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WORKS3 転生社畜、女子高生と見つける

💰なんの呪文かな?

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「なるほど。……もぐもぐ。ほれで、……ごくっ。ボクのところに、……あむっ。相談そふはんた――」
「食べるのか、喋るのか、どっちかにしろよ」

 うろこの盾をどう売ればいいのか。
 そのアドバイスを貰うため、ダリスは手土産を持参でチトセの部屋を訪れていた。
 先ほどから彼女が頬張っているのは、手土産に買ってきたクレープだ。

 クレープといっても、果物と生クリームが入ったスタンダードなヤツではなく、もちろん通好みのシュガーバターでもなく、肉と野菜がたっぷり入った惣菜クレープである。

 センスがない、などと思わないで頂きたい。
 この世界でクレープといえば、この肉と野菜のクレープなのだ。
 スイーツとしてのクレープという概念がない。だからそもそも売っていない。

 ホイップクリームを使ったお菓子はあるし、果物だって手に入るから、スイーツとして出したら売れるんじゃないかと思って、チトセに相談してみたら、

「うーん。みんな、クレープといえば軽食って認識なわけでしょ。今は存在しないスイーツだし、イメージが定着するまでは苦戦するんじゃないかな。それに、そもそもだけど……ダリスはクレープ屋さんをやりたいの?」

 と言われ、考え直した。
 ダリスは別にクレープがそれほど好きではないし、ましてやクレープ屋をやりたいわけでもない。

「資本だけ出して、別の誰かにやらせるっていうんなら、まあ無しではないと思うけど。まだそんな余裕はないもんね」
「…………だな」

 以上、クレーププロジェクト終了。



 ここはチトセの部屋。つまり女子高生の部屋。
 といっても、誰も私物を買うような金銭的余裕はないから、ジュハの部屋も、ヨミの部屋も、もちろんダリスの部屋も変わり映えはしない。

 家財が統一されたホテルの一室みたいなものだ。
 強いて言えば匂いが……いや、やめておこう。

「さて、と。どうやって商品を売ればいいか、だっけ」

 あっという間にクレープを胃の中に収めたチトセが、口元を拭きながら話を進める。気持ちがいい食べっぷりだ。買ってきた甲斐がある。

「そうだ。今、俺が売れるものは『うろこの盾』だけ。しかも作るのも俺だから……まあ、一ヶ月に三十、多くて五十。わざわざ店舗を借りて店を開くのはコスパが悪いだろう? かといって――」
「あー、はいはいはい。そういうのは後でいいや」

 話してる途中なのに、『はいはいはい』って雑に遮られた。
 なんというか展開の既視感デジャヴがすごい。『それは愚痴』って切り捨てられた前回よりはマシかもしれないけど。

「後でって……。俺はそれを相談したくて――」
「いいんだよ。売り場なんて、目的に合わせて選ぶ手段でしかないんだから」
「そう……なのか」

 なんとなく商品を売るのにお店は必要なんだと思っていた。
 立派な店舗を借りるのは無しだろうから、露店で路上販売とか、屋台を引いてダンジョン近くでとか、そういう方向で相談しようかと……。

「ダリスは購買行動のフレームワークをいくつ知ってる?」
「…………?」

 ダリスがいつものようにポカンとしていると、

「だから、AIDAアイダとかAIDMAアイドマとか、新しいのだとULSSASウルサスとか、RsEsPsレスプスモデルとか、5A理論とか、そういうやつ」

 チトセの口から呪文みたいな言葉が飛び出してきた。
 もちろんダリスは聞いたことが無い。よしんば聞いたことがあったとしても覚えていない。

「……ちょ……っと、聞き覚えが無いっすね」
「そっか。ダリスに聞いたボクが間違ってたよ、ゴメンね」

 口調が無意識に敬語、というか先輩に返事をしたような口調になってしまった。
 そんなダリスの顔を、チトセが何とも言えない哀しそうな目で見てくる。
 泣きたいのはコッチだ。

「簡単に言うと、人が商品やサービスを購入するまでに取る行動のこと。一番基本的なのがAIDAで、Attention(認知)、Interest(興味、関心)、Desire(欲求)、Action(行動)の頭文字を取ったものなんだ」

 はい、もう無理。ギブアップ。
 そんな流れるように説明されても、頭に入ってくるわけがない。 

「えーっと、認知、欲求、……あとなんだっけ?」
「認知、興味、欲求、行動。商品のことを知って、商品に興味を持って、商品が欲しいと思ってから、商品を買う。それだけ」
「……なんか、当たり前のことを言ってない?」

 前も同じことを思ったけど、ビジネス用語はわざわざ難しい言い方をするのをどうにかした方がいい。
 アイダって覚えるよりも『認知、興味、欲求、行動』で暗記した方が意味も忘れないと思うんだけど。

 海外から入ってきた言葉だからって、そのまま使わなきゃいけない決まりなんて無いんだぞ。

「当たり前のことでも、それ言語化することが大切なんだよ」
「ふーん。そういうものか」
「対してULSSASは比較的新しいフレームワークで、SNSを活用したUGCが大切だって内容になってる」

 お、それは知ってるぞ。甘くて飲みやすいんだよな。
 でも……。

「なんで急にコーヒーの話が出てくるんだ?」
「それはUCC。UGCはUser Generated Contentの略で……、いいや、面倒くさい。ユーザーが『これいいよ!』ってアップした内容がバズったりするアレだと思ってくれれば大丈夫」
「あー、バズね。なるほど」

 高校の頃からの友達がたまたまバズったときに、『ちょwお前のツイート伸びすぎw』ってやったことがある。アレが大切なのか。よくわからん。

「この世界にはSNSどころかインターネットも無いし、それどころかテレビやラジオすら無いから、まずはAIDAをベースに考えてみよう」
「…………あい」

 ここまででも十分難しかったのに、チトセ先生の授業はここからが本番らしい。
 はじまる前から頭からシューッと煙が出ている気がする。(気のせい)



💰Tips

【UGC】
 User Generated Contentの略で、商品やサービスとは全く関係のない一般のユーザーが制作したコンテンツのこと。動画、画像、テキストなどの形態は問わない。
 ユーザーが自主的に発信するUGCは、企業が宣伝目的で発信するコンテンツよりも、拡散されたときにムーブメントを起こす効果が高いため、重要であるとされる。

 UGCの反対語はプロが作ったコンテンツという意味で、PGC(Professional Generated Content)と呼ばれる。
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