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大冒険への序章
船底のローレライ
しおりを挟む人気のない深夜の港。
その埠頭に手提げランタンを掲げた三人の姿があった。
彼らの背後には大人の背丈の半分はあろうかと言う木製の酒樽がずらりと並んでいる。
「やる事は簡単だ。
もうすぐここに一隻の商船がやって来る。
そうしたらこの酒樽を全部、船内に積み込むんだ。
多少重いが転がせば女の力でも何とかなるだろう」
ハロルドが説明を終えたのを見計らうように、遠い波間に小さな光が浮かんだ。
恐らくあれが依頼人の船に違いない。
松明の光が次第に大きくなり、暗闇に船の輪郭をぼんやりと映し出す。
想像していたよりずっと大きな船だ。
やがて沖からの追い風も手伝って帆船が埠頭に到着すると、中から目付きの悪い大男がのそりと上陸し、ハロルドに気付いて声を掛けた。
「よう、兄弟。
待たせて悪かったな」
「なぁに、いいって事よ。
それより今日仕事を手伝ってくれるジェイル達だ」
紹介され、ジェイルとユリカは会釈した。
「今回もよろしく頼むぜ。
俺は久しぶりに酒場で一杯引っかけてくらぁ」
男が豪快に笑って立ち去った後、三人は十樽以上ある酒樽運びに取り掛かったのだった。
「よいしょ、っと!
これ、ずいぶん重いけど中身は何なの?」
全身汗まみれになりながらハロルドに訊ねてみる。
「極上の葡萄酒ってえ話だ。
それよりとっとと済ませちまおう。
こんなところを役人に見つかったら面倒だからな」
彼らはこの船を使って密輸でもしているのだろうか。
ユリカは僅かに疑念を抱いたが、深くは追及しない事にした。
下手にケチをつけて分け前を減らされてはたまらない。
ハロルド達が樽を担ぎながら舷梯を登り、それを受け取ったユリカが船底に続く階段の下まで転がし、食糧庫に並べていく。
その作業の繰り返しだった。
思っていた以上の重労働だが、これも五千ジュラの為だ。
「……ンッ……ンーッ」
波止場に打ち付ける波音と木の軋む音が一瞬、女性の声のように聞こえた。
まさか妖しい歌声で船を難破させると言われる伝説の魔女、ローレライの囁きだろうか。
ユリカはぶるりと身を震わせた。
「ね、ねぇ。
倉庫のなかから女の人の声がするんだけど」
階段を駆け上がり仲間達に訊ねたが、
「空耳だろ?
さっきの酒がまだ残ってるんじゃないか」
ハロルドとジェイルは平然と顔を見合わせて笑うだけだった。
本当に気のせいだろうか?
……そうは思えない。
ローレライや幽霊でもないとすると、私達の他にも誰かが船に乗ってるってこと?
でも、倉庫には誰も居なかった、隠れるような場所だって何処にも…………樽だ。
残る可能性はそれ以外に考えられなかった。
声がしたのはあの樽の中からなのだ。
ユリカは急いで船底に戻ると、壁に掛けられていた工具を使って樽の蓋を抉じ開け始めた。
二度、三度と鉄鉤棒を降り下ろす度に木片が飛び散り、大きな音を立てる。
「……け……て」
やっぱり樽の中から人間の声がする。
ユリカの手に力がこもった。
「おい、何してるんだ?!」
異変に気付いたハロルド達が倉庫に駆け付けたのと、ユリカが樽の蓋を開けたのはほぼ同時だった。
樽の中には手足を荒縄で縛られ、口に猿轡をかまされた女性が押し込められていた。
「った、助けてっ!
こ……この人達は人拐いよ‼」
ユリカが口元を覆っていた布を外してやると、女性は恐怖に引き攣った顔でそう叫んだ。
「人拐い?
おいおい、勘違いするな。
俺達はただ、依頼を受けて荷物を…」
ハロルドが一歩前に近付くと、女性は怯えきった様子でユリカの後ろに隠れた。
「騙されては駄目。
あの二人は最初からグルなの。
みんな町で声を掛けられて、港まで連れてこられたのよ」
「この女ァ、余計な事をペラペラと‼」
「きゃあっ?!」
逆上したハロルドが女性を乱暴に掴むと、その顔を床に捩じ伏せた。
ジェイルはそれを止めようともせず、無言で傍観を決め込んでいる。
「……ジェイル。
本当なの?」
「……」
「あぁ、そうさ。
予定より少し早いが、結果が同じなら問題ない。
お前にもこの棺桶に入って貰うぞ」
ジェイルに代わって答えたハロルドが邪悪な笑みを浮かべた。
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