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シオン
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人には触れるなと言っておきながら、容易くノア様を抱き上げていた姿を思い出す。
ノア様からは見えていなかっただろうが、ユリウス様は今にも斬りかかってきそうな目をしていた。
ノア様の視線は無視しつつ、全神経をノア様に集中させていた訳だ。
完璧な護衛じゃないか。
そう、護衛だ。
ノア様は思い違いをしているだけだ。ユリウス様は護衛として側にいるだけ…
「シオン!お前は一体何故あんなことをしでかしたんだ!」
ばたばたと大きな音を立てながら、憤慨した父が駆け込んでくる。
ノア様に触れたことで、陛下から相当なお怒りを頂戴したらしい。
わたしよりもユリウス様の方がよっぽど触れているじゃないか。
父からの小言を聞きながら、包みこんだ小さな手の感触を思い出す。
普段なら初対面の相手にあんなことはしない。
ちらちらと遠くに控える相手ばかりを気にし目の前のわたしをちゃんと見ようとしないノア様に、ついあんなことをしてしまっただけだ。
あの薄紫色の目に、わたしの姿はどんな風に映っているのだろう。
どういった経緯なのか、ユリウス様がマホと婚約した。
それを知ったノア様が一騒ぎ起こした経緯をシュヴァリエから聞かされた。
ユリウス様が護衛から外れ、今はシュヴァリエがノア様を見守っている。
あれから数日経った今、ノア様は周囲の懸念を他所に取り乱すことはない。
シュヴァリエも同様だ。
あんなに執着していたマホが婚約したと言うのに。
顔合わせは順調に進んだ。ノア様の口調はだいぶくだけたものになり、他愛もない話しをしてはよく笑う。
ノア様はユリウス様の話しを一切しないし、シュヴァリエもマホの話しをしようとしない。
わたしからするような話しでもない。
恐ろしいぐらい静かな日常が続いていた。
ノア様からの返事を待つ前に、陛下が婚約の日取りを決めてしまわれた。
ノア様の成人の儀に合わせて執り行う段取りらしい。
陛下がなぜ急ごうとするのか、わたしにも父にも理解できない。
ノア様は承諾したんだろうか。
今日の顔合わせの場で確認するつもりだ。
王宮内を早足で急ぐと、二人の人物が並んで歩く姿が見える。ユリウス様と隣りにいるのはマホだ。
ユリウス様は相変わらずの無表情で、マホはそんなことを気にする風でもなくずっと何かを話しかけている。
ユリウス様が頷いたり、一言二言返事をするだけで、マホの顔はふわっと綻ぶ。
二人の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を暫くの間見送った。
待ち構えてたルドルフ様から嗜められ、急いで中庭へと入る。
そこでは一人ぽつんと頬杖をつきながらノア様が佇んでいた。
「…ノア様、遅れて申し訳ございません。」
はっとして振り向いたノア様の黒髪が靡く。
「…遅かったじゃないか。待ちくたびれたぞ。」
あなが待ちくたびれる程お待ちしていたのは、本当に目の前にいるわたしのことですか?
振り向いたとき、小さな口は微かにあの方の名前を呼んでいた。
それに気がつかなかったふりをして、婚約の件についてお尋ねする。
「そのことならさっき父さんからも確認された。婚約するんだろ?」
拍子抜けしてしまうぐらいあっさりと、ノア様は婚約を了承した。
「…本気ですか?」
「え、嫌なのか?お前が嫌なら無理強いはしないぞ。父上も反対してるんだろう?」
「父上が、反対?いえ、それはあり得ません。」
「……?」
首を傾げるノア様に合わせ、わたしも首を傾げる。
「本当に、よろしいのですね。」
「…ああ、よろしくな。」
正直、ここまで順調に婚約の話しが進むとは想像していなかった。
さわさわと吹く風のせいか、絹のリボンで緩く纏めていた髪がするりと解ける。
「…やっぱり、自分でやると上手くいかないなあ。」
ノア様は笑っている。
結び直そうか申し出ると、首を振って断られた。
「これからは一人でできるようにならないと。」
…婚約を決めた相手に言う台詞ではない。
シュヴァリエからの助言を受けながら、ノア様は少しずつ他の王子らの仕事を手伝い始めた。
よく笑い、よく食べ、熱心に仕事に取り組んでいる。
剣の稽古をしたいと言い出したときは驚いたが、ずっとそうして過ごしていたらしい。
しっかりと基礎を叩き込まれているせいか、とても筋がいい。
明日には母親も含めて、最終的な両家の顔合わせを予定している。
なぜか十人の妃方が皆お揃いになると言うことで、母があたふたと準備に追われている。
こんなに順調でいいのだろうか。
その懸念は的中した。
夜中にシュヴァリエが慌てた様子で部屋を訪れてくる。
ノア様が倒れた。
病のことなど、すっかり忘れていた。
原因が分からないまま、ノア様は床に伏せたままだ。
入室を許可され初めて入った部屋のなかで、苦しそうにお腹のあたりを抱えるだけで会話すらままならない。
妃方がぞくぞくと見舞いに訪れた。
数日間病状が回復することはなく、ある朝訪れるとそこにノア様の姿はなかった。
シュヴァリエに聞いても、具体的な行き先はわからないと言う。
ノア様は元いた療養先に連れ戻されたらしい。
ノア様からは見えていなかっただろうが、ユリウス様は今にも斬りかかってきそうな目をしていた。
ノア様の視線は無視しつつ、全神経をノア様に集中させていた訳だ。
完璧な護衛じゃないか。
そう、護衛だ。
ノア様は思い違いをしているだけだ。ユリウス様は護衛として側にいるだけ…
「シオン!お前は一体何故あんなことをしでかしたんだ!」
ばたばたと大きな音を立てながら、憤慨した父が駆け込んでくる。
ノア様に触れたことで、陛下から相当なお怒りを頂戴したらしい。
わたしよりもユリウス様の方がよっぽど触れているじゃないか。
父からの小言を聞きながら、包みこんだ小さな手の感触を思い出す。
普段なら初対面の相手にあんなことはしない。
ちらちらと遠くに控える相手ばかりを気にし目の前のわたしをちゃんと見ようとしないノア様に、ついあんなことをしてしまっただけだ。
あの薄紫色の目に、わたしの姿はどんな風に映っているのだろう。
どういった経緯なのか、ユリウス様がマホと婚約した。
それを知ったノア様が一騒ぎ起こした経緯をシュヴァリエから聞かされた。
ユリウス様が護衛から外れ、今はシュヴァリエがノア様を見守っている。
あれから数日経った今、ノア様は周囲の懸念を他所に取り乱すことはない。
シュヴァリエも同様だ。
あんなに執着していたマホが婚約したと言うのに。
顔合わせは順調に進んだ。ノア様の口調はだいぶくだけたものになり、他愛もない話しをしてはよく笑う。
ノア様はユリウス様の話しを一切しないし、シュヴァリエもマホの話しをしようとしない。
わたしからするような話しでもない。
恐ろしいぐらい静かな日常が続いていた。
ノア様からの返事を待つ前に、陛下が婚約の日取りを決めてしまわれた。
ノア様の成人の儀に合わせて執り行う段取りらしい。
陛下がなぜ急ごうとするのか、わたしにも父にも理解できない。
ノア様は承諾したんだろうか。
今日の顔合わせの場で確認するつもりだ。
王宮内を早足で急ぐと、二人の人物が並んで歩く姿が見える。ユリウス様と隣りにいるのはマホだ。
ユリウス様は相変わらずの無表情で、マホはそんなことを気にする風でもなくずっと何かを話しかけている。
ユリウス様が頷いたり、一言二言返事をするだけで、マホの顔はふわっと綻ぶ。
二人の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を暫くの間見送った。
待ち構えてたルドルフ様から嗜められ、急いで中庭へと入る。
そこでは一人ぽつんと頬杖をつきながらノア様が佇んでいた。
「…ノア様、遅れて申し訳ございません。」
はっとして振り向いたノア様の黒髪が靡く。
「…遅かったじゃないか。待ちくたびれたぞ。」
あなが待ちくたびれる程お待ちしていたのは、本当に目の前にいるわたしのことですか?
振り向いたとき、小さな口は微かにあの方の名前を呼んでいた。
それに気がつかなかったふりをして、婚約の件についてお尋ねする。
「そのことならさっき父さんからも確認された。婚約するんだろ?」
拍子抜けしてしまうぐらいあっさりと、ノア様は婚約を了承した。
「…本気ですか?」
「え、嫌なのか?お前が嫌なら無理強いはしないぞ。父上も反対してるんだろう?」
「父上が、反対?いえ、それはあり得ません。」
「……?」
首を傾げるノア様に合わせ、わたしも首を傾げる。
「本当に、よろしいのですね。」
「…ああ、よろしくな。」
正直、ここまで順調に婚約の話しが進むとは想像していなかった。
さわさわと吹く風のせいか、絹のリボンで緩く纏めていた髪がするりと解ける。
「…やっぱり、自分でやると上手くいかないなあ。」
ノア様は笑っている。
結び直そうか申し出ると、首を振って断られた。
「これからは一人でできるようにならないと。」
…婚約を決めた相手に言う台詞ではない。
シュヴァリエからの助言を受けながら、ノア様は少しずつ他の王子らの仕事を手伝い始めた。
よく笑い、よく食べ、熱心に仕事に取り組んでいる。
剣の稽古をしたいと言い出したときは驚いたが、ずっとそうして過ごしていたらしい。
しっかりと基礎を叩き込まれているせいか、とても筋がいい。
明日には母親も含めて、最終的な両家の顔合わせを予定している。
なぜか十人の妃方が皆お揃いになると言うことで、母があたふたと準備に追われている。
こんなに順調でいいのだろうか。
その懸念は的中した。
夜中にシュヴァリエが慌てた様子で部屋を訪れてくる。
ノア様が倒れた。
病のことなど、すっかり忘れていた。
原因が分からないまま、ノア様は床に伏せたままだ。
入室を許可され初めて入った部屋のなかで、苦しそうにお腹のあたりを抱えるだけで会話すらままならない。
妃方がぞくぞくと見舞いに訪れた。
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