30歳無職だった俺、女声を使ってVTuberになる!?

佐伯修二郎

文字の大きさ
56 / 91
第3章

第56話『老体に鞭打ち!?』

しおりを挟む
 


 アオイがレッスンスタジオのドアを押し開けると、広い鏡張りの部屋に漂う微かな緊張感が彼の肌を刺した。室内には、イベントに参加するメンバーたちが集まっている。

 みんな普段とは違い、動きやすいTシャツやスウェット姿で立っている。アオイは深呼吸をして、靴音を響かせながら一歩踏み入れた。周りはストレッチをしたり、軽く声出しをしている者もいる。そしてミツオの軽快な声が響いた。

「じゃあ、レッスン始めるわよん!」
「ミツオさん、今日はみんなのダンスレッスンよろしくお願いします!」

 アオイは勢いよく頭を下げ、床に映る自分の影が一瞬揺れるのを見た。するとミツオが静かな、しかしどこか含みのある声で応じた。

「もちろん表見きゅんも踊るわよね」
「えっ、俺もですか!?」

 アオイは鳩が豆鉄砲でも喰らったかのように驚きながら、慌てて顔を上げた。今回はダンスの指導を受ける側ではなく、見守る側だと思っていたのだ。ミツオがそっと近づき、彼の耳元で囁く。

「今後の紅音ウララの活動にも活かせるかもしれないわよ」
「確かに……」

 アオイは納得しつつも、冷や汗が背中を伝う。ミツオの言葉にうなずきながら、彼の視線は一瞬泳ぎ、平静を装うのに必死だった。確かに、ダンスの経験を積むのは今後に役に立つかもしれない。そう頭では理解しても、30歳の自分の体が付いていけるかは別問題だ。

 ミツオは軽やかな足取りでホワイトボードの前に立つ。マーカーを手に持つと、ミニライブの曲目とメンバーを書き出した。アオイはその動きを目で追いながら、胸の内で微かな不安と期待が交錯するのを感じていた。

 ――――――

『Music Is My Weapon』  
 紫波ユリス_九能シオン  
 榛摺キノミ_八橋カレハ  

『Heart of Resolve』  
 翠月アリア_二茅ミドリ  
 浅葱コスモ_六合ミャータ  
 撫子ミア_一条モモハ  

『クラッシュ・キャンディー』  
 山吹セツナ_五宝コガネ  
 銀城ユイラ_四宮ナマリ  

 ――――――


「ウララちゃんが参加しないの寂しいよねー」


 コガネが少し寂しそうに呟く声が、アオイの耳に届いた。ナマリが小さくうなずき、シオンが静かに言葉を添えた。

「ミカンさんも出れなくなってしまったのね」
「二人分の代わりなんて、わたし大役すぎだね~」

 カレハが大げさに肩をすくめると、シオンが穏やかに、しかしきっぱりと言い返す。

「代わりなんて思ってないわよ。カレハさんはカレハさんらしいパフォーマンスをしてもらえれば、それでいいわ」

「了解で~す。てかてかシオン様、少し変わったよね~」

「そうね」

 カレハの軽い口調に、シオンは目を閉じ無表情で答えた。アオイはそのやり取りを微笑ましく見つめていた。

 シオンの口調が以前よりも明らかに柔らかくなっていることに、本来の自分を徐々に出せているんだろうと思い嬉しくなる。

 すると、モモハがふと首をかしげ、不思議そうに口を開いた。

「ワタシ、紅音ウララさんにまだ一度も会えてないんですよね。皆さんはどうですか?」

「ぼくも会ったことないなぁ。ファンやから会いたいわ」

 ミャータがのんびりした関西弁で答えると、コガネが元気に手を挙げる。彼女の手が宙を切る動きが、アオイの視界の端で揺れた。

「ウチも会ったことないよー! ナマリーはー?」
「ワッ、ワタシもない……」

 ナマリが目を泳がせると、モモハがさらに言葉を重ねた。

「誰も会ったことないなんて、不思議ですよね」

 その言葉に、アオイの肩がビクリと揺れる。ふとミドリに視線を向けると、彼女が一瞬焦ったような表情を浮かべたのが分かった。アオイの喉が僅かに乾く。すると、シオンが冷静に口を挟んだ。

「わたしはあるわよ」

「「「えっ!?」」」

 周りが一斉に驚きの声を上げると、ミドリが慌てて補足した。

「わっ、わたしもウララちゃんとはプライベートで何回か。いっ、家にも行ったことあります!」

 彼女の声は少し上ずっていた。

「そういえば、ウララちゃんの家で一緒に配信もしてたもんなー。ってことは、ミカンちゃんも知ってるんかー」

 ミャータがそう呟くと、コガネが目を輝かせた。

「えー! 羨ましいー!」
「私も会ったことあるわよん。ねぇ、表見きゅん?」

 ミツオの突然の言葉に、アオイはギョッとして体が硬直した。

「えっ、ええ、まぁ……」

 曖昧に誤魔化すと、ミツオは軽く笑って話を締めた。その笑顔には、どこかからかうような色が混じっている――そんな気がして、アオイは苦笑いでやり過ごすしかなかった。

「まぁ、こんな話はさて置き、レッスン始めるわよん! コガネには全部叩き込んどいたから、コガネはナマリちゃんに教えて、私が残りのふたグループに教えるわ!」

 アオイは内心で安堵の息をつきながら、ミツオの指示に従った。

 そしてレッスンが始まると、アオイは『Music Is My Weapon』のグループに混ざり、ミツオの指導のもと激しいダンスに挑んだ。

 シオンとカレハがリズムに乗って流れるように体を動かす中、アオイはひたすら必死だった。ステップを踏むだけで、もう精一杯だ。

「はい、止まらない!」

 ミツオの鋭い声がスタジオに響いた瞬間、額にじわっと汗が滲む。足を揃えて、腕を振って、腰を落とす――頭でわかっていても、体が思うようについてこない。
 普段はキーボードを叩くか、マイクに向かって喋っているだけの生活だ。こんな全身運動、いつぶりだろう。
 息が上がるのが早すぎて、自分でも笑えてくる。けれど笑う余裕なんて、今のアオイにはなかった。

 一方、『Heart of Resolve』のグループは、優雅な動きで舞う。ミドリ、ミャータ、モモハが流れるように踊る様子を、アオイはちらりと横目で捉えた。彼女たちの動きは軽やかで美しい。

 ミツオが両グループを行き来し、細かく修正を加える。

 ――さすがだなぁ

 アオイは息を切らしつつ、ステップを踏んだと思えば、腕を鋭く振ったり、全身を使った動きに必死で食らいついた。汗が首筋を伝い、Tシャツに染み込んでいく。足がもつれそうになる瞬間が何度もあったが、ミツオの「もう一回!」という声に背中を押され、なんとか耐えた。

 そしてやっと初日のレッスンが終わり、アオイは床に座り込んで肩で息をした。以前の簡単な振り付けとは違い、本格的なダンスに彼の体は悲鳴を上げる。膝が微かに震え、太ももは熱を帯び、肺が空気を求めてヒューヒューと音を立てていた。

「疲れたぁ。運動不足の30歳には堪える……」

 うなだれるアオイに、シオンが冷たいペットボトルを差し出した。透明なボトルに水滴が付き、ひんやりとした感触が手の中に広がる。

「ありがとう、シオンさん……」

 感謝の言葉を呟き、一口飲むと、冷たい水が喉を潤した。汗で濡れた髪が額に張り付き、それを手で払う。すると、シオンがそっと耳打ちをしてきた。

「本当はお兄ちゃんとも一緒に、イベントに出たかったわ」

「あはは。いや、さすがにね……」

 アオイが苦笑いすると、シオンが小さく微笑んだ。

「そうよね」

 その穏やかな笑顔に、疲れが少しだけ和らぐのを感じた。そして体を引きずるように立ち上がり、彼はこれから始まるレッスンの日々に覚悟を決めた。鏡に映る自分の姿は汗だくで、Tシャツが体に張り付いている。どこか頼りなく見えたが、その瞳には、確かに熱い何かが宿っていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...