転生者G-転生前はゴキブリでした-

花鳴カナリア

文字の大きさ
37 / 102
 Ⅲ 竜殺しの英雄

 パエラ湖

しおりを挟む


「急いで下さい」

疾走するセツハが振り返らずに言った。
障害物の多い森を避けて草原に出たまでは良かったが、彼らを待ち受けていたのは獰猛な肉食獣、一角豹ホーンパンサーの群れだった。
それでも最短距離でパエラ湖を目指すには、この大草原を突っ切るしかない。
群れのなかでも一際大きい個体の突撃を跳馬ちょうばの要領でかわすと、黒髪のメイドは涼しい顔で先を急いだ。

「死ぬ、死ぬ、これは死ぬッス!」

数十頭の一角豹に囲まれ、そのすべてをなんとか倒したディガロも彼女の後に続く。

「はぁ、はぁ。
待つッス、セッちゃん。
湖の手前で少し休んだ方が……」
「不要です」

セツハは更にスピードを上げると、俊足で知られる猫族の少年を振り切った。
加速スキルも使わず、驚くべき身体能力である。

「お、俺は少し休むッス。
急いては事を仕損じる、と昔から言うッス」

前屈みになって膝に両手をつくディガロの背後から、もうもうとした土煙が舞い上がる。
仲間を倒され、怒り狂った新手の一角豹が追い掛けてきたのだ。

「……善は急げ、とも言うッスね」

背中を鋭利な角で突っつかれながら、ディガロは死に物狂いで逃げた。
風のようなその脚力に、一角豹達はそれ以上の追撃を諦めざるを得なかった。

「……はぁ、はぁ、はぁ。
逃げ延びた上、追い付いたッス」

セツハと並走するディガロの瞳が、緑色の風景に異色を捉える。

「あれがパエラ湖です。
皆様に伝心します」

人形のような無表情で目を閉じると、セツハは思念を送った。
喜怒哀楽に乏しいとは思っていたが、どうやら恐怖の感情まで欠落しているらしい。
マラカーンで不死竜と初めて対峙した時も、セツハは眉ひとつ動かす事はなかった。
古代竜を前にして恐れも怯みもせず、ただ黙々とファランの指示通りに駒としての役割を果たしたのだ。

「……待機せよ、との仰せです」
「えっ?!」

急に言われ、その横顔を眺めていたディガロは狼狽えた。

「あの辺りの茂みに潜んで待ちましょう」

二人は低い姿勢で茂みの中に素早く隠れると、目の前の草葉を分けて不死竜の姿を探した。
鏡のように澄んだ水面を風が揺らし、穏やかに波立たせている。
モンスターさえいなければ、日向ぼっこするには最高の場所に思えた。
さらさらと葉と葉が擦れ合う音が響き、ディガロの鼻に甘い香りを運んだ。

「これはなんの匂いッスか?」

戦いの前の緊張を少しでも解そうと、すぐ隣にいるセツハに訊ねたところ、

「真珠草の、花の香りです」

小声でそう教えてくれた。

「いい匂いッスね」

その言葉にセツハの眉が僅かに上がったが、少年が小さな変化に気付く事はなかった。

「……おっと、ターゲット発見」

ディガロの視線の先には、水際に骨の両脚を浸して徘徊する巨竜の姿があった。

「水遊びとは呑気なもんッス」
(こちら洞窟班、骨っこの奇襲を受けて交戦中にゃ!)

頭のなかにネムネムの緊迫した声が響いた。

(姉ちゃん、大丈夫ッスか?!)
(平気にゃ~っ!)
(では不死竜退治を始めましょう。
皆さん、どうか御無事で)
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

処理中です...