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第3話 「父への報告」
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「一度眼を覚ましたからには、しばらく君の人生に付き合おうと思うよ。かまわないかな?」
「守ってくれるってこと?」
「まぁ、そうだな。君のお祖母さんやお母さんには世話になったからな」
「母上のことを知っているの?」
思わず食い気味に問いかけてしまう。
私の母は、私がまだ幼いうちに亡くなっていて、思い出はほとんどない。急な病死だったとだけ聞かされていて、父もそのことになると途端に口が重くなるのだった。だから、私は母のことをほとんど知らないまま育ったのだ。
「ああ、そうだとも。君のことを頼まれたのでね。だが、今日は色々あった。とりあえずはゆっくり休むといい」
「それはそうね......」
聞きたいことは山ほどあったが、予想外の出来事の連続で、私の脳の処理能力は限界を迎えていた。
精霊王の言葉に甘えて、眼を閉じる。するとたちまち、意識が闇に溶けていった......。
ー数十分後。
「着いたようだよ」
アキュラの声で眼を覚ますと、「お嬢様、到着いたしました」という声と共に馭者が扉を開けてくれた。
アキュラが鎮座する馬車の中を見ても驚く様子はない。
なるほど、本当に私以外には姿が見えないのだ。
「ありがとう。今日はもう休んでください」
馭者を労ってから、屋敷の玄関へと脚を運ぶ。
執事のクレイトンが深々と頭を下げて出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お食事のご用意ができておりますが......」
「ありがとう、クレイトン。でもまずはお父様にご報告せねばならぬことがあります。お父様はご在宅?」
「はい、伯爵様は書斎にいらっしゃるかと」
「わかりました。食事はその後に」
「かしこまりました」
婚約破棄を伝えるのは気が進まないが、いずれ公爵家からも正式に申し入れがあるだろう。
その際に父が知らないというのはあまりに間抜けなことになる。それに、嫌な仕事というのはできるだけ早く片付けたほうが良いものだ。アキュラに色々問いただしたい気持ちはぐっと抑えて、まずは父の書斎へと足を向けた。アキュラは何かを察したのか、静かにふわふわと付いてくるだけだった。意外に空気が読めるのかもしれない、とちょっと感心してしまう。
「失礼いたします」
軽くノックしてから父の書斎に足を踏み入れると、父ーローズウッド伯爵は、椅子に腰掛けて分厚い本をパラパラとめくっていた。
「おお、エレナ。レオン殿と話は弾んだかな」
「...... それは」
いきなりぐっと言葉に詰まる。やはり父はまだ何も知らないようだった。
先ほどの屈辱が思い出されて、高まりだす動悸を深呼吸でぐっと抑え込む。
もう涙は十分に流した。父を無用に哀しませたくはない。
「......婚約は取り消したいと」
父にとってもその言葉は予想の範疇をはるかに超えていたのだろう。
はっとしたように眼を見開き、しかしそこは年の功なのか、それ以上は取り乱すことなく「そうか」と頷いた。
「それで......エレナはどうしたい?」
やっきになって事情を聞くでもなく、ただ優しくそう問うてくれる。
その親心が染み入ってまた涙が出そうになるが、再び堪えて冷静を装うことに全神経を集中した。
「レオン様がそう望むのであれば、ぜひもないこと。身を引きたいと思います」
「......そうか。すまなかった」
そう言って父は深々と頭を下げた。自分が持ってきた縁談話ゆえに、罪悪感が大きいのだろう。
普段は温厚で冷静な父の顔が、かつて見たことがない憂いに覆われていた。なんだかそこまで落ち込まれると、逆に自分の責任のようなものを感じてしまう。だから、堪えかけた涙がこぼれ落ちそうになる前に、父の前を退出することにした。
「......そういうわけなので、今日は早く休みます」
「......そうしなさい。...そうだ、しばらくの間"ガーデン"でゆっくり静養するのもいいかもしれないな」
ふと思いついたように父が口にしたのは、ローズウッド家の持つ古い荘園の名だ。
首都からは馬車で3時間ほど離れた、閑静で静かな土地に、先祖代々伝わる立派な庭園付きの別宅があった。
確かに、しばらくと言わずずっとそこで隠棲するのもいいのかもしれない。半ば捨て鉢にそんなことを思う。
「はい。では......」
とはいえ、今はもう何も考えたくない。父の前をそそくさと退出し、クレイトンに食事は摂らないことを告げて、自分の部屋に逃げ込むように入った。その間もアキュラは何も言わずに私の周りを漂っているだけだった。
「守ってくれるってこと?」
「まぁ、そうだな。君のお祖母さんやお母さんには世話になったからな」
「母上のことを知っているの?」
思わず食い気味に問いかけてしまう。
私の母は、私がまだ幼いうちに亡くなっていて、思い出はほとんどない。急な病死だったとだけ聞かされていて、父もそのことになると途端に口が重くなるのだった。だから、私は母のことをほとんど知らないまま育ったのだ。
「ああ、そうだとも。君のことを頼まれたのでね。だが、今日は色々あった。とりあえずはゆっくり休むといい」
「それはそうね......」
聞きたいことは山ほどあったが、予想外の出来事の連続で、私の脳の処理能力は限界を迎えていた。
精霊王の言葉に甘えて、眼を閉じる。するとたちまち、意識が闇に溶けていった......。
ー数十分後。
「着いたようだよ」
アキュラの声で眼を覚ますと、「お嬢様、到着いたしました」という声と共に馭者が扉を開けてくれた。
アキュラが鎮座する馬車の中を見ても驚く様子はない。
なるほど、本当に私以外には姿が見えないのだ。
「ありがとう。今日はもう休んでください」
馭者を労ってから、屋敷の玄関へと脚を運ぶ。
執事のクレイトンが深々と頭を下げて出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お食事のご用意ができておりますが......」
「ありがとう、クレイトン。でもまずはお父様にご報告せねばならぬことがあります。お父様はご在宅?」
「はい、伯爵様は書斎にいらっしゃるかと」
「わかりました。食事はその後に」
「かしこまりました」
婚約破棄を伝えるのは気が進まないが、いずれ公爵家からも正式に申し入れがあるだろう。
その際に父が知らないというのはあまりに間抜けなことになる。それに、嫌な仕事というのはできるだけ早く片付けたほうが良いものだ。アキュラに色々問いただしたい気持ちはぐっと抑えて、まずは父の書斎へと足を向けた。アキュラは何かを察したのか、静かにふわふわと付いてくるだけだった。意外に空気が読めるのかもしれない、とちょっと感心してしまう。
「失礼いたします」
軽くノックしてから父の書斎に足を踏み入れると、父ーローズウッド伯爵は、椅子に腰掛けて分厚い本をパラパラとめくっていた。
「おお、エレナ。レオン殿と話は弾んだかな」
「...... それは」
いきなりぐっと言葉に詰まる。やはり父はまだ何も知らないようだった。
先ほどの屈辱が思い出されて、高まりだす動悸を深呼吸でぐっと抑え込む。
もう涙は十分に流した。父を無用に哀しませたくはない。
「......婚約は取り消したいと」
父にとってもその言葉は予想の範疇をはるかに超えていたのだろう。
はっとしたように眼を見開き、しかしそこは年の功なのか、それ以上は取り乱すことなく「そうか」と頷いた。
「それで......エレナはどうしたい?」
やっきになって事情を聞くでもなく、ただ優しくそう問うてくれる。
その親心が染み入ってまた涙が出そうになるが、再び堪えて冷静を装うことに全神経を集中した。
「レオン様がそう望むのであれば、ぜひもないこと。身を引きたいと思います」
「......そうか。すまなかった」
そう言って父は深々と頭を下げた。自分が持ってきた縁談話ゆえに、罪悪感が大きいのだろう。
普段は温厚で冷静な父の顔が、かつて見たことがない憂いに覆われていた。なんだかそこまで落ち込まれると、逆に自分の責任のようなものを感じてしまう。だから、堪えかけた涙がこぼれ落ちそうになる前に、父の前を退出することにした。
「......そういうわけなので、今日は早く休みます」
「......そうしなさい。...そうだ、しばらくの間"ガーデン"でゆっくり静養するのもいいかもしれないな」
ふと思いついたように父が口にしたのは、ローズウッド家の持つ古い荘園の名だ。
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確かに、しばらくと言わずずっとそこで隠棲するのもいいのかもしれない。半ば捨て鉢にそんなことを思う。
「はい。では......」
とはいえ、今はもう何も考えたくない。父の前をそそくさと退出し、クレイトンに食事は摂らないことを告げて、自分の部屋に逃げ込むように入った。その間もアキュラは何も言わずに私の周りを漂っているだけだった。
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