『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第1章:優等生令嬢は、完璧で、恐ろしい

第2話「リボンと視線と毒の香り」

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 リリアーナ=エグレアの一日は、完璧な香りから始まる。

今朝の香水は、ホワイトロータスと黒檀の微香を基調に、微量の“ラベンデュラの記憶草”を調合したオリジナル。
この香りは、王太子アレン=ヴァルフォードが「眠る前に嗅ぎたい」と呟いた、あの夜の香だ。

「今日こそ、もう一歩……距離を縮めましょうね。リボンだけでは足りませんもの」

リリアーナは鏡の前で最後のチェックを終えると、マルシェが差し出した銀の櫛で前髪を整えた。

「マルシェ、昨夜の細工は?」

「完了しております。制服の裾、左側にわずかに緩みを。あくまで“本人の不注意”に見える程度です」

「良い子ね。……失敗は許されませんわ。だって、“あの子”が注目される理由なんて、些細なほころびで十分でしょう?」

マルシェは黙って一礼し、リリアーナの背を押すように扉を開いた。

朝日が差し込む中庭。学園の噴水は今日も清らかに水音を立て、生徒たちは華やかな声を響かせている。

そして、その中心に――アレン=ヴァルフォードの姿があった。

金の髪に朝の光が差し、完璧な王子然とした佇まい。彼の周囲には自然と人が集まり、貴族の子息たちすら一歩引いていた。

セシリア=ロートベルクも、その輪の中にいた。

「……おはようございます、王子様。今日も素敵なお姿ですね」

セシリアの柔らかな声が響く。リリアーナはゆっくりと歩きながら、その様子を遠巻きに見つめた。

笑っている。会話をしている。距離は、およそ――四歩。
リリアーナの中で、何かが小さく“キィ”と音を立てた。

「おはようございます、王子様。……セシリア嬢。仲睦まじくて何よりですわ」

背後から現れたリリアーナの声に、二人は同時に振り向いた。
アレンが一瞬、表情を硬くする。それをセシリアは見逃さなかった。

「リリアーナ様……おはようございます。その、お似合いですね。青のリボン」

「あら、ありがとうございます。王子様に選んでいただいた色ですから。セシリア嬢の赤も、情熱的で素敵ですけれど……王子様のお好みは“穏やかな青”でしたわよね?」

リリアーナはにこやかに語る。その手には、ふたつ折りの小さな包み――リボンが入っている。

「もしよろしければ。……お揃いになりませんか? 今日のためにご用意したのです」

「…………っ、い、いえ。私は……」

セシリアが言葉を詰まらせたそのとき――アレンが間に割って入るように微笑んだ。

「ありがとう、リリアーナ。でも、セシリアにはセシリアの好みもあるんだよ」

「……もちろんですわ。失礼しました。わたくしったら、“王子様と同じ色”にしたいあまり……周囲が見えなくなっていたかもしれません」

その言葉は一見して、謝罪と配慮そのもの。だが、セシリアの背中には冷たい汗が滲んでいた。

誰よりも優しく、誰よりも完璧なその笑顔に――毒のような感情が宿っていることを、確かに感じたからだ。

***

放課後、リリアーナは屋敷の地下温室にいた。

花の香りが満ちる空間。だが育てられているのは“通常では出回らぬ薬草”ばかり。

マルシェが持ち込んだ制服の裾を縫い直しながら、リリアーナは静かに呟いた。

「王子様は……あの子を庇いましたのね」

針の先が、布を刺す音が静かに響く。

「……でも、それは本当に“庇った”のかしら。それとも、“わたくし”が本気で怒る前に、止めようとしたのかしら」

マルシェは返事をしない。ただ黙って、薬草に水をやり続ける。

「まあ、どちらでも構いませんわ。……明日には“新しい香り”で、また心を奪えば良いのです」

リリアーナは縫い終わったリボンをくるりと指に巻きつけて、目を細めた。

青いリボンの上には、ほんの少しだけ――血のような、赤い花粉が付着していた。

「だって、王子様の瞳には、わたくし以外、必要ないのですから」

毒と香りと愛の入り混じった、誰にも知られぬ花園の奥で。
“完璧な悪役令嬢”は、明日の恋の準備をまたひとつ終えるのだった。
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