『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第1章:優等生令嬢は、完璧で、恐ろしい

第8話「セシリアの告白未遂と、リリアーナの黙殺」

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セシリア=ロートベルクは、決心していた。

ずっと恐れてきた。
あの笑顔。あの眼差し。何も責めていないのに、何も責められていないのに――
まるで、首に細く絞まる絹糸のように、静かに、静かに追い詰めてくる“あの人”。

でももう、黙っているわけにはいかなかった。

なぜなら――自分が黙っていれば、きっと王子が壊れてしまうと、感じたから。



その日、放課後の学院は雨の気配を孕んでいた。
グレーの雲が空を覆い、石畳の回廊に冷たい風が吹く。

セシリアは、王太子アレンを、学院の東棟中庭に呼び出していた。

この場所は、かつて誰かが告白をして“失敗”したという、少しだけ物悲しいスポット。
だが今の彼女には、幸運の伝説よりも“誰も来ない静かな場所”の方が必要だった。

やがて、アレンの姿が現れる。

「……ごめん、待たせた?」

「いえ……王子様、あの……お話があります」

雨がぽつり、ぽつりと降り始めた。

セシリアは決意を込めて、一歩、彼に近づく。

「リリアーナ様のことです」

アレンの目が、一瞬だけ揺れた。

「……彼女が何か?」

「いえ、あの……悪く言うつもりは、ないんです。
でも、あの方……きっと、“普通の恋”じゃない。
“誰かと過ごす未来”を、縫い上げるようにして決めている人なんです」

アレンは黙っていた。
彼の視線は遠く、どこか過去の記憶を辿るように――それでも、どこかで“聞きたくない”と訴えているようだった。

「王子様は、あの方のこと……どう思っていらっしゃるんですか?」

セシリアは問いかけた。
それは勇気を振り絞った、心からの告白だった。

だがその声が、返ってくることはなかった。

――ふわり、と、風に乗って香りが舞う。

振り返ると、そこには傘も差さずに立つリリアーナの姿があった。

白い制服は濡れ、髪は風に踊っている。
それでも、笑顔だけは崩れていない。

「まあ、こんなところで。……セシリア嬢、お風邪を召されますわよ?」

彼女は歩いてくる。ゆっくりと、まるで舞台の幕が下りるように、二人の間へと。

アレンが何か言いかけたが、リリアーナが先に口を開く。

「王子様、わたくしのことで……セシリア嬢に心配をおかけしましたの?」

「いや……それは……」

「まあ。わたくし、気をつけませんとね。きっと“普通”というものに慣れていないのですわ。……貴族令嬢の教育ばかりで、愛し方は母にしか教わりませんでしたもの」

そう言って、リリアーナはセシリアを見つめる。

その笑顔は優しい。だが、空気は凍りついていた。

「お優しいお方ですのね、セシリア嬢。――それだけに、嫉妬をさせないでくださいまし。
王子様は、誰かに“守られる”べき存在ではありませんわ。……わたくしの隣に、いるべき方ですもの」

セシリアの喉がひゅっと鳴る。言葉が、出ない。

アレンが何かを言おうとするが――リリアーナが、そっと指先で彼の袖を取った。

「もう、参りましょう? 雨が強くなりますわ」

何も言えないまま、アレンは頷く。
リリアーナはその腕を取って、静かに歩き出す。

セシリアだけが、そこに取り残された。

雨はもう、優しくはなかった。
冷たくて、強くて、まるで何かを叱りつけるように打ちつけていた。

――告白は、できなかった。
“好き”も、“嫌い”も、すべて飲み込まれたまま、声にはならなかった。

セシリアはただ、傘も差さずにその場に立ち尽くす。
白い制服の袖が、ゆっくりと破けかけていることにすら、もう気づかずに。

そしてその布地の裂け目から、赤い糸がひとすじ、こぼれ落ちていた。

まるで、誰かの仕掛けた“運命のほころび”のように――。
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