アホと魔女と変態と (異世界ニャンだフルlife)

影虎

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五章 アホ姫とシスコン王子

アホ姫とシスコン王子 終

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「す、スイマセンでしたぁぁ!」
「ぜっっっっったい! 許さないんだから!!」
 ナジラに抱かれたまま何事もなかったかのように一階へと連れて来られた僕は、二階から聞こえてくる彼らの怒声に天井を見上げブルリと背中を震わせていた。
「ニート! 気にしちゃ負けよ!」
 何にだよ!?
 オッサンの野太い女言葉にですか!?
 そう思いながらも僕は、全然埃のたまっていなかった受付横にある定位置の座布団の上に腰を下ろす。
「お、おはよう、ございます……」
 丁度そこへ出勤してきたリディーが苦い顔をして「あれって……」と天井を指差してきた。
「リディー……」
 そんな彼女にナジラは近付いて行き、彼女の両肩にゆっくりと手をのせる。
「気にしたら負けよ」
 だから何にだよ!?
「何にですか!?」
 僕の心の声に彼女の言葉がハモった。
「ところで……、ん?」
 リディーの目が点になり、ナジラの後ろで毛繕いを始めた僕にだけ視線が寄ってくるのを感じた。
 おぉぉっとぉ……。確か、リディーって……。
「ニートちゃぁぁぁぁぁん!!」
 ナジラの制服のスカートが翻る程のスピードで彼女は僕を引ったくると、自分の胸に抱えて力一杯頬擦りし始めた。
 そうでした! こういう性格でした!
 というか痛い! 背骨折れるったら!
「み、みぃ! みぃみぃ!」
 僕はたまらず彼女の拘束から逃れようと彼女の抱き締めている腕を力一杯押して逃げ出そうとするが、彼女はその手をガッチリ捕まえ肉球にまで頬擦りし始めた。
「あぁぁ~、可愛いぃぃ! 猫の匂い、最高ぉ!」
―――やめろぉぉぉ! それだけは、やめてくれぇぇぇぇ!!
「みぃぃぃ! みぃぃみぃぃぃみいぃぃぃぃ!!」
 僕はジタバタと足掻いてみるが、全くそんなことなど意に介さない彼女は僕の身体に鼻を付けて「くんかくんか」とし始めた。
 僕の尊厳が……。ぐすっ……。
「ああぁぁぁ……、獣臭い。いい匂い♪」
 その光景を間近で見ているナジラは三歩ほど下がって青筋を立てていた。
「寂しかったんだよ、ニートちゃぁん。折角ニートちゃんがいるいい職場が見つかったと思ったのに、飼い主のシュナさんが冒険に連れて行っちゃうでしょ。それで戻って来たと思ったら、今度は食中毒でずっと寝てるし……。心配したんだから」
 それは十分存じてますが、食中毒? 僕が災禍の獣と死闘を演じて、三日三晩寝込んだのが食中毒ですか!? 説明のしようがないのは分かるけど……!
「ムフフ……。でも、今度はそんなことにはならないから安心してね♪ 何てったってこの私、リディー・ドリットがニートちゃんのお世話をちゃぁぁんとしてあげるんだからね。そ・れ・に……」
 彼女はそこで僕にしか聞こえないような小さな声音で、こう呟いた。
「私、デザインチャイルドだから……。ニートちゃんのこと、バカなカラミティチャイルドたちから守ってあ・げ・る」
 は!? 何だって……!?
 デザイン、チャイルド……!?
 カラミティチャイルドだって……。
 僕はビクッと首を回して彼女の顔を見詰める。
「あはは! 私の言ってること、分かってくれたんだぁ! 嬉しいぃぃ!!」
 むぎゅぅぅぅっっ!!
 いでででででで!!
 折れる折れる折れる折れる!! 背骨が! 背骨がああぁぁぁぁ!! あっ!!

 ピキッ!

「み、みぃ……」
 カクッ……。
「に、ニートちゃん!?」
 沫を吹き出した僕をリディーがガクガクと揺さぶる。
「ニートちゃん! 起きて! ニートちゃん!!」
「ちょ、ちょっとリディー!? 何やってるの!!」
 慌てて近付いて来たナジラは僕が白目を剥いて沫を吹く姿に顔を青くする。
「は、ハイヒール!」
 リディーの胸に抱かれた僕の身体が緑色の淡い光に包まれる。
 しかし……。
「ダメ! 直ぐにシュナ先生呼んで来る!」
「お、お願いします!」
 ここにきて自分のしでかしたことに気付いたリディーは顔を青ざめて走り出すナジラに頭を下げた。

―――☆―――☆―――

 それは全くの偶然だった。
 前の日の晩、ようやく収まった嵐に辟易しながらダスマンはバルトに連絡を取ろうと端末を起動すると、その向こう側から声が聞こえてきたのだ。
 嵐で音信不通になる前にバルトはカラミティチャイルドの王族を連れてカスラワへ来ると言っていた。だから近くに来ているであろうバルトにこちらの状況を伝えておくべきだと思い、最初はその声に反応しようとした。
 しかし、そこから聞こえてきた話しの内容を聞くにつれて、ダスマンは会話に入るタイミングを失ってしまった。

 その時の会話の内容を要約するならば、二日前にf-6地区研究施設が突如として稼働し、バルトとリディーの端末にアラートシグナルが受信された。
そこでリディーは今潜入している冒険者ギルドで情報を収集していたところ、シュナ・プロバンスという女性に行き当たる。そのシュナという女性のハッキリとした素性は不明であるが、その日の昼前に帰ってきた彼女たちパーティーは、今では遺跡と呼ばれているf-6地区研究施設で見たこともない敵と遭遇し、これを撃ち破ったらしい。
そしてその際に彼女たちが持ってきた素材は旧式警護ロボットの一部だったらしく、リディーの持っていた端末では型番までは分からなかったが、少なくとも千年以上前のモノであるということだけはスキャンした結果から判明した。

 ダスマンもここまでであったなら、自分に情報がこなくても納得していた。
 自分のような成り上がり、しかも曹長ともなると一般兵では栄誉職と代わりない地位であるとはいえ、所詮軍学校を卒業したエリートから比べたらそれ以上階級の上がらない終業職である。
 だからダスマンは、どうしてあの時スイッチを切らなかったのかと後悔していた。
電源さえ切ってしまっていれば、こんな風に悩まなくて済んだのに、と。
「中尉……。あんた一体、どうするつもりなんだ……」
 浜辺に打ち上がった小枝を手に取り、ダスマンは行き場のないモヤモヤを払うかのようにそれを海へと投擲する。
 上がった視線を更に上に向け晴れ渡った空を仰ぎ見れば、まだ落ち着かない荒い波の上でカモメたちが我先にと水中に突っ込み、魚たちを追い立てているのが見受けられる。
「はぁ……」
 ダスマンは深く息を吐き出し、気持ちを切り替えるためバルトたちの会話の続きについて考え出した。

 リディーが言うには、シュナという女性が持ってきた情報はそれだけではなく、千二百年前に猛威を奮った災禍の獣の偽物も見付けたそうだ。しかもカラミティチャイルドである彼女たちがそれを倒したなどという、決して信じられないオマケまでつけて。
 ダスマンたち正規の民でもないカラミティチャイルドの親は災禍の獣だったはずで、それが紛い物とはいえ始祖を殺すなど考えられないことだった。
 そればかりか、その報告を受けたバルトは信じられないことに、この情報を上司のバース大尉には報告せず、あまつさえ命令違反まで犯してリディーをシュナという女性たちの調査のために同行させるというのだ。

 自分はどうするべきなのだろうか。
この会話を聞かなかったことにするべきなのか、それとも上司の所業を報告するべきなのだろうか。
 頭上を優雅に飛んで行くカモメの群れを見上げながら、ダスマンはもう一度深くため息をつくのだった。

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