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第5章
第90話『シロVS謎の少年!?』
しおりを挟む受付を終えたあと、二人は試合開始までの時間を潰すため、会場近くのカフェへと足を運んだ。窓際の席に座ると、シロはカバンからカードケースを取り出し、アオイの前に差し出す。
「これ、アオイさんのデッキです。この前の配信で使った構築と同じなので、たぶん扱いやすいと思いますよ」
「わざわざありがとうございます」
アオイは両手でカードを受け取りながら、頭を下げた。
「ふふふっ。むしろご一緒してもらえて助かってます」
淡い笑顔を浮かべるシロに、アオイはふと視線を下げ、少し言い淀む。
「……実は、シロさんに相談したいことがありまして」
「わたしに、ですか?」
紅茶を一口含んだシロが、カップを静かにソーサーに戻しながら言った。
「はい。……俺、VTuberとしての目標がなくて」
アオイは息を吐きながら、言葉を続けた。
「楽しいとは思ってるんです。音楽も配信も。でも、いざ“目標は?”って聞かれると、何も出てこないんですよ。自分が何のためにやってるのか、時々わからなくなるんです」
「なるほど……」
シロは一度だけ頷き、視線をカップの縁に落とした。
「シロさんは……夢や目標とかって、あるんですか?」
「明確な目標があるわけではないですよ。ただ、VTuberの活動はすごく楽しいですし、なにより——求められていることが嬉しいんです」
アオイは思わず目を細めた。確かに、誰かに求められることは、何より嬉しいと感じる。ウララとして配信しているときも、曲を出して「待ってました」と言われると、言葉にならないほど満たされる感覚があった。
「……わかります。俺も、そういう瞬間はすごく好きです」
ぽつりと、アオイはつぶやいた。
「自分がやりたいことをするのも、とても素敵なことだと思います。でも、それだけでは少し寂しい。誰かに求められて、それを返すことができて、はじめて“意味”が生まれるんじゃないかなって」
シロの言葉に、アオイは自然と西園寺の顔や視聴者たちを思い浮かべた。
「確かに……」
「それでも、それら全部を投げ打ってでも叶えたい夢があるなら、それもまた素敵なことですけどね」
ニコッと笑うシロの横顔に、アオイは思わず息を止めそうになった。まるで、自分の胸の奥を見透かされたかのようで。
――なんか、見抜かれてる気がするな……
「さてさて、そろそろ時間ですね。とりあえず今日は、カラモンを楽しみましょう」
「そっ、そうですね!」
「予選で5戦やって、3勝すれば決勝トーナメントに進めるので、まずはそこを目指しましょう」
「中々厳しい戦いになりそうですね……」
言いながらも、アオイの声はどこか弾んでいた。
「頑張るぞー! えいえいおー!」
シロが突如、両手を上に挙げて小さくポーズを取る。あまりに唐突で、アオイは目を丸くした。
「ほらっ、アオイさんも。えいえいおー!」
「えいえい……おー……」
恥ずかしさを隠せず、アオイも控えめにポーズを真似る。その姿に、シロがくすりと笑った。
***
「……1勝4敗、か……」
予選を終えたアオイは、思わず苦笑いを浮かべた。最初の1勝こそ手応えがあったが、その後はなすすべなく敗北が続いた。
「いっ、1勝できてよかったです……! でも、惜しい場面もありましたよ」
シロがやさしく微笑んだ。
「シロさんはどうでした?」
「ふふふっ。全勝です!」
ピースをするシロに、アオイは小さく肩を落とす。
「ですよね……」
「落ち込まないでください。まだ始めて間もないんですから」
「大丈夫です。予選敗退しちゃいましたけど、楽しかったです!」
シロはその言葉に、ふっとやさしい笑みを浮かべた。
「それなら、よかったです」
その笑顔を見て、アオイは少しだけ顔を赤らめた。
やがて始まった決勝トーナメント。シロは圧倒的な強さで次々と勝ち進み、ついに準決勝へと進出した。
「では、ルミナスドラゴンの広範囲攻撃で勝ちですね」
「うおー!」「すげぇ……」
会場が沸く。シロの周りには観客が集まり、注目の的になっていた。
「つっ、強すぎる……」
対戦相手が苦笑しながら頭を下げると、シロは丁寧に握手を差し出した。
「対戦ありがとうございました」
「そ、そして美しすぎる……」
デレデレの対戦相手。観客席からも声が飛び交う。
「女神様だ……」「俺、後で写真頼もう……」
――……やっぱ、あの美貌だし注目されるよな
参加者の大半が男性。しかも、とんでもない美貌。目立たないはずがない。
そんなシロが、ふいにこちらを見て小さく手を振る。
「勝ちましたよ。いえい」
ピースサインを向けてくる彼女に、視線が一斉にアオイへと向けられる。その目は、明らかに“嫉妬”の色を含んでいた。
――うう、視線が……でも……
ちょっとだけ、誇らしくなってしまう。
***
二人は空いている席に腰を下ろし、水を飲みながら休憩を取っていた。
「さすがですね……」
「ふふふっ。ありがとうございます」
そのとき、近くの観客たちがざわつき始めた。
「やべえよあの小学生!」「あのお姉さんもすごかったけど、あの少年も中々……」
「決勝の相手、強いみたいですね……」
アオイが不安を口にすると、シロはニコッと笑った。
「それは楽しみです」
――……余裕そうだな
そしてアナウンスが響く。決勝戦が始まろうとしていた。
シロの対戦相手は、小柄な少年だった。キャップを深く被り、マスクをつけて、後ろで髪を束ねている。
――子ども……?)
「よろしくお願いしますね」
シロが握手を求めるが、少年は無言のまま、小さく会釈するだけだった。
――無理もないよな。あんな美人を前にしたら、小学生だって緊張するよ
アオイは苦笑しながら席を立つ。
「ちょっとお手洗い、行ってきます」
手を洗い、鏡に映る自分の顔を見つめながら、アオイはシロの言葉を思い出していた。
――全てを投げ打ってでも、叶えたい夢か……
両手で頬を軽く叩き、気を引き締めて会場へ戻る。
***
「「「うおおおお!」」」
戻った瞬間、歓声が響いた。アオイは驚き、観客をかき分けて前へ出た。
「……なにが起きてるんだ……」
するとシロは少し焦った表情を浮かべていた。
「あなた、やりますね……」
盤面には、シロの“ホワイトウルフ”1体だけ。対する少年の場には、5体以上のカラモンが展開されていた。
「やば……どうなってるんですか?」
近くにいた観客が説明してくれる。
「あの少年、ブラックデッキ使いなんだけど……本来は妨害が得意なデッキなんだ。なのに今回は速攻型にしてきた。完全に奇襲ってやつだよ」
「マジか……」
「いやぁ、ホント厄介だよ。あのお姉さんでも厳しいかもしれない」
アオイの額に汗がにじむ。
「わたしはダイアモンドガーディアンを出して、さらに“ホワイトバリア”を展開します」
「おっ! これで多少は持ちこたえられるか?」
観客の1人がそう言うと、少年が静かにカードを盤面に出す。
「あっ、あれは……!」
「な、なんですか?」
「“ブラックアウト”……相手のマジックアイテムをすべて破壊し、さらに相手のカラモンの防御力を下げる最悪のカード……!」
――……うわ、最悪すぎる
その瞬間、少年が指を自分のカラモンに乗せ、その指をダイアモンドガーディアンに移し、トントンと叩いた。
「ガーディアンが……落ちた……」
「絶対絶滅……」
「それにしても、あいつ、一言もしゃべらないよな……」
周りの声に、アオイが不安そうにシロを見つめると、シロの口元に笑みが浮かんでいた。
「ダイアモンドガーディアンが破壊された時、“ホーリーリング”を発動します」
会場が沸く。
「セメタリーゾーンから、スターランサー2体を場に出します。そして私のターン。シルバーナイトを追加で召喚、さらに10枚をセメタリーゾーンに送り、“ルミナスホワイトエンジェル”を召喚」
「ルミナスホワイトエンジェルを大会で!?」
「やば……これ、大逆転あるぞ……」
「3体をセメタリーゾーンに送り、相手のカラモンを3体破壊します。そしてルミナスホワイトエンジェルで攻撃!」
相手の最後のカラモンが場から消えた。
「勝者、七塚シロ選手!!」
「すげぇえええ!」「大逆転……!」
――……さすがだ
「対戦ありがとうございました」
シロが手を差し出すが、少年は無言のまま立ち上がり、握手せずに去っていった。
「なんだったんだ、あの少年……。あっ、お疲れ様です、シロさん!」
振り返ったシロが、満面の笑みでピースをしてくる。
「優勝です!」
「あはは……おめでとうございます!」
そう言った矢先、立ち上がりかけたシロがふらりとよろめく。
「だっ、大丈夫ですか?」
アオイは慌ててシロの体を支えた。
「すみません……ちょっと疲れちゃいました」
「とりあえず、どこかで休みましょう!」
アオイはシロを一度座らせ、彼女に背を向けて膝をついた。
「乗ってください」
「えっ!? でも、わたし重いかも……」
「いいから、乗ってください!」
「……はい」
そっと背中に乗ったシロを感じながら、アオイは立ち上がる。
「……え?」
「すいません、重いですよね……」
「いや……全然です」
――軽っ……!
アオイはシロのあまりの軽さに驚きつつ、そのまま彼女を背負って、カフェへと向かって歩き出した。
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