オトガイの雫

なこ

文字の大きさ
18 / 18
雫と伊央

18 一部完

しおりを挟む
酸味の少ない苦味が効いたコーヒーを飲み終えると、伊央は本当に俺を抱きかかえたま浴室まで連れてきてくれた。

大きな手のひらで、時折指でなぞるように丁寧に身体を洗われると、微かに残っていた疼きが身体を襲う。

慎ましく立ち上がったそれを、伊央は何も言わずにその手の平でいかせてくれた。

「…身体、大丈夫か?」

「…大丈夫。ありがとう。」

少しぬるめの湯に、ぎしぎしと悲鳴を上げる身体がゆっくりと弛緩していく。

伊央の胸に背を預けると、両脇から伸びた筋肉質な腕が静かに俺を抱き寄せてくれた。

耳元では、焦がれてやまなかった人の声が
低く心地よく響いている。

「いつもシャワーだけで済ませてたけど、お湯に浸かるのは、やっぱいいな。」

「うん。」

「今度、温泉でも行くか?」

「…うん。」

「雫は本当に俺のこと好きか?」

「……うん。」

「昨日あんな風に求められて、嬉しかった。…そんぐらい、俺のこと好きなんだって、自惚れてもいいか?」

「………うん。」

右肩に、伊央の熱い吐息を感じる。

「高校のとき、いつも後ろから見ていた。」

「…え?」

「綺麗なうなじだなって。ずっと、こうしたかった。」

「そんな、嘘だ。伊央はいつだって俺じゃない誰かと付き合ってたじゃないか。」

「そうだな。…怖かったんだろうな。この気持ちがばれて、雫に避けられるのが。」

じゃあ、じゃあ、伊央は高校の時から、ずっと俺を?

伊央も同じ気持ち、だった…?

「雫に付き合ってる相手がいるって、嘘をついたのも俺だよ。」

確かにいつの頃からかそんな噂が出回るようになっていた。

全くの出まかせだったが、苦手な女子からの誘いや呼び出しが減ったので、俺にはかえって都合が良かったのを覚えている。

大学に入ってからも、その噂は尾を引いていたが、肯定も否定もしないまま放置していた。

「…なん、で?」

「あの時、雫に近寄る奴らがいなくなればいいと思ったんだと思う。実際減っただろ?」

「……。」

「雫が思う以上に、俺は雫が好きなんだ。誰にも触らせたくないし、俺以外の誰ともいて欲しくない。」

「………。」

「雫の全てを独占したいし、これからはそうする。」

熱い。のぼせてしまったのかもしれない。

「もう、あがろう。熱い、よ。」

立ちあがろうとしても、やっぱり身体は思うように動かず、ふらつく。

「…嫌なのか?」

違う、そうじゃなくて。

ふらつく身体は伊央の方へと倒れ込む。

「雫、顔見せろよ。」

「待っ、て。絶対変な顔、してる。」

「いいから……。…真っ赤だな。のぼせたのか?」

顔の前でクロスした両手は力なく、伊央の手によってあっさりと引き剥がされた。

「…だって、伊央が、そんなこと思ってたなんて…」

「…嫌か?」

「…違う!逆。嬉しすぎて、どんな顔していいか分からない。…俺だって、伊央を独占したい…。」

「もうしてる。されてる。」

伊央の身体も熱い。

二人ともきっとのぼせている。

ベッドに戻るとまたお互いに昂り、熱を発散するように抱き合って、溶け合った。

気がついた時にはすでに夕暮れ時で、その日伊央が作ってくれたインスタントラーメンは、忘れられないぐらい美味しかった。




「あっ、雫くんだー。イオは?」

「小夜さんは?」

学食の入り口で話しかけてくるのは、伊央が仲のいい二人の友人だ。

「伊央は購買に行ってて、小夜先輩ももうすぐ来るよ。」

「じゃあ、先に行って席取っとくから。」

「ありがとう。」

ひらひらと手を振って二人が学食へと入って行くのを見送っていると、伊央がすぐに戻ってきた。

「…あいつら、勝手に雫に話しかけやがって。」

「そんなこと言わないでよ。俺も友達が増えたみたいで嬉しいから。」

伊央は構内でも自然と俺の側にいるようになった。

伊央の友人二人は、その様子から俺たちのことを察した様子で、それでも態度を変えることはなく、友人としていてくれる。

驚くほどすんなりと俺たちの関係を受け入れてくれ、いつの間にか伊央を中心に一緒にいることが増えた。

「あ、雫くん!と、イオくん…」

小走りにこちらに向かってくるのは、小夜先輩だ。

意外なことに、小夜先輩もその輪に加わっている。

5人で取る昼食はいつも賑やかだ。

「おーい、こっちこっち!」

ちゃんと五人分の席を確保した二人が呼んでいる。

「なんでいつもお前らまで一緒なんだよ。雫と二人がいいのに。」

席についた伊央はむすっとしている。むすっとしているけど、怒っている訳じゃない。

「うわ、でたよ。イオってキャラ変わったよな。ぜったい。」

「どうせ帰っても一緒にいるんだろ。雫くんだって、たまには息抜きが必要だって。」

「…は?息抜き?お前らといるのが?」

「いや、小夜さんだっているじゃん。」

三人の掛け合いを見ながら、小夜先輩と向かい合って、うどんを食べ始める。

小夜先輩の目が、良かったねと言ってくれている。

条件反射なのか、イオを見る時は今だに一瞬だけきっとした顔になることに、本人は気がついていないようだ。

「雫、それ一口食いたい。」

「え、これ?いいよ、はい。」

甘めのお揚げを摘み上げると、大きな口ががぶりと半分以上食べてしまった。

「あ、ひどい!一口って言ったのに!」

「俺にとっては、これが一口だから。」

「お揚げ好きなのに!」

にやっと笑った伊央が驚くほど自然に、軽くキスをしてくる。

「何それ!!!みんないるのに!!!」

出張中の彼となかなか会えずにいる小夜先輩が、きっーと声を張り上げた。

「だって、可愛いから。したくなった。」

二人の友人はあきれ顔だ。

「皆んなといるときは、恥ずかしいから、やめて。」

「じゃあ、また帰ったらな。」

伊央がこんなに甘くなるとは思わなかった。

きーきー言う小夜先輩の声と、あーもー俺も恋人ほしーと言う二人の声で、本当にここは賑やかだ。

向かいくる春を前に、その時の俺の心はきっと変に浮かれていた。




















しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

しず
2024.03.04 しず

新作に気づいてましたが、ため読みしようと思い、今日初めて読みました。切ない…

2024.03.04 なこ

せっかく感想頂けたのに、すっかり更新が途絶えている状況で申し訳ありません…🥲
落ち着いたら、書きます!
せつないのは、ちょっぴりです。
いつも、ありがとございます😊

解除
ピスケ
2024.02.10 ピスケ

😢😢😢今の所凄く切ないですね😭苦しい…だけど好きなストーリーなので ワクワクドキドキで今作も楽しんでます😆✊

2024.02.11 なこ

急に現代短編ものが書きたくなって、想い浮かんだ話しでした。
せつない系が一番書きやすいかもと、気がついた今日この頃…(´-`).。
好きなストーリーと言っていただけて、励みになります😊
ピスケさま、いつもありがとです
(*´∇`*)

解除

あなたにおすすめの小説

情けない男を知っている

makase
BL
一見接点のない同僚二人は週末に飲みに行く仲である。

休憩時間10分の内緒の恋人チャージ(高校生ver)

子犬一 はぁて
BL
俺様攻め×一途受け。学校の休み時間10分の内緒の恋人チャージ方法は、ちゅーとぎゅーの他にも内緒でしています。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

愛と猛毒(仮)

万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。 和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。 「……本当、バカだよな。お前も、俺も」 七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。 その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。