『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第1章:優等生令嬢は、完璧で、恐ろしい

第9話「繕われた言葉、偽りの記録」

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セント・リュミエール魔術学院の一室。
そこにあるのは、誰も知らない“記録室”――本来は魔力波動の履歴を保存するだけの部屋だったが、今は一部の者だけが別の用途で使用している。

マルシェが扉を開けると、部屋の主がすでに待っていた。

ドクター・ヴィス。
だがこのときだけは、医師としてではなく、“記録改竄屋”としての顔を持つ。

「よく来た。手はず通り、録音晶は回収済みだ。
例の“王子とセシリア嬢の会話”……もう、学院の記録からは消えている」

マルシェは無言で小箱を差し出す。中には、礼装用の指輪が二つ。
それは“無償では頼まない”というエグレア家の暗黙の合図だった。

「リリアーナ様より追加のご指示。
本日中に、“代替記録”を挿入。内容は――」

「“雨宿りの話だけをした”……でいいんだろう?
ええ、分かってる。まったく、お嬢様の恋のために働かされるとはな」

ヴィスは苦笑しつつも、魔導晶板の操作を始めた。
ごく自然に、あの雨の日の記録が書き換えられていく。

アレン=ヴァルフォードとセシリア=ロートベルクは“ただの会話”をしただけ。
そこに感情はなく、恋の気配もなく、ましてや――“告白”などなかった。

その一連の作業は、まるで“言葉を繕う裁縫”のようだった。

「……これで、“誰も知らない”ということになる。よくできた恋の仕立て屋だ、まったく」

「恋ではありません。これは、“正しき未来”の裁定です」

マルシェは淡々と言い放ち、記録室を後にする。



その夜、リリアーナは自室にて刺繍をしていた。

繍われているのは、アレンのイニシャルを象った白金のハンカチ。

そこに記すのは、“存在しなかった言葉”たち。
――彼がセシリアと交わすはずだった“気持ち”も、
――彼女が掴みかけた“答え”も、
すべて、上書きされる。

「ふふ……これで、王子様はもう“迷わずに”すみますわ。
未来とは、ややこしいもの。わたくしが、綺麗に縫って差し上げなければ……」

彼女はハンカチをそっと抱きしめた。

白い糸は、ひと針ごとに“記録”を偽り、
赤い糸は、ひと結びごとに“感情”を封じていく。

部屋の隅に置かれた《リュミエール・シャドウ》の冊子が、風に捲れていた。

“白き令嬢は、記憶の編み手。恋の真実は、いつの間にか、糸の奥に隠される”

それが誰の筆かは知らない。

けれど、それを読んだ彼女は、ただ静かに笑った。

「見ていてくださいませ。王子様は……
“わたくしの描いた未来”を、心から望むようになりますわ」

その言葉と共に、最後の糸が結ばれた。

“偽りの記録”は完了し、王子の未来はまたひとつ、“純白”に塗り直される――彼女の望む形で。
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