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第1章:優等生令嬢は、完璧で、恐ろしい
第7話「マルシェとヴィス、影に生きる者たち」
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王都の裏通り、ノクターン街。
夕刻ともなれば、貴族たちが決して踏み入れぬこの区域に、異形の灯がともる。
薬物売買、記憶の消去、名簿の改ざん、そして――“証拠の処分”。
その奥に、古びた診療所があった。
看板もなく、扉には「閉鎖中」の札がかけられている。
だが、そこに足音もなく近づく黒髪の少女の姿があった。
マルシェである。
彼女は何の躊躇もなく扉を開けた。
「ドクター・ヴィス。リリアーナ様より、“三点”の依頼です」
部屋の奥、硝子薬瓶と燻る香草に囲まれて、男がいた。
鋭利な目元に、無精ひげ。元・宮廷医師にして、現在は影の協力者――ドクター・ヴィス。
「来たか。……で? 今度はどの子の“記憶”をご希望で?」
「今回は“言葉”です。セシリア嬢の発言記録、“王太子との会話ログ”に関する削除要請」
ヴィスは笑った。
それは、毒と興味と倦怠が混ざったような、陰湿な笑み。
「やれやれ。まったく、あのお嬢様の“愛情管理”は年々過激になるな。……だが、嫌いじゃない」
「この三点が完了すれば、学院内の“抵抗因子”は一掃されるとの見通しです」
「それはありがたい。私としても、これ以上『シャドウ紙』の連中に追われるのは御免だからな」
マルシェは一歩、机に近づくと、そっと小箱を置いた。
中には、セシリアの制服から“抜き取られた”糸と、破れかけた袖口の布切れ。
それらは、証拠とともに“未来の仕立て直し”を意味する供物だった。
「リリアーナ様は、“確信”を得たようです。王子様はすでに、完全に“染まっている”と」
「ほぉ……。それは、それは。ならば、最後の仕上げは近いな。
……あの方の目が、ほんの少しでも“自由”を望んだなら――きっと、面白い」
ヴィスの視線がマルシェの手元に注がれる。
少女は無言でうなずいた。
「“裁縫された未来”は、美しい。しかし、美しすぎるものは……たまに、裂ける」
「裂ける前に縫い合わせるのが、わたくしの役目です」
それがマルシェの存在理由。
主の意志を理解し、命じられるよりも先に動く。
それが、彼女にとっての“忠誠”だった。
「……この糸、君が抜いたのか?」
「はい。今朝、食堂前にて。誰にも気づかれず、十三秒で完了しました」
「まったく……あの“白き令嬢”の横に立つには、君ほどの人間でなければ務まらん」
そう言ってヴィスは笑った。
笑いながら、薬瓶に何かを注ぎ込む。
「これは“甘くて眠る薬”。そしてこれは“喋ってはいけない薬”。
……君の“お姫様”に、どちらが似合うと思う?」
「両方です」
即答だった。
部屋に沈黙が落ちる。
やがてマルシェは、再び箱を抱えて立ち去ろうとした。
「次の依頼は、“蝶”の動き次第。……それまでは、準備だけ」
「心得ています」
少女は闇の診療所を後にした。
その背中には、音も匂いも残さぬ“影”だけが、静かに尾を引いていた。
そしてその影の中、遠く“白百合の女王”は、またひとつ、完璧な愛を縫いあげようとしていた。
夕刻ともなれば、貴族たちが決して踏み入れぬこの区域に、異形の灯がともる。
薬物売買、記憶の消去、名簿の改ざん、そして――“証拠の処分”。
その奥に、古びた診療所があった。
看板もなく、扉には「閉鎖中」の札がかけられている。
だが、そこに足音もなく近づく黒髪の少女の姿があった。
マルシェである。
彼女は何の躊躇もなく扉を開けた。
「ドクター・ヴィス。リリアーナ様より、“三点”の依頼です」
部屋の奥、硝子薬瓶と燻る香草に囲まれて、男がいた。
鋭利な目元に、無精ひげ。元・宮廷医師にして、現在は影の協力者――ドクター・ヴィス。
「来たか。……で? 今度はどの子の“記憶”をご希望で?」
「今回は“言葉”です。セシリア嬢の発言記録、“王太子との会話ログ”に関する削除要請」
ヴィスは笑った。
それは、毒と興味と倦怠が混ざったような、陰湿な笑み。
「やれやれ。まったく、あのお嬢様の“愛情管理”は年々過激になるな。……だが、嫌いじゃない」
「この三点が完了すれば、学院内の“抵抗因子”は一掃されるとの見通しです」
「それはありがたい。私としても、これ以上『シャドウ紙』の連中に追われるのは御免だからな」
マルシェは一歩、机に近づくと、そっと小箱を置いた。
中には、セシリアの制服から“抜き取られた”糸と、破れかけた袖口の布切れ。
それらは、証拠とともに“未来の仕立て直し”を意味する供物だった。
「リリアーナ様は、“確信”を得たようです。王子様はすでに、完全に“染まっている”と」
「ほぉ……。それは、それは。ならば、最後の仕上げは近いな。
……あの方の目が、ほんの少しでも“自由”を望んだなら――きっと、面白い」
ヴィスの視線がマルシェの手元に注がれる。
少女は無言でうなずいた。
「“裁縫された未来”は、美しい。しかし、美しすぎるものは……たまに、裂ける」
「裂ける前に縫い合わせるのが、わたくしの役目です」
それがマルシェの存在理由。
主の意志を理解し、命じられるよりも先に動く。
それが、彼女にとっての“忠誠”だった。
「……この糸、君が抜いたのか?」
「はい。今朝、食堂前にて。誰にも気づかれず、十三秒で完了しました」
「まったく……あの“白き令嬢”の横に立つには、君ほどの人間でなければ務まらん」
そう言ってヴィスは笑った。
笑いながら、薬瓶に何かを注ぎ込む。
「これは“甘くて眠る薬”。そしてこれは“喋ってはいけない薬”。
……君の“お姫様”に、どちらが似合うと思う?」
「両方です」
即答だった。
部屋に沈黙が落ちる。
やがてマルシェは、再び箱を抱えて立ち去ろうとした。
「次の依頼は、“蝶”の動き次第。……それまでは、準備だけ」
「心得ています」
少女は闇の診療所を後にした。
その背中には、音も匂いも残さぬ“影”だけが、静かに尾を引いていた。
そしてその影の中、遠く“白百合の女王”は、またひとつ、完璧な愛を縫いあげようとしていた。
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