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第2話 「精霊の王」
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「ふぅ...」
ようやく人心地つくと、じわじわと情けなさと悔しさに心を蝕まれる感覚を覚え、目が眩みそうになる。親が決めたこととはいえ、一度はこの人と生きるのだと決心し、私なりにレオンを愛そうと努めたつもりだった。レオンにその気があるのかどうかはっきりわからなかったところには目を背けつつも、私なりに化粧や衣装には精一杯の努力をしたし、公爵家の伴侶として相応しい見識を身につけるべく、政治や軍事、魔法についても勉学を重ねた。それら全てが、ごくわずかな間に無意味となったのだ。
「...ぐすっ」
張り詰めた気持ちが一気に緩めば、必死で抑え込んでいた哀しみの感情が、熱い涙となってこぼれ落ちてくる。彼らの前では決して見せたくなかったから頑張っていたけれど、今はもう誰の目もないのだから、好きに泣かせてもらおう。その時だった。
「...そう悲しい顔をするな、娘よ」
外にいる馭者を除けば、私以外誰もいないはずの馬車の中で、見知らぬ男性の声が響いた。
「誰っ?!」
思わず辺りを見回すが、もちろん私以外の人影などない。哀しみのあまり、幻聴が聞こえたのだろうか。
「いやいや、失礼した。私としたことが......」
やはり、気のせいではなかった。また確かに男の声がする。
不思議な安心感と渋みのある、落ち着いた声だった。異常な状況下でありながら、私がパニックにならずにいられたのは、ひとえにその声に篭った優しさのようなものが理解できたからだ。
「誰なの?」
「私は精霊王......というと大袈裟だが、皆がそう呼ぶのだから仕方がない。それで、ええとなんだっけな、そうだ。自己紹介だった。私は精霊王アキュラ」
声がそういい終わるや否や、ぼんやりとした光が目の前に現れ、それがやがて小さなドラゴンの形を成した。
精霊王と名乗る男の声は、その愛らしささえ感じるちびドラゴンが紛れもなく発しているようだ。
「私の姿が見えるかな?」
「...ええ、見えます。あなたの名前はわかったけれど......精霊王とは?」
「なるほど、血は争えぬ...いやいや、こちらの話だ。私の姿が見えるなら話は早いな。話すと長いのでざっくりいえば、えー、私は君を守る守護精霊のようなものだ。気楽に構えてくれていい」
「......守護精霊?」
何かの文献で読んだ記述をぼんやりと思い出す。今でこそ魔法全盛期だが、かつては精霊と人が手を携え、精霊の力を通じてのみ、魔法が使えた時代があったとかなかったとか......
「そう、守護精霊。まぁ、君の祖母の代からの付き合いだから、ごく最近の話なのだが」
「おばあさまの?」
「まぁその辺はおいおい語ることもあるだろうが、それはさておき、君があまりに気の毒だったんでね」
「気の毒?」
「なぁに、今どき精霊の守護なんてのは厄介の種でしかない。君が幸せになるのなら、私が表に出ることもなくのんびり見守ろうと思っていたんだが...つい口を出してしまったのさ」
「つまり......あなたは今までずっと私にくっついていたってこと?」
つい不審げな声を漏らすと、精霊王は慌てたように羽根をパタパタさせて矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
「いやいや、私も紳士だ。基本的に君に何かが起きない限りは常時眠っているようなものだから安心したまえ」
「眠る?」
「そう、だが今の君はかつてない悲しみに襲われて、心が恐ろしく弱っている」
「それは......」
「ゆえに、守護対象の危機ということでちょいと励まそうと思ったわけだ」
そういって胸を張る小さなドラゴンを見ていると、ぽっかりと空虚だった胸の内になんだか温かいものが溢れてくる気がして、私もつい笑い出していた。
「ふふ......へんなの」
「この精霊王アキュラを捕まえて変なの呼ばわりとは!ふふん、が、まぁ良いわ。やはり涙より笑顔の方がいいぞ」
アキュラはそう言ってうんうん、と頷いた。
「アキュラ...... ありがとう」
出会って数刻にもならないこのちびドラゴンが、本気で私を心配してくれていることは、なんとなく感じ取れた。言葉ではない、何かひどく温かで優しい何かが私の中に流れ込んで満たそうとしてくれている。それがわかったからだ。あるいはそれがこの精霊王アキュラの力なのかもしれなかった。
「ああ、一応言っておくとだな。資質のあるものにしか私の姿は見えぬ」
「なるほど?」
「ゆえに、人前で私と話す時は口を開かずに、念じるといい。私とそなたの間には既に道が開いているからな」
「道......」
「意識を集中して、こころの中で私に話しかけてみるといい」
「意識......」
言われるがままに、なんとなくアキュラの方を意識して念じてみることにする。
(聞こえるかしら......)
(うむ、聞こえておるぞ)
「うわっ?!」
突然意識の中にアキュラの言葉が流れ込んできて、びっくりして声を出してしまった。
「そうそう、さすがだな。これで人前で独り言を言う悲しい女の子に思われずにすむというものだ」
「はぁ......」
婚約破棄の衝撃から、突然の精霊王の闖入、そして謎の会話技術。
貴族の妻として大過ない人生を送るはずだった私の予定は、すっかり狂ってしまったようだ。
ようやく人心地つくと、じわじわと情けなさと悔しさに心を蝕まれる感覚を覚え、目が眩みそうになる。親が決めたこととはいえ、一度はこの人と生きるのだと決心し、私なりにレオンを愛そうと努めたつもりだった。レオンにその気があるのかどうかはっきりわからなかったところには目を背けつつも、私なりに化粧や衣装には精一杯の努力をしたし、公爵家の伴侶として相応しい見識を身につけるべく、政治や軍事、魔法についても勉学を重ねた。それら全てが、ごくわずかな間に無意味となったのだ。
「...ぐすっ」
張り詰めた気持ちが一気に緩めば、必死で抑え込んでいた哀しみの感情が、熱い涙となってこぼれ落ちてくる。彼らの前では決して見せたくなかったから頑張っていたけれど、今はもう誰の目もないのだから、好きに泣かせてもらおう。その時だった。
「...そう悲しい顔をするな、娘よ」
外にいる馭者を除けば、私以外誰もいないはずの馬車の中で、見知らぬ男性の声が響いた。
「誰っ?!」
思わず辺りを見回すが、もちろん私以外の人影などない。哀しみのあまり、幻聴が聞こえたのだろうか。
「いやいや、失礼した。私としたことが......」
やはり、気のせいではなかった。また確かに男の声がする。
不思議な安心感と渋みのある、落ち着いた声だった。異常な状況下でありながら、私がパニックにならずにいられたのは、ひとえにその声に篭った優しさのようなものが理解できたからだ。
「誰なの?」
「私は精霊王......というと大袈裟だが、皆がそう呼ぶのだから仕方がない。それで、ええとなんだっけな、そうだ。自己紹介だった。私は精霊王アキュラ」
声がそういい終わるや否や、ぼんやりとした光が目の前に現れ、それがやがて小さなドラゴンの形を成した。
精霊王と名乗る男の声は、その愛らしささえ感じるちびドラゴンが紛れもなく発しているようだ。
「私の姿が見えるかな?」
「...ええ、見えます。あなたの名前はわかったけれど......精霊王とは?」
「なるほど、血は争えぬ...いやいや、こちらの話だ。私の姿が見えるなら話は早いな。話すと長いのでざっくりいえば、えー、私は君を守る守護精霊のようなものだ。気楽に構えてくれていい」
「......守護精霊?」
何かの文献で読んだ記述をぼんやりと思い出す。今でこそ魔法全盛期だが、かつては精霊と人が手を携え、精霊の力を通じてのみ、魔法が使えた時代があったとかなかったとか......
「そう、守護精霊。まぁ、君の祖母の代からの付き合いだから、ごく最近の話なのだが」
「おばあさまの?」
「まぁその辺はおいおい語ることもあるだろうが、それはさておき、君があまりに気の毒だったんでね」
「気の毒?」
「なぁに、今どき精霊の守護なんてのは厄介の種でしかない。君が幸せになるのなら、私が表に出ることもなくのんびり見守ろうと思っていたんだが...つい口を出してしまったのさ」
「つまり......あなたは今までずっと私にくっついていたってこと?」
つい不審げな声を漏らすと、精霊王は慌てたように羽根をパタパタさせて矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
「いやいや、私も紳士だ。基本的に君に何かが起きない限りは常時眠っているようなものだから安心したまえ」
「眠る?」
「そう、だが今の君はかつてない悲しみに襲われて、心が恐ろしく弱っている」
「それは......」
「ゆえに、守護対象の危機ということでちょいと励まそうと思ったわけだ」
そういって胸を張る小さなドラゴンを見ていると、ぽっかりと空虚だった胸の内になんだか温かいものが溢れてくる気がして、私もつい笑い出していた。
「ふふ......へんなの」
「この精霊王アキュラを捕まえて変なの呼ばわりとは!ふふん、が、まぁ良いわ。やはり涙より笑顔の方がいいぞ」
アキュラはそう言ってうんうん、と頷いた。
「アキュラ...... ありがとう」
出会って数刻にもならないこのちびドラゴンが、本気で私を心配してくれていることは、なんとなく感じ取れた。言葉ではない、何かひどく温かで優しい何かが私の中に流れ込んで満たそうとしてくれている。それがわかったからだ。あるいはそれがこの精霊王アキュラの力なのかもしれなかった。
「ああ、一応言っておくとだな。資質のあるものにしか私の姿は見えぬ」
「なるほど?」
「ゆえに、人前で私と話す時は口を開かずに、念じるといい。私とそなたの間には既に道が開いているからな」
「道......」
「意識を集中して、こころの中で私に話しかけてみるといい」
「意識......」
言われるがままに、なんとなくアキュラの方を意識して念じてみることにする。
(聞こえるかしら......)
(うむ、聞こえておるぞ)
「うわっ?!」
突然意識の中にアキュラの言葉が流れ込んできて、びっくりして声を出してしまった。
「そうそう、さすがだな。これで人前で独り言を言う悲しい女の子に思われずにすむというものだ」
「はぁ......」
婚約破棄の衝撃から、突然の精霊王の闖入、そして謎の会話技術。
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