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天候の急変
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穏やかな春の日々が続いていた銀風の谷に、急に天候の変化が訪れたのは、アカデミー時代の友人たちが滞在して三日目の朝だった。
エレノアは窓辺に立ち、暗く垂れ込めた空を見上げた。風が強くなり、木々が激しく揺れている。
「これは...嵐になりそうね」
「お嬢様、村長のオスカーさんが急ぎの用件でいらしています」マリーが告げた。
居間に案内されたオスカーは、普段の落ち着いた様子とは違い、緊張した表情を浮かべていた。
「レディ・エレノア、申し訳ありませんが、急ぎのご相談があります。天候が急変し、大雨の予兆が......。川の水位が上がれば、低地にある集落が危険です」
エレノアはすぐに事態を理解した。銀流川の近くにある小さな集落は、大雨のたびに浸水の危険に晒されやすい。
「村の避難場所は確保できているの?」
「集会所を準備していますが、人数が多く...また高齢者や子供たちもいます。正直、不安がないとは言えません」
エレノアは迷うことなく判断した。「館を開放しましょう。危険な地域の方々を、すぐに館へ避難させて」
オスカーは驚いた表情を見せた。領主の館を村人の避難所として開放するという判断は、前例がなかったのだろう。
「ですが、それは...」
「迷っている時間はないわ。セバスチャン!」エレノアは執事を呼んだ。「館の大広間と使用していない客室を全て準備して。村からの避難民を受け入れるわ」
「かしこまりました」セバスチャンは一瞬だけ驚きの表情を見せたが、すぐに頷いた。
居間のドアが開き、ソフィとレオナルドが入ってきた。
「何があったの?」ソフィが心配そうに尋ねた。
エレノアは簡潔に状況を説明した。すると、レオナルドが思いがけない申し出をした。
「私も手伝いましょう。父の領地でもこういった事態に見舞われたことがあり、対策を学んでいました」
「私も」ソフィが続けた。「大したことはできないかもしれないけど、子供たちの世話ならできるわ」
エレノアは二人に感謝の意を示し、すぐに行動に移った。館の準備、村への連絡、避難経路の確保など、やるべきことを洗い出して紙に書き留めていく。アカデミーでの危機管理の授業と、前世でのプロジェクト管理の経験が、今こそ役立っていた。
(危機の時こそ、冷静さとWBSが命ね)
雨が本格的に降り始める前に、最初の避難民が館に到着した。老人や子供を中心に、低地の集落から三十人ほどがやってきた。彼らの顔には不安と、領主の館に入ることへの戸惑いが見えた。
エレノアは館の入り口に立ち、避難民一人一人に声をかけた。
「どうぞ、お入りください。ここなら安全です」
その中にリリアンの姿を見つけたエレノアは、少し安心した。少女は小さな布袋を抱え、震えている。
「リリアン、大丈夫?」
「エレノアお姉様...」リリアンは不安そうに周囲を見回した。「大丈夫です。でも、みんなが心配で...」
少女の言葉に、エレノアは彼女が孤児であるにもかかわらず、村の人々を気にかけていることに心を打たれた。
「みんなも大丈夫よ。あなたみたいに勇敢な子がいるのだから」
リリアンは少し顔を赤らめ、小さく頷いた。
夕方になると、予想通り暴風雨が谷全体を襲った。風雨の音が館の窓を叩き、時折稲妻が空を切り裂く。エレノアはソフィと共に、避難民の様子を確認して回った。
大広間では、村の女性たちがエレノアの台所から提供された食材で夕食の準備をしていた。子供たちは最初の緊張が解け、館の広さに目を輝かせている。老人たちは暖炉の前で静かに談笑していた。
「みんな、落ち着いているわね」ソフィが小声で言った。
「ええ。でも、村の状況が心配だわ」
その時、マリーが駆け寄ってきた。「お嬢様、オスカーさんから連絡がありました。銀流川の水位がさらに上がり、南の集落の方向に土砂崩れがあったそうです」
「負傷者は?」
「詳細は不明ですが、村の若者たちが救助に向かっているとのことです」
エレノアは決断した。「私も行くわ」
「お嬢様!」マリーが驚いて声を上げた。「外は危険です!」
「だからこそ、領主として現場を確認すべきよ」
レオナルドが彼女の前に立ちはだかった。「私が行きます。あなたは館に残って避難民の指揮を」
しかし、エレノアは首を横に振った。「ありがとう、レオナルド。でも、これは私の領地、私の責任よ」
彼女の決意を見て取ったレオナルドは、代わりに「では、一緒に行きましょう」と優しく言った。
二人は急いで雨合羽を羽織り、館を出た。雨は激しく降り続け、風は容赦なく吹きつける。マリーが用意した馬に乗り、村へと向かった。
村の中央広場に着くと、そこには救助活動の拠点が設けられていた。オスカーは驚いた表情でエレノアを見た。
「レディ・エレノア!こんな天候の中、なぜ」
「状況を知りたかったの。どうなっているの?」
オスカーは報告した。南の集落近くで土砂崩れがあり、二軒の家が巻き込まれた。村の若者たちが救助に向かい、すでに数人を助け出したが、まだ行方不明者がいるという。
「手伝えることはある?」
「いえ、十分な人手はありますが...」オスカーはためらった後、続けた。「実は、養蜂場が危険な状態です。特に先日視察された北の丘の新しい区画が被害を受けています。トーマス爺さんが一人で様子を見に行ったまま、戻っていないのです」
エレノアの心臓が跳ねた。彼女が力を入れている養蜂場と、その中心人物であるトーマスが危険だというのだ。
「そこは地盤が不安定だったわね...」エレノアは北の丘の状況を思い出した。「すぐに向かうわ」
「ですが、今から行くのは危険です。朝になれば」
「朝では遅いかもしれない」エレノアは断固として言った。「レオナルド、あなたは村の救助活動を手伝ってくれる?私はトーマスを探しに行くわ」
レオナルドは一瞬躊躇したが、エレノアの決意を見て頷いた。
「気をつけて」
エレノアは窓辺に立ち、暗く垂れ込めた空を見上げた。風が強くなり、木々が激しく揺れている。
「これは...嵐になりそうね」
「お嬢様、村長のオスカーさんが急ぎの用件でいらしています」マリーが告げた。
居間に案内されたオスカーは、普段の落ち着いた様子とは違い、緊張した表情を浮かべていた。
「レディ・エレノア、申し訳ありませんが、急ぎのご相談があります。天候が急変し、大雨の予兆が......。川の水位が上がれば、低地にある集落が危険です」
エレノアはすぐに事態を理解した。銀流川の近くにある小さな集落は、大雨のたびに浸水の危険に晒されやすい。
「村の避難場所は確保できているの?」
「集会所を準備していますが、人数が多く...また高齢者や子供たちもいます。正直、不安がないとは言えません」
エレノアは迷うことなく判断した。「館を開放しましょう。危険な地域の方々を、すぐに館へ避難させて」
オスカーは驚いた表情を見せた。領主の館を村人の避難所として開放するという判断は、前例がなかったのだろう。
「ですが、それは...」
「迷っている時間はないわ。セバスチャン!」エレノアは執事を呼んだ。「館の大広間と使用していない客室を全て準備して。村からの避難民を受け入れるわ」
「かしこまりました」セバスチャンは一瞬だけ驚きの表情を見せたが、すぐに頷いた。
居間のドアが開き、ソフィとレオナルドが入ってきた。
「何があったの?」ソフィが心配そうに尋ねた。
エレノアは簡潔に状況を説明した。すると、レオナルドが思いがけない申し出をした。
「私も手伝いましょう。父の領地でもこういった事態に見舞われたことがあり、対策を学んでいました」
「私も」ソフィが続けた。「大したことはできないかもしれないけど、子供たちの世話ならできるわ」
エレノアは二人に感謝の意を示し、すぐに行動に移った。館の準備、村への連絡、避難経路の確保など、やるべきことを洗い出して紙に書き留めていく。アカデミーでの危機管理の授業と、前世でのプロジェクト管理の経験が、今こそ役立っていた。
(危機の時こそ、冷静さとWBSが命ね)
雨が本格的に降り始める前に、最初の避難民が館に到着した。老人や子供を中心に、低地の集落から三十人ほどがやってきた。彼らの顔には不安と、領主の館に入ることへの戸惑いが見えた。
エレノアは館の入り口に立ち、避難民一人一人に声をかけた。
「どうぞ、お入りください。ここなら安全です」
その中にリリアンの姿を見つけたエレノアは、少し安心した。少女は小さな布袋を抱え、震えている。
「リリアン、大丈夫?」
「エレノアお姉様...」リリアンは不安そうに周囲を見回した。「大丈夫です。でも、みんなが心配で...」
少女の言葉に、エレノアは彼女が孤児であるにもかかわらず、村の人々を気にかけていることに心を打たれた。
「みんなも大丈夫よ。あなたみたいに勇敢な子がいるのだから」
リリアンは少し顔を赤らめ、小さく頷いた。
夕方になると、予想通り暴風雨が谷全体を襲った。風雨の音が館の窓を叩き、時折稲妻が空を切り裂く。エレノアはソフィと共に、避難民の様子を確認して回った。
大広間では、村の女性たちがエレノアの台所から提供された食材で夕食の準備をしていた。子供たちは最初の緊張が解け、館の広さに目を輝かせている。老人たちは暖炉の前で静かに談笑していた。
「みんな、落ち着いているわね」ソフィが小声で言った。
「ええ。でも、村の状況が心配だわ」
その時、マリーが駆け寄ってきた。「お嬢様、オスカーさんから連絡がありました。銀流川の水位がさらに上がり、南の集落の方向に土砂崩れがあったそうです」
「負傷者は?」
「詳細は不明ですが、村の若者たちが救助に向かっているとのことです」
エレノアは決断した。「私も行くわ」
「お嬢様!」マリーが驚いて声を上げた。「外は危険です!」
「だからこそ、領主として現場を確認すべきよ」
レオナルドが彼女の前に立ちはだかった。「私が行きます。あなたは館に残って避難民の指揮を」
しかし、エレノアは首を横に振った。「ありがとう、レオナルド。でも、これは私の領地、私の責任よ」
彼女の決意を見て取ったレオナルドは、代わりに「では、一緒に行きましょう」と優しく言った。
二人は急いで雨合羽を羽織り、館を出た。雨は激しく降り続け、風は容赦なく吹きつける。マリーが用意した馬に乗り、村へと向かった。
村の中央広場に着くと、そこには救助活動の拠点が設けられていた。オスカーは驚いた表情でエレノアを見た。
「レディ・エレノア!こんな天候の中、なぜ」
「状況を知りたかったの。どうなっているの?」
オスカーは報告した。南の集落近くで土砂崩れがあり、二軒の家が巻き込まれた。村の若者たちが救助に向かい、すでに数人を助け出したが、まだ行方不明者がいるという。
「手伝えることはある?」
「いえ、十分な人手はありますが...」オスカーはためらった後、続けた。「実は、養蜂場が危険な状態です。特に先日視察された北の丘の新しい区画が被害を受けています。トーマス爺さんが一人で様子を見に行ったまま、戻っていないのです」
エレノアの心臓が跳ねた。彼女が力を入れている養蜂場と、その中心人物であるトーマスが危険だというのだ。
「そこは地盤が不安定だったわね...」エレノアは北の丘の状況を思い出した。「すぐに向かうわ」
「ですが、今から行くのは危険です。朝になれば」
「朝では遅いかもしれない」エレノアは断固として言った。「レオナルド、あなたは村の救助活動を手伝ってくれる?私はトーマスを探しに行くわ」
レオナルドは一瞬躊躇したが、エレノアの決意を見て頷いた。
「気をつけて」
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