罰が下るか分かったものではない。
「それにこの赤い目は、もしかしたら山神様の火の色かもしれないじゃないか」
「そう言われてみれば……」
 暗に神様だと言われて、皆は様々な期待を込めた目でパメラの瞳を覗き込んだ。
「あんな不思議なこと、神様にしかできないよね」
「そうじゃな。確かに……」
「それに、なんだか普通の子供より成長が早い気がするんだよね」
「そうなのかい?」
「それじゃ本当に、パメラは神の子なの?」
 モニクの言葉を皮切りに、皆はパメラのことを神様、もしくは神の使いであると思い込んでいった。
「きゃっきゃっ!」
 そんなことなど露知らず、パメラは大事そうに皆から頭を撫でられたり頬をつつかれたりして、楽しそうに笑っていた。

―――☆―――☆―――

 僕にとってレトラバの町はナトゥビアに来てから初の人間のいる町であった。
 女神二人から話は聞いていたし、ナスカたちやシュナと出会って本当に剣と魔法の世界だということは理解していた。
 それでも実際に人が住んでいる町に来たとなったら、テンションが違う。
 だってゲームやアニメでしか見たことがない、ファンタジーの世界だよ。
 めっちゃ楽しみじゃん!

 だから僕は、シュナから預けられた三日目にやっと猫耳メイド服の悪魔の元を逃げ出し、気の向くままに町の探索を楽しんでいた。
 町の建物は全部人間サイズの木造建築で時折古い建物には藁葺き屋根なんかもあり、日本のコンクリートジャングルに慣れ親しんだ僕にとっては楽しいことこの上ない。
 猫の身体能力をフルに発揮し、僕は屋根伝いに町を見下ろしながら歩いて行く。
 道行く人たちは当たり前ではあるがスーツ姿の人やジーパン姿の人は見かけない。代わりに殆どの人が麻か木綿でできた白や茶色のシャツを着て、その上から動物の革でできたジャケットやベストを着て、同じく革や麻、木綿でできたズボンや長いスカートをはいている姿が見受けられた。
 そして時折冒険者と思われる人も歩いて行くのだが、この人たちは一般の人たちとは違い様々な格好をしていた。全身鎧を着た人もいれば軽装に弓を背負い両の腰には矢筒と片手剣を装備した者、全身を黒いローブで包み短い杖とおぼしき棒切れを携えた者までいた。
 そんな道行く人たちを見て一番特徴的だったのは、皆が浮かべるその表情だった。
 僕が地球にいた頃は、こんなに様々な表情を浮かべる人たちは見たことがない。よく大都市に住む人間の表情を『魚の死んだような顔』と表現するのを聞くが、僕の住んでいた所は正にそうだった。皆疲れたような重そうな瞼で何処を見てるのか分からない目をしていて、時折人同士がぶつかりそうになった途端に鬼のような形相を浮かべてお互いのことを睨み付け、お互いに聞こえない所まで行ってから独り言のように愚痴を言う、そんな環境だった。

 でも、ここは違う。
 確かに疲れたような顔をしている人はいるが、そんな人には通りかかった人が声をかけ、酒を飲みに連れていったり自分の家に招待したりしていた。
 たまに怒鳴り散らす人がいたりするが、それでも殆どの人は互いに対する思いやりを持っているのか、お互いに挨拶をしたり言葉を交わしたりしていた。そんな彼らの顔には笑顔があり、そこには男も女も関係ない世界が広がっていた。
―――いぃとこだなぁ。
 それが僕の率直な感想だった。
 もし今の僕が人間だったら、感動して涙が出ていたかもしれない。そしてそんな風に感じるということは、よっぽど僕は地球の暮らしに疲れていたということでもある。
―――来て、よかったなぁ。

 ちょっとほっこりした僕は屋根の上で座り込み、本能の赴くまま毛繕いを始めた。
 チロチロと自分の手を舐め顔を洗っていると、何処からともなく「ニートくーん」と猫撫で声が聞こえ、僕の背中には怖気が走った。
 恐る恐る屋根から眼下を覗くと、猫耳メイド服のオッサンが、僕の名前を呼びながら片手にササミを持ってさ迷っていた。
「……」
 そっと屋根の上の方に身を隠し、暫し僕は逡巡する。
 ササミは魅力的だが、持っている奴がいけない。
 あの髭は痛いし、猫撫で声が気持ち悪いし髭は痛いし、ご飯は旨いけど髭は痛いし、優しいのは分かるけど髭は痛いし……。

―――うん。見なかったことにしようっと。
 僕は踵を返して隣の家の屋根に飛び移った。
「ニートくんの臭いがする」
 キュピーン!
―――近い!
 声がした方にバッと顔だけで振り向くと、白髪混じりのねずみ色をした猫耳が屋根の縁から頭を覗かせていた。
 僕は全速力で逃げ出していた。
「待ちなさい! ニートくん!」
 後ろから野太い声が聞こえてくる気がするが、きっとそれは気のせいだ!
「美味しいササミあげるから、待ちなさい!」
 あの悪魔の囁きに耳を貸したら、きっとまた髭でジョリジョリされる!
 負けるな僕!
 心の命じるままに走るんだ!
 僕の足よ!

 とは言うものの、身体的な能力の差は埋めがたい。
 向こうは獣人族特有の身体的な特徴があるため、みるみる内に僕たちの差は縮まっていった。
「ニートくん! 観念しなさい!」
「!!」
 ちょっと後ろを振り返って見たら、あのオッサンが恍惚とした表情を浮かべながらスカートを翻して尻尾をフリフリ追っかけてきていた。
―――何か、本気で嫌だ!!
「みー!!」
 これが火事場の馬鹿力と言うのだろう。
 今まで限界だと思っていた僕のスピードは更に増し、追い詰められていた距離を少しずつだが離していった。
―――あそこが町の端だ!
 見れば木造の城壁が建物を囲むように立ち塞がり、二階建ての屋根から三メートルくらい上にその城壁の頂点はあった。
―――こうなったら、登りきってやる!
 僕は城壁の手前でスピードを緩めないように溜めを作ると、そこへオッサンが突っ込んでくるのより先に飛び立ち城壁に爪を立てカサカサと這いつくばって登っていった。
 落ちていったオッサンは物凄い音を立てて道端に置いてあったゴミや薪を巻き添えにしながら転がっていき、その場にはもうもうと土煙が立ち込めた。
「みー!!」
―――二度と追ってくんな!
 僕は勝ち誇ったように城壁の頂点で胸を反らすと、土煙の中からヒョイッと影が飛び上がり、僕の前に立ちはだかった。
「坊や。俺を本気にさせたな」
 目を光らせ頬から垂れた血を左の人差し指に付けペロリと舐めとると、オッサンはニタリと笑い僕の方に顔を向けた。
「みぃぃぃーーー!!」
―――ゴメンナサァァァイッ!!
 正に脱兎の如く僕は逃げ出した。
 そして一気に城壁を下ると建物の影から顔を覗かせ、オッサンの様子を恐る恐る確かめた。
「冒険者共! であえであえ!」
 掛け声と共にオッサンは城壁から飛び降ると、町の中にいた冒険者たちがゾロゾロと集まってきた。
 その光景を見て一般の人々が何事かと目を向ける。
「ギルド長、何事ですか?」
 年若い凛々しい顔付きをした軽装の青年がオッサンに声をかけた。
「ギルドから子猫が逃げ出した」
「はぁ!?」
 集まった冒険者たちや一般の野次馬たちが「何言ってんだ、こいつ?」という目を向けて、中には実際に口にしてオッサンを見ていた。
「その子猫というのはシュナ・プロバンス氏からの預かりもので、もしものことがあったら……」
 そこで言葉が詰まったオッサンはプルプルと青筋を立てていた。
「しゅ、シュナ・プロバンス……」
「生きていたのか……」
 彼女の名前を出した途端にざわめきが起こった。
 どうやら彼女はこの町ではかなり有名らしい。
「だからお前らに、ギルド長として命令する!」
 オッサンは周りに集まった冒険者たちをぐるっと見回すと深く息を吸い込んだ。
「一刻も早く子猫を連れてくるんだ! 名前はニート! 真っ白い毛の子猫だ!」
「分かったぜ!」
「了解だ! ギルド長!」
「冒険者じゃないけど、俺たちも協力するぜ!」
 そこかしこから了解の声があがった。
―――てか、シュナの名前出しただけで納得すんのかい!?
 開いた口が塞がらないとは、こういうことを言うんだね。
 たかが猫一匹のために冒険者たちや町民が集まってきて、あまつさえ「えい! えい! おー!」なんて掛け声まであげている。
「行くぞ野郎共! 草の根分けても探し出せ!」
「おぉぉぉー!」
 野太い声に少しだけ黄色い声も混じって周囲に掛け声が木霊した。
 そして直ぐさま集まっていた皆は散り散りとなり、僕を探すために駆け出して行った。
―――ちょっと!? 猫一匹のために何、この人海戦術!?
 人間だったらきっと冷や汗ダラダラだったろう僕は、コソッとその場を後にしようとした。
「見ーつけた!」
 ハッと後ろを振り返った僕の目の前には、先ほどオッサンに最初に声をかけた凛々しい男が、ニヤついた表情を浮かべ両手を広げて迫っていた。
―――へ、変態の顔だぁぁぁ!!
「みぃぃぃーーー!!」
 僕は間一髪のところでジャンプすると、その男の顔に爪を立てて男の後ろの方角へと駆け出した。
「あぎゃぁぁ!」
 爪で足蹴にされたその男の顔には赤い爪痕が残され、男は顔を押さえて痛そうにその場にうずくまった。
「いたのか!?」
 男の叫び声を聞き付けた辺りの人々が瞬く間に集まってくる。
「いたぞ! あそこだ!!」
 屋根の上から状況を観察していたオッサンが、走っている僕を指差して眼下に散らばる人たちに指示を出し始めた。
「ランラン亭の裏に行ったぞ! 右から回り込め! ハーリーアップ! ハーリーアップ!!」
 人が二人並んで通れるかどうかという通路に、この町の人間が全部来てるんじゃないのか、と思われる程の人数が殺到してきた。
―――こ、怖いよぉ! 誰か助けてぇぇ! シュナァァ!
「み、みぃぃぃーーー!!」
 壁際まで追い詰められた僕は小さく縮こまってブルブルと震えた。
 一体僕が何したって言うのさ!
 ただのか弱い子猫だよ!
 何なのよ、この人たち!
「さぁ、観念してこっちにおいで。ニートくん」
 スタッと僕の目の前にオッサンが飛び降りてきて、ニタリと笑った。
―――いぃぃぃやぁぁぁぁだぁぁぁ!!
 伸ばされてきた手を最後の抵抗とばかりにガシガシと噛むがなんの効果もなく、僕は恍惚とした表情を浮かべたオッサンの餌食になり、満遍なく髭でジョリジョリされた。
「ただ単に、ギルド長の髭が嫌なだけなんじゃ……」
 的確に的を得た答えを発する者がいたが、僕を撫でくり回すことに夢中になったオッサンの耳には届いていなかった。

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