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WORKS4 転生社畜、女子高生とはじめる

💰男には引けないときがある

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「で、断っちゃったんだ」
「アイツ、俺たちが儲かってるからって後乗りしようとしやがって。いや、もしかしたら俺たちのビジネスを乗っ取る気かもしれない」
「うーん。可能性がないとはいえないけど……、本当にそうなのかなあ」

 ダンジョンから帰ってきたチトセは、道具を片付けながら背中越しにダリスと会話する。
 ナーガリザードの鱗がたっぷりと入った袋を、執務室の隅にある道具置き場に無造作に積みあげる。
 いつも通りなら、袋の中に百枚くらい鱗が入っているはずだ。

「ホークスブリゲイドが人を出してくれて、素材の収集に加えて盾の制作も手伝ってくれるって言ってるんでしょ? 盾の売価を金貨5枚にする代わりに、金貨3枚はこっちにくれるなんて、かなり良心的な条件だと思うんだけど」

 片付けを終えたチトセがデスクの近くまで寄ってきた。
 ダリスは黙って金貨を2枚、銀貨を5枚取り出してチトセの手に乗せる。

 うろこの盾がヒットしたことで、チトセたちにも報酬を渡せるようになった。
 いま渡した硬貨は先月の分だ。

 報酬はうろこの盾の売却益の5%(銅貨は四捨五入)。三人分だと15%にも上るが、それだけの価値が今の彼らにはある。

 チトセが周りのモンスターを倒し、ヨミがモンスターを麻痺させ、ジュハが素材を剥ぎ取る。誰が欠けても今のような成果を保つことはできない。

「条件は良いんだけど……。五倍に値上げなんかしたら、今までみたいに買ってもらえるかわからないだろ」
「そのために特殊な染料で色付けして、グロテスクなイメージを一新するって提案も彼は持ってきてるじゃない」

『あの血に塗れたような赤黒いカラーは気味が悪いから、シックなモノトーンカラーに塗装しちゃいましょう』と、得意げに語っていたショウの顔を思い出す。
 ダリスだって、あの色はいつかは改善しなくちゃならないと思っていた。ただ、忙しすぎて手が回らなかっただけだ。

「それに隣町まで売りに行く計画も立ててるって。ボクはありだと思うよ。だって、このままのペースで売ってたら、この街で必要としている人に行き渡るのは時間の問題だもん」

 やっぱりそうか。薄々だが、その可能性にはダリスも気づいていた。
 ジュハがうろこの盾を使うようになってから、盾を買い替えることが無くなった。
 ラウンドシールドを使っていたときは、いくつ買っても足りないと思っていたのに。

 それは、うろこの盾を買っていった人たちも同じだ。
 一度買えばしばらく買い替える必要がない。それは需要が徐々に減っていくということでもある。

「そ、そんなことはわかってる。でも、アイツと手を組むってことは『モンスターから素材を収集する方法』を教えるってことじゃないか。やり方さえわかってしまえば、いずれ俺たちは排除されるに決まってる。むしろ、そのためのエサとして好条件を出してきているのかもしれない」

 ダリスがうろこの盾で大きな稼ぎを得られているのは、自分達しか知らないノウハウを持っているというアドバンテージがあるからだ。
 それを失ってしまえば、その先に待っているのは……。

「秘密にしてたって、バレるのは時間の問題じゃん。モンスターの素材はダンジョンでしか採取できないんだから、いつまでも隠し通せるものじゃない」
「それは…………ッ」

 チトセの言う通りだと思う。

 最近は蛇トカゲの沼地(静かな湖畔のダンジョンにある不人気エリア)にナーガリザードを狩りに行くと、離れたところから視線を感じることがある。

 一応、素材を採取するときは身体を目隠しにするようにしているが、その前にモンスターを魔法で麻痺させていることはもうバレているかもしれない。

 モンスターから素材を収集する方法の一番のキモは、モンスターを抵抗できない状態にして生きながらに素材を剥ぎ取ること。
 もちろん更に突き詰めれば、モンスターに回復魔法をかけながら素材を剥ぐと沢山剥げるとか、なるべく戦闘力の低い人に素材剥ぎをやらせた方が効率がいいとかあるけど。
 そんなことは回数をこなせば誰だって気づく。

「だったら、高く売れるときに好条件で売った方が良くない?」
「……………………」

 ダリスは口をつぐむ。
 頭の中ではホークスブリゲイドと手を組んだ方が得だということは理解している。しかし、もう手遅れだ。その選択肢だけは選べない。

「………………った」

 ダリスの声が小さすぎて、チトセが「え?」と聞き返してくる。

「アイツに『俺たちだけで十分だから、二度とココにくるんじゃねぇ』って言った」
「なんだ、そんなことか。別にいいじゃん、『やっぱり手を組みましょう』って言いに行けば良いだけ――」
「一度、啖呵たんかを切ったんだ。そんなダサいこと、できるわけないだろ!!」
「なにそれ。くっだらない」

 声を荒げたダリスに向けられる、冷たい視線。
 しかし、今回ばかりは引けない。

 ショウは言った。『このままでは、きっと後悔することになりますよ』と。
 さらには『これが最後のチャンスです』なんて、最後通牒まで突きつけてきやがった。

 アイツは今までもずっとそうだった。
 名伯楽だなんだと調子のいいことを言っておだてながら、目の奥では『私の手下になれ』『私ならお前をもっと上手く使える』と、ダリスのことを見下していた。

 犬も食わないプライドかもしれない。
 だけど、ここでアイツの手を取ったら。ましてや頭なんか下げたら。
 きっとダリスは、二度とショウに頭が上がらなくなる。

 この話をチトセにするのも、ちっぽけなプライドが邪魔をしていた。
 静寂がしばらく続いた後、チトセは小さくため息をつくと、

「決めるのはダリスだから、別に良いけど」

 フイッと顔をそむけ、足早に執務室をあとにする。
 力強い音を立てて、執務室の扉が閉められた。

 戦闘力Sの力に八つ当たりされた扉は、本来止まるべき場所を大幅に通り過ぎた。
 あれは絶対『別に良い』なんて思っていない。

「大丈夫さ。今はまだうろこの盾が十分に稼いでくれている。今のうちに新しい武具を開発すれば需要の問題だって解決するんだ。大丈夫。俺なら、やれる……ッ」

 しかし、それから数日も経たないうちに。
 ダリスは自分の考えがいかに甘かったのか、思い知ることになる。



〇現時点の収支報告(2ヵ月分)
  資金:金貨58枚と銀貨3枚(583万円)
  収入:金貨20枚(200万円) ※魔光石売却益
     金貨95枚(950万円) ※うろこの盾95個分の売却益
  支出:▲金貨3枚(30万円) ※2ヵ月の生活費(奴隷3名含む)
     ▲金貨4枚(40万円) ※2ヵ月の消耗品費・雑費
     ▲金貨2枚(20万円) ※2ヵ月の装備補修・買い替え費
     ▲金貨20枚(200万円) ※奴隷購入費の分割払い(2ヵ月分)
     ▲金貨19枚(190万円) ※ラウンドシールド95個分の仕入れ費
     ▲金貨14枚と銀貨4枚(144万円) ※奴隷への特別報酬(2カ月分)

 残資金:金貨110枚と銀貨9枚(1109万円)

 買掛金:▲金貨60枚(▲600万円) ※奴隷購入費の支払い残額(負債)



💰Tips

【最後通牒】
 元々は外交文書の一つである。
 これ以上は譲歩の余地がない、最終的な要求を文書で提示し、相手が受け入れなければ交渉を打ち切るという意思の表明である。
 交渉を打ち切った後に始まるのは全面戦争であり、戦争の宣言に準ずる。

 このことから、外交に限らず交渉全般において、「これを飲めないなら交渉決裂である」という最終的な条件を提示することを最後通牒という場合がある。
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