『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第3章:歪んだ契約と、選ばれなかった少女たち

第24話「そして、蝶はまだ飛んでいる」

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学院中庭で交わされた、セシリアの“反逆の告白”と、リリアーナの沈黙。
それはまるで舞台の幕間――
登場人物は退場せず、ただ照明だけが少し落とされたような時間だった。

けれど、蝶だけがまだ飛んでいる。

***

その日の午後。

リリアーナ=エグレアは、温室ではなく、自室の鏡台の前にいた。

化粧は完璧。髪も乱れていない。
けれど、手元の指先――それは、微かに震えていた。

「……蝶が、一羽、逃げましたわね」

机の上には、未完成の蝶の標本が一体。
“セシリア=ロートベルク”と名付けられるはずだったもの。

翅の形、色合い、記録された言葉、王子との関係値。
すべて織り込まれ、整理され、あとは“静かに留めるだけ”だった。

「逃げられるとは、思いませんでしたわ」

彼女はそう言って、ひとつ深く息を吐く。

「でも……わたくしは、“蝶を追う者”ではありませんもの」

立ち上がる。
鏡に映るのは、完璧な微笑――誰よりも整えられた、作られた美しさ。

「わたくしが縫うのは、逃げた蝶の物語ではなく、“王子様の世界”そのものです」

だから、壊すわけにはいかない。
逃げられたとしても、奪われたとしても、
まだ、彼女の“布”は残っている。

そして彼女は思い出す。
アレンの言った、「自分で選びたい」という言葉。

「……選ばせてあげましょう。
けれど、“選択肢”を用意するのは、常にわたくし」

その言葉と共に、彼女は裁縫箱を開く。

今までとは違う布、違う糸。
けれど、最終的な縫い目は同じ場所へ辿り着くように――

リリアーナは、新たな設計図を描きはじめた。

***

一方、学院図書塔の裏手では。

セシリアが、カイルと並んで歩いていた。

「……本当に、あれでよかったのかな」

「十分すぎるさ。“告白”は、リリアーナにとっては刃みたいなもんだった」

「でも……怖い。
彼女が、“何かを諦めた顔”じゃなかったから」

カイルは黙っていた。

代わりに、彼の肩に一羽の蝶が舞い降りた。
小さく、白く、かすれたような翅。

「あいつの蝶は、死なない。
“支配の証”としてだけじゃなく、
いつでも“次の糸口”を探して飛び回ってる」

セシリアは、その蝶が飛び去るのを目で追った。

そして、ひとつ、決意を噛みしめるように呟いた。

「……だったら、わたしが刺す。
彼女の描く“未来”の布に――わたしの針で、“ひと刺し”入れてみせる」

その声は小さかったけれど、確かだった。

未来はまだ縫い上がっていない。
だからこそ、“誰かの手”で刺し直すことも、きっとできる。

***

そしてその夜。

学院の天窓から、青い蝶が一羽――ふわりと空へ消えていった。

名もなく、誰にも縫われず、自由に舞う蝶。

それは、誰かの心の象徴だったのか。
それとも、物語そのものだったのか。

ただひとつ、確かなのは――

リリアーナの物語は、まだ“終わってなどいない”。
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