アホと魔女と変態と (異世界ニャンだフルlife)

影虎

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二章 古代からの侵入者

古代からの侵入者 5

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  ダスマンは二人と別れた後、一人海岸線を歩いていた。
 太陽に照り返す波を見つめていると、無性に思い出されるのは古き時代に無くしてしまった家族のことであった。

 片田舎の町で漁師をやっていた両親。
 いつものように夜も明けない時間から、兄たちと両親が共に沖合いに出て行っていたあの日。
 海に落ちた仄暗く赤く光る塊。

 ダスマンはその光景を何度も夢に見ていた。
 両親や兄たちの笑顔と、災禍の獣の赤き双眸が、何度も、何度も……。

 もう慣れてしまったはずだったが、コールドスリープから目覚めて初めてこの夢を見たとき、ダスマンは自分の枕の冷たさにハッとなり飛び起きた。
 そしてベットの横に備え付けられていたテーブルに八つ当たりしたダスマンは、その音で飛び起きてきたかかり付けの医者にバツが悪そうに頭を下げた。

だからダスマンは、なるべく一人で海を見たくなかった。
それでもどこか郷愁を感じさせるさざ波の音が、自分が心の底から海を愛していることを伝えてくる。

 そんな彼の胸中などいざ知らず、波風に揺られるカモメの群れは今日もいつも通り自然の摂理を己たちの行いで体現していた。
 ダスマンの目指す任地はコントーラ大陸随一の港町カスラワである。

―――☆―――☆―――

 バルトとダスマンの二人と別れたリディーは、一路レトラバの町を目指していた。
 彼女に与えられた任務はレトラバの町でギルドに入り込み、情報を収集することである。
 バルトは中央都市エンタニア、ダスマンは情報の最前線カスラワであるのに、何故自分だけコントーラ大陸の西の端レトラバなのか。彼女にはそれが理解できなかった。自分はデザインチャイルドの第三世代で、並みの人間の三倍以上の身体能力を有している。それに付け加えて知能指数もデザインチャイルドは一般人よりも遥かに向上されている。
 それにも関わらず自分がこれから赴く場所は片田舎のレトラバである。
 ことは単純に上層部にいる強硬派の嫌がらせで、三人の中で一番優秀に作られているデザインチャイルドの彼女を、レトラバに送り込むと言うより体のいい左遷をさせただけなのだが、それを彼女は知る由もない。と言うかほぼ気付いてはいるのだが、階級的に言っても無駄なことであったためバルトたちには黙っていたのだ。

 考えれば考えるほど腹が立つ。
 だから彼女は自分のやるせない気持ちを体現するため、レトラバに向かう道中で傍らに落ちていた小石を思い切り蹴飛ばした。
 勢いよく飛んでいった小石は空を飛んでいた鳥に当たり、その鳥は衝撃で気絶したのか真っ逆さまに急降下していった。
「うげぇぇっ!」
 鳥が落ちていった林の方から何とも醜い声が聞こえてきて、リディーは「しまった!」と小さく呟きながら走り出そうとした。
 しかしそこで彼女ははたと立ち止まり、今この星にいるのはカラミティーチャイルドだけなのだから、このまま放っておいていいのではないのか、と考えた。
 カラミティーチャイルドは彼女たちグレイス星団の人間にとっては共通の敵なのだから、わざわざ謝りに行く必要はないのではないか。しかしもし、これから自分が赴くレトラバの町に関係ある人物であるなら、ここで媚びを売っておくのも一つの手ではある。

 そんな風に彼女は暫し逡巡していたが「よし」と呟いて声をかけることに決めた。
「あの、大丈夫で、すぅぅっ!?」
 そう声をかけながら木の影に顔を覗かせたリディーは、ビクッと震えて言葉を飲んでしまった。
 そこには筋肉質なケツと背中を晒した素っ裸の男がうつ伏せで倒れていて、その傍らでは先ほどリディーが蹴った小石の巻き添えになった三十センチ位の大きさの鳥が目を回して倒れていた。
「な、な、な、なんなの!? ど、ど、どういう状況なの!?」
 知らず知らずの内に彼女の癖が出て、理解が追い付かない時は右手が震えそれを庇うように無意識の内に右の手首を左手でぎゅっと握ってしまっていた。
「こ、こういうときは、じょうきょうかくにん……」
 目を瞑り、ゆっくりと深呼吸しながら彼女はか細く呟くと、目を開いて指をさしながら一つ一つ目の前にあるものを確認していった。
「上には二割くらい雲があって、所謂晴れ。ここはレトラバに向かう道中の、傍らの林の中で。向こう側には木が沢山あるから、林と言うよりは森。それで目の前にはケツ、が……」
 素っ裸の男を指さし、リディーの思考は固まった。
「何なのよ一体! 何をどうすれば、こうなるの!?」
 彼女は恥ずかしそうに顔を両手で覆いながらも、指の隙間から男の背中とケツを覗き見た。
「どうしよう……」
 もし今ので死んでいるのなら『何かを隠すなら森の中が嬉しいなぁ』という云われ通り、ちょっと向こうに行って埋めてこようか。でももし生きているのなら……。
「そ、そうだ。呼吸は」
 ハッとして彼女は恐る恐る倒れている男性に近付くと、震える右手で右側を向いている顔の前に手をかざしてみた。
「こ、呼吸が、ある」
 溜め込んでいた空気を肺から絞り出すかのようにリディーは深いため息をつき、意を決して声を張りあげた。
「あ、あ、あ、あの! す、す、す、すいま、せん!」
 彼女はなるべく下半身の方に目を向けないようにしながら、その男の肩を揺さぶる。
 サラサラの銀髪の先がリディーの手の甲をくすぐってきて、彼女の顔は若干ひきつっていた。
「う、うぅ……」
 男は小さく呻き声をあげるが目を覚ます様子はなかった。
「あ、あ、あ、あの!」
 できることならこれで目を覚まして欲しいのだが、全くそのような気配はない。
「はぁぁ……」
 深いため息と共に彼女の肩は少しずつ怒り始めていた。
「そもそも何でこいつは裸なの!?」
 あまりにも目を覚まさない男に怒りと恥ずかしさで情緒不安定に陥ったリディーは、思いの丈をぶつけるように横に生えていた樹木に思いっきり右のストレートを放った。
 彼女の右手は樹木の中にすっぽりと収まり、衝撃で樹木のおが屑が辺りに舞い上がった。
「はぁぁーー……、ふぅぅーー……」
 深く息を吸い込み早鐘を打ち始めた心臓をなだめるように空気を吐き出す。
 そもそもこいつが目を覚まさないのなら、このまま置いていけばいいのではないか、というありきたりな結論に今更気付いた彼女は、スッと立ち上がって踵を返した。
「うぅぅん……」
 その場を後にしようとした途端、見計らったかのように呻き声が聞こえた。
 後ろ髪引かれる思いとは、正にこのことである。
「ホントに! 何で! 裸なの!」
 さっきから何度も口にしている言葉であるが、ケツにばかり目がいってしまって口とは裏腹に考えるのを放棄してしまっていた。
 太股の間から見えるような、見えないような。
 所謂、怖いもの見たさである。
「あぁ、もぅ!」
 彼女は頭を振ってその思考を振り払った。
 今自分は、この場を立ち去ろうとしていた。なのに呻き声が聞こえたからと振り返り、何とかしようと思考を巡らしているんだ。なら、何とかしようではないか。
「うん。見えるからイケナイんだ!」
 そう思い至った彼女は背負っていたズタ袋から替えのシャツを一枚と毛布を取り出すと、男の下半身を見ないようにうっすらと目を細め横を向きながら毛布を彼の腰に巻き付けシャツを着せていく。
 なにぶん他人に服を着せるという行為が初めてだったためかなり手間取ったが、なんとかこれは成功した。
「次は……」
 もう裸じゃないから起きるまでゆっくり考えることができる。目のやり場に困ることもない。
 リディーは木の横に腰を落ち着けると「はぁぁぁ」とため息をついて、背負っていたズタ袋を傍らに放った。
 カラミティーチャイルドと言えども人間の形を模しているのなら服は着ていたはず。なのに今は着ていない、ということは……。
「身ぐるみを、剥がされた……?」
 あり得ない話しではない。ここは自分たちの祖先が住んでいた頃のように科学文明が主体になった世界ではないのだから、盗賊などという野蛮な者がいても何の不思議もない。ということは、その盗賊たちから逃げ出してきた所に運悪く、自分が腹いせに蹴った小石に鳥が当たり目を回し、鳥が落ちてきたその下に男がいて、それにぶつかった男はのびてしまった、というところだろう。
「うんうん。こいつが裸じゃなければ、ちゃんと考えれるんだ」
 納得したように彼女は何度か頷き、男の方に顔を向けた。
 身ぐるみを剥がされたということは、ここで恩を売っておけば何かいい情報が得られるかもしれない。
 そう思った彼女は一旦考えるのを止め、ズタ袋から水筒を取り出しゴクゴクと水を飲み始めた。
 よほど喉が乾いていたらしく、口の端から水滴が零れていくのも気にせず一息に中身を飲み干してしまった。
「途中で川で汲めばいっか」
 空になった水筒をズタ袋に詰め、彼女は少しだけ休むつもりで両目を瞑った。

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