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第4話 「旅立ち」
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気がつけば、朝になっていた。昨日は入浴も食事もせずにベッドに入ってしまったわけだ。
淑女にあるまじき行ないだが、レオンに呼ばれる前に湯浴みだけはしていったから、さほど身体は汚れていなかったろう、と自分に言い訳をする。と同時に、婚約者に呼び出される前にいそいそと身繕いをしたことが、その後に待ち構えていた展開を思うとひどく滑稽でみじめに思えてきてしまう。
「......とにかく、ガーデンへ行こう」
自らを鼓舞するように言葉を口に出すと、少し心が軽くなった。
人の心は変えようがない。であるならば、さっさと振り切って忘れたほうがいい。
何かを忘れるには、まず環境を変えるのが良いとかなんとか、何かの書物にもそう書いてあった気がする。
「私もそれが良いと思うね。うん、実に賛成だ。早く行こう」
「っ...」
そうだった。この精霊王と名乗る謎のちびドラゴンは、当たり前のように私の隣をぷかぷかしているのだった。
「ガーデンは私も気に入っていてね。力の補充にもなるし...君がゆっくりと休むのにこれ以上の場所はない」
「ガーデンを知っているのね」
「それはもう。多分君より過ごした時間は長いだろうよ」
「...... そう」
それは母や祖母と過ごした時間なのだろうか。昨晩から色々聞きたい気持ちがずっと胸に渦巻いてはいたけれど、しかしそれ以上の欠落というか、虚しいような気持ちが上回っていた。
それ以上は深く追求せず、ガーデンへの旅立つ準備に専念することにした。
階下に降りていくと、父が静かに朝食をとっていた。
やはり、私の肩に座り込んだアキュラのことは見えていないようだ。
「......おはようございます」
「ああ、おはよう」
気落ちしていることを悟られないようにできるだけ普段の声を出したつもりだったが、どうにも自信がなかった。
父は何も気づかないように穏やかに返事をしてくれたのが救いだった。
「そういえば、昨日のうちにガーデンへ早馬を出しておいた。好きなときに出かけなさい」
そう言って父は優しく微笑む。つくづく、父親には恵まれたと思う。婚約者には恵まれなかったが。
「ありがとうございます。では、朝食を終えたらすぐにでも」
「......そうか。私も行きたいところだが、来客があってね」
そういう父の顔にごくわずかな影がよぎったのを見て、おそらく婚約破棄の件で公爵が来るのだろうと理解する。
個人的に公爵は嫌いではなかったが、今このタイミングで顔を合わせたくはない。
公爵が来訪する前に、さっさと出発するほうが良さそうだ。
「いえ、お父上には申し訳ありませんが、しばらく一人になりたいと思っていましたので......」
「そうか、そうだな。では、心ゆくまでガーデンでゆっくりしなさい」
「はい、ありがとうございます。供にはサキを連れて行きます」
私は、幼い頃から私の面倒を見てくれている侍女の名を挙げた。
「それなら安心だ。時折文は送ってくれよ」
「はい、では......」
食事を切り上げて父の前を退出すると、近くに控えていたクレイトンにサキをガーデンへ伴うことを告げた。
ローズウッド家の家政を取り仕切るクレイトンのことだ、すでに父から私の婚約破棄のことは聞いているのだろう。
が、そんな様子はまったく見せることなく、この忠実な老いた執事はにこにこと頷いた。
「今は良い季節でございますからねぇ......サキには昨晩のうちから準備をさせておりました。すぐにでも御出立いたしますか?」
「あら、手回しの良いこと。では、馬車を回しておいてもらえるかしら」
「仰せのままに」
忠実なだけでなく老練で有能なクレイトンは、父の指図があったかなかったかはわからないが、私のガーデン行きの準備を予め済ませておいてくれたようだった。
身の回りのちょっとしたものを取りに部屋に戻ると、既に鞄を手にしたサキが控えていた。
「お嬢様、こちらを」
遥か東方の民であることを示す艶やかな黒髪をきっちりとまとめたこの切長の瞳を持つメイドは、上司のクレイトンに勝るとも劣らぬ有能さを発揮してくれていた。
「ありがとう」
幼い頃からの付き合いだから、中身を改めるまでもなく、必要なものがきちんと収められているという確信があった。そのサキが、ふと何かに気づいたように私に視線を向ける。
「どうしたの?」
「いえ、何でもございません」
そういって眼を伏せたサキは、次の瞬間には私を先導してスタスタ歩き出していく。
サキは女の私から見ても実に整った美貌を持っているが、普段は冷たい無表情で感情を露わにしない。
もっとも、それは人の目があるところでは、というだけで、私の前ではまた違った一面を見せるのだが...それはさておき。
(ほう、鋭い娘だ)
そう肩から声がする。そうだった、静かにしているからつい忘れていたが、私の肩の上には精霊王がいるのだった。
(あなたに気付いたってこと?)
(いや、見えてまではいないが、何かを感じ取ったのだろう)
(ふぅん......あんまり目立たないでよね)
(目立つも何も、普通の人間には見えぬのだから...ま、そなたに忠実なメイドなら見えたところで害はないだろう)
(そうだけど......とにかく大人しくしておいてよ)
(うむうむ)
どうもこの精霊王と話していると調子が狂う。昨日出会ったばかりなのに、自然と気安く話してしまうのだ。
だがそれが、今の自分にとって多少の救いになっているという自覚もある。
(まぁそんじゃ、いきましょうか。ガーデンに)
(うむうむ)
サキが静かに馬車の扉を開く。精霊王を肩に乗せながら、私はゆっくりと馬車へ乗り込んだ。
この瞬間、私の大いなる旅路は始まりを告げた......なんてことになるのかならないのか、知らないけれど。
少しだけ何かが私の前に開けていくような、そんな気がしたのは、この肩のちびドラゴンのおかげかもしれない。
淑女にあるまじき行ないだが、レオンに呼ばれる前に湯浴みだけはしていったから、さほど身体は汚れていなかったろう、と自分に言い訳をする。と同時に、婚約者に呼び出される前にいそいそと身繕いをしたことが、その後に待ち構えていた展開を思うとひどく滑稽でみじめに思えてきてしまう。
「......とにかく、ガーデンへ行こう」
自らを鼓舞するように言葉を口に出すと、少し心が軽くなった。
人の心は変えようがない。であるならば、さっさと振り切って忘れたほうがいい。
何かを忘れるには、まず環境を変えるのが良いとかなんとか、何かの書物にもそう書いてあった気がする。
「私もそれが良いと思うね。うん、実に賛成だ。早く行こう」
「っ...」
そうだった。この精霊王と名乗る謎のちびドラゴンは、当たり前のように私の隣をぷかぷかしているのだった。
「ガーデンは私も気に入っていてね。力の補充にもなるし...君がゆっくりと休むのにこれ以上の場所はない」
「ガーデンを知っているのね」
「それはもう。多分君より過ごした時間は長いだろうよ」
「...... そう」
それは母や祖母と過ごした時間なのだろうか。昨晩から色々聞きたい気持ちがずっと胸に渦巻いてはいたけれど、しかしそれ以上の欠落というか、虚しいような気持ちが上回っていた。
それ以上は深く追求せず、ガーデンへの旅立つ準備に専念することにした。
階下に降りていくと、父が静かに朝食をとっていた。
やはり、私の肩に座り込んだアキュラのことは見えていないようだ。
「......おはようございます」
「ああ、おはよう」
気落ちしていることを悟られないようにできるだけ普段の声を出したつもりだったが、どうにも自信がなかった。
父は何も気づかないように穏やかに返事をしてくれたのが救いだった。
「そういえば、昨日のうちにガーデンへ早馬を出しておいた。好きなときに出かけなさい」
そう言って父は優しく微笑む。つくづく、父親には恵まれたと思う。婚約者には恵まれなかったが。
「ありがとうございます。では、朝食を終えたらすぐにでも」
「......そうか。私も行きたいところだが、来客があってね」
そういう父の顔にごくわずかな影がよぎったのを見て、おそらく婚約破棄の件で公爵が来るのだろうと理解する。
個人的に公爵は嫌いではなかったが、今このタイミングで顔を合わせたくはない。
公爵が来訪する前に、さっさと出発するほうが良さそうだ。
「いえ、お父上には申し訳ありませんが、しばらく一人になりたいと思っていましたので......」
「そうか、そうだな。では、心ゆくまでガーデンでゆっくりしなさい」
「はい、ありがとうございます。供にはサキを連れて行きます」
私は、幼い頃から私の面倒を見てくれている侍女の名を挙げた。
「それなら安心だ。時折文は送ってくれよ」
「はい、では......」
食事を切り上げて父の前を退出すると、近くに控えていたクレイトンにサキをガーデンへ伴うことを告げた。
ローズウッド家の家政を取り仕切るクレイトンのことだ、すでに父から私の婚約破棄のことは聞いているのだろう。
が、そんな様子はまったく見せることなく、この忠実な老いた執事はにこにこと頷いた。
「今は良い季節でございますからねぇ......サキには昨晩のうちから準備をさせておりました。すぐにでも御出立いたしますか?」
「あら、手回しの良いこと。では、馬車を回しておいてもらえるかしら」
「仰せのままに」
忠実なだけでなく老練で有能なクレイトンは、父の指図があったかなかったかはわからないが、私のガーデン行きの準備を予め済ませておいてくれたようだった。
身の回りのちょっとしたものを取りに部屋に戻ると、既に鞄を手にしたサキが控えていた。
「お嬢様、こちらを」
遥か東方の民であることを示す艶やかな黒髪をきっちりとまとめたこの切長の瞳を持つメイドは、上司のクレイトンに勝るとも劣らぬ有能さを発揮してくれていた。
「ありがとう」
幼い頃からの付き合いだから、中身を改めるまでもなく、必要なものがきちんと収められているという確信があった。そのサキが、ふと何かに気づいたように私に視線を向ける。
「どうしたの?」
「いえ、何でもございません」
そういって眼を伏せたサキは、次の瞬間には私を先導してスタスタ歩き出していく。
サキは女の私から見ても実に整った美貌を持っているが、普段は冷たい無表情で感情を露わにしない。
もっとも、それは人の目があるところでは、というだけで、私の前ではまた違った一面を見せるのだが...それはさておき。
(ほう、鋭い娘だ)
そう肩から声がする。そうだった、静かにしているからつい忘れていたが、私の肩の上には精霊王がいるのだった。
(あなたに気付いたってこと?)
(いや、見えてまではいないが、何かを感じ取ったのだろう)
(ふぅん......あんまり目立たないでよね)
(目立つも何も、普通の人間には見えぬのだから...ま、そなたに忠実なメイドなら見えたところで害はないだろう)
(そうだけど......とにかく大人しくしておいてよ)
(うむうむ)
どうもこの精霊王と話していると調子が狂う。昨日出会ったばかりなのに、自然と気安く話してしまうのだ。
だがそれが、今の自分にとって多少の救いになっているという自覚もある。
(まぁそんじゃ、いきましょうか。ガーデンに)
(うむうむ)
サキが静かに馬車の扉を開く。精霊王を肩に乗せながら、私はゆっくりと馬車へ乗り込んだ。
この瞬間、私の大いなる旅路は始まりを告げた......なんてことになるのかならないのか、知らないけれど。
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