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第5話 「精霊の庭」
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「さぁてお嬢様?まずはあのレオンのクソ野郎をぶっ殺しに行きましょうさぁいきましょう」
馬車の扉が閉じた瞬間、飛んできたのはそんな物騒な言葉だった。
もちろんそんなことを言うのは他でもない、私の大切な従者のサキだ。
先ほどまでの取り澄ました冷静なメイドの姿はどこにもなく、年相応の奔放な少女の姿があった。
幼い頃から共に時間を過ごしたサキは、私の前だけでは遠慮のない態度になる。
父もクレイトンも、サキにこんな一面があることはつゆも知らないはずだ。
(ほう...これはまた、ずいぶんと元気のいい娘だな)
肩の上から面白がるようにアキュラが言う。
(人にはいろんな側面が隠されているものなのよ)
(はは、違いないな)
アキュラの呑気な感想はさておき、ぷんすか怒るサキをまぁまぁと宥める。
「そんなことをしても恥の上塗りにしかならないわよ」
「私はもともとあのスカした顔が気に入らなかったんですよ。お嬢様が行かないなら私が一発殴ってきます」
「...やめてちょうだい」
「でも...」
威勢の良かったサキはとたんにシュンと項垂れてしまう。
もちろん、本当にレオンを殴りにいくつもりはなく、ただ私を励ますためにそう言ってくれているのだ。
まぁ、サキは私の護衛役も兼ねて武術の訓練も受けているので本気やろうと思えばできそうでもあるのだが。
「ありがとう、サキ」
「いえ...でも、あまりにもひどくて」
「私は美人でもないし、魔法の才能もないから...」
つい自虐をこぼす私を、サキはまっすぐに見つめてくる。
「いいえ、お嬢様。それは違います。お嬢様はとっっっっっっっっっっても可憐だし、お優しいし、賢くていらっしゃいます。それがわからないフニャチ...あ~ら言葉が過ぎましたね、馬鹿男のためにご自身を卑下なさってはいけません。というか私が嫌です」
正面切ってそう言われると、卑屈になってしまった自分が恥ずかしくなってくる。
「本当にありがとう、サキ。...これからもよろしくね」
「...はい!どこまでもお供します!」
「...昨夜はあまり眠れなかったから、ガーデンに着いたら起こしてね」
「かしこまりました!」
少し涙ぐんでしまいそうになって気恥ずかしいのと、実際に疲れてもいるので、馬車の揺れに身を任せて眠ることにする。
(実にいい子だな)
(ふふ、そうでしょ...)
まどろみに落ちていく前に、アキュラとそんな会話を交わしながら、私は睡魔の誘いに素直に応じるのだった。
ー数時間後。
「お嬢様、着きましたよ」
サキの声に眼を覚ませば、馬車はガーデンの門の前に到着していた。
出迎えの老人ーサイラスという名の、老齢とは思えない筋骨隆々の肉体がトレードマークの庭師兼管理人だーがニコニコとこちらを見ている。
「お嬢様、おひさしゅう。どうぞごゆっくりお過ごしくだされい」
どう考えても一介の庭師じゃなかろうという野太い声だが、私への気遣いに溢れているのはすぐにわかる。
おそらく父からの早馬で事情を知っているに違いなかった。
「ありがとう、サイラス」
「何か召し上がりますか?それともお部屋でお休みに?」
「そうね...少し身体が固くなっているようだから、まずは一人で庭を散歩しようかしら」
「かしこまりました。では、こちらを」
そう言ってサイラスは古い大きな鍵を取り出して渡してくれる。
「それでそのぅ...」
鍵を手渡しながら、サイラスが少し困ったような表情を浮かべていた。
「どうしたの?」
「実は...ここのところ庭の植物が妙に弱っておりまして」
サイラスは腕のいい庭師だ。適切な植物の扱いを心得ており、経験も知識も豊富だった。
その彼が困るというのは余程のことに違いなかった。
「お庭をご覧になるのを楽しみにされていたと思いますが...誠に申し訳ございませぬ」
そういってサイラスは恐縮した。
「いえ、あなたがよくやってくださっていることはわかっています。何もできないとは思うけど、私も様子を見てみるわ」
しきりと巨躯を窮屈そうに折り曲げて頭を下げるサイラスを見ていると気の毒になってしまい、空手形もいいところだが、私も何かをしなくては、という気持ちになっていた。滞在する部屋の整理はサキに任せて、私は一人ーいや、精霊王もいるので二人かー連れ立って久しぶりに庭園を散策することにした。
「ーほう、これはこれは」
「ずいぶんと...」
古びた扉を開いて一歩足を踏み入れたガーデンは、確かにかなり荒れていた。
私の記憶に残る美しかった光景とはずいぶん様子が異なり、木々も草花は生気に欠け、なかには明らかに枯れ始めているところもあった。長年丹精を込めて庭を手入れしてきたサイラスがああも気落ちするのも無理はない。
「どうしてこんなことになっているのかしら」
「どれ、庭に住まう精霊たちの声を聞いてみるとしよう」
アキュラはそう言うと眼を閉じて何やら集中し始めた。
しばらくそうして何やらもにゃもにゃ呟いていたが、やがてぱっちりと眼を開いて私の方を向いた。
「だいたい事情は飲み込めた。エレナ、君と私で何とかしよう」
馬車の扉が閉じた瞬間、飛んできたのはそんな物騒な言葉だった。
もちろんそんなことを言うのは他でもない、私の大切な従者のサキだ。
先ほどまでの取り澄ました冷静なメイドの姿はどこにもなく、年相応の奔放な少女の姿があった。
幼い頃から共に時間を過ごしたサキは、私の前だけでは遠慮のない態度になる。
父もクレイトンも、サキにこんな一面があることはつゆも知らないはずだ。
(ほう...これはまた、ずいぶんと元気のいい娘だな)
肩の上から面白がるようにアキュラが言う。
(人にはいろんな側面が隠されているものなのよ)
(はは、違いないな)
アキュラの呑気な感想はさておき、ぷんすか怒るサキをまぁまぁと宥める。
「そんなことをしても恥の上塗りにしかならないわよ」
「私はもともとあのスカした顔が気に入らなかったんですよ。お嬢様が行かないなら私が一発殴ってきます」
「...やめてちょうだい」
「でも...」
威勢の良かったサキはとたんにシュンと項垂れてしまう。
もちろん、本当にレオンを殴りにいくつもりはなく、ただ私を励ますためにそう言ってくれているのだ。
まぁ、サキは私の護衛役も兼ねて武術の訓練も受けているので本気やろうと思えばできそうでもあるのだが。
「ありがとう、サキ」
「いえ...でも、あまりにもひどくて」
「私は美人でもないし、魔法の才能もないから...」
つい自虐をこぼす私を、サキはまっすぐに見つめてくる。
「いいえ、お嬢様。それは違います。お嬢様はとっっっっっっっっっっても可憐だし、お優しいし、賢くていらっしゃいます。それがわからないフニャチ...あ~ら言葉が過ぎましたね、馬鹿男のためにご自身を卑下なさってはいけません。というか私が嫌です」
正面切ってそう言われると、卑屈になってしまった自分が恥ずかしくなってくる。
「本当にありがとう、サキ。...これからもよろしくね」
「...はい!どこまでもお供します!」
「...昨夜はあまり眠れなかったから、ガーデンに着いたら起こしてね」
「かしこまりました!」
少し涙ぐんでしまいそうになって気恥ずかしいのと、実際に疲れてもいるので、馬車の揺れに身を任せて眠ることにする。
(実にいい子だな)
(ふふ、そうでしょ...)
まどろみに落ちていく前に、アキュラとそんな会話を交わしながら、私は睡魔の誘いに素直に応じるのだった。
ー数時間後。
「お嬢様、着きましたよ」
サキの声に眼を覚ませば、馬車はガーデンの門の前に到着していた。
出迎えの老人ーサイラスという名の、老齢とは思えない筋骨隆々の肉体がトレードマークの庭師兼管理人だーがニコニコとこちらを見ている。
「お嬢様、おひさしゅう。どうぞごゆっくりお過ごしくだされい」
どう考えても一介の庭師じゃなかろうという野太い声だが、私への気遣いに溢れているのはすぐにわかる。
おそらく父からの早馬で事情を知っているに違いなかった。
「ありがとう、サイラス」
「何か召し上がりますか?それともお部屋でお休みに?」
「そうね...少し身体が固くなっているようだから、まずは一人で庭を散歩しようかしら」
「かしこまりました。では、こちらを」
そう言ってサイラスは古い大きな鍵を取り出して渡してくれる。
「それでそのぅ...」
鍵を手渡しながら、サイラスが少し困ったような表情を浮かべていた。
「どうしたの?」
「実は...ここのところ庭の植物が妙に弱っておりまして」
サイラスは腕のいい庭師だ。適切な植物の扱いを心得ており、経験も知識も豊富だった。
その彼が困るというのは余程のことに違いなかった。
「お庭をご覧になるのを楽しみにされていたと思いますが...誠に申し訳ございませぬ」
そういってサイラスは恐縮した。
「いえ、あなたがよくやってくださっていることはわかっています。何もできないとは思うけど、私も様子を見てみるわ」
しきりと巨躯を窮屈そうに折り曲げて頭を下げるサイラスを見ていると気の毒になってしまい、空手形もいいところだが、私も何かをしなくては、という気持ちになっていた。滞在する部屋の整理はサキに任せて、私は一人ーいや、精霊王もいるので二人かー連れ立って久しぶりに庭園を散策することにした。
「ーほう、これはこれは」
「ずいぶんと...」
古びた扉を開いて一歩足を踏み入れたガーデンは、確かにかなり荒れていた。
私の記憶に残る美しかった光景とはずいぶん様子が異なり、木々も草花は生気に欠け、なかには明らかに枯れ始めているところもあった。長年丹精を込めて庭を手入れしてきたサイラスがああも気落ちするのも無理はない。
「どうしてこんなことになっているのかしら」
「どれ、庭に住まう精霊たちの声を聞いてみるとしよう」
アキュラはそう言うと眼を閉じて何やら集中し始めた。
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